救急医が外傷患者になったら見えること

薬師寺泰匡救急医 やっくん

救急医

 

皆さんはじめまして。

今月から看護roo!で連載することになった薬師寺泰匡です。自称救急医で、日本救急医学会専門医として働いています。

 

左が僕です

 

今は地方二次救急病院で院長職を務めつつ、透析クリニックの管理と、週1回、岡山大学病院の高度救命救急センターで勤務しております。

 

あまり同じような働き方をしている人はいないのではないかと思います。独特すぎる人生なので、何か参考になる意見があるか分かりませんが、やめろと言われるまでこの連載を続けてみようかと思います。
どうぞよろしくお願いします。

 

さて、第1回目の今回は、自分が交通事故に遭った話をしようかと思います(いきなり明るくない話題でごめんなさい)。

 

救急医、車にはねられる

2023年3月まで、岡山大学病院高度救命救急センターでの勤務は、天候が許せば自転車で通勤しておりました。自宅から21kmくらいでしょうか。朝から良い運動になります。

 

普段は生活習慣病の管理も一般外来でやっておりますから、自ら体を動かすのは大事です。運動していない医師から運動しろと言われても説得力皆無なわけで。
「痩せた〜い」などと言いながらアイスクリーム食べている場合じゃないのです。

 

というわけで、健康増進のためにと信じて自転車に乗っていたところ、3月28日、乗用車にはねられてしまいました。右折してきた対向車にほぼ正面衝突されたのです。

 

一瞬で損なわれる、はかない健康。

 

しかしそこは救急医。どのような受傷機転がヤバいかはわかっています。数メートル飛びましたが、飛んでいる間にいろいろ考えました。

「頸椎が過伸展したら中心性脊髄損傷になってしまう」
「頭頂部から着地したらジェファーソン骨折(第一頸椎破裂骨折)を起こすかもしれない」
「病院の顔である顔面も守らないといけない」
「背中にはバックパックがある、グローブはめているから手は着ける…」

結果、飛び込み前転をするような体制で受け身を取りました。
肘がロック(肘関節の伸展)すると骨折するので、やや上肢を内旋位にして手掌がハの字になるように着手。腕で勢いを緩めつつ、頸部を前屈させて前転するように着地しました。

 

…が、着地直後はめちゃくちゃ後頸部が痛かったです。裂けたかと思いました。

 

そこから冷静に診察します。救急医としていつも患者さんにやっていることを自分にやるわけですね。

 

気道呼吸問題なし、外出血なし(後頸部は伸びただけ)、胸腔・腹腔・骨盤への打撲もなし。
頸部は圧痛や自動運動での疼痛はなく、右肩と右大腿部が痛い。長管骨の骨折はなさそう。肩可動域制限はなくて圧痛点は三角筋前方。鎖骨周囲や肩峰の圧痛はない。
腱板も大丈夫。膝関節の動揺はなく、膝蓋骨圧痛なし。
大腿直筋か外側広筋か中間広筋の筋挫傷ぽい。

 

なお、ヘルメットは割れていました(怖い)。

衝突を受けてアチコチ壊れた自転車

 

そんな中、「あっても三角筋と大腿四頭筋の筋挫傷だ、よし!今日も働ける!!」と思ってしまったのは頭部打撲したからではなく、忠誠心と社畜根性からなのですが、自己診察が落ち着いたころに救急車が来ました。

 

救急隊「あー、薬師寺先生。搬送は岡大でいいですか?(ニッコリ)」

 

衝突した車の運転手が救急車を呼んでくれていたのです。
ただ、立位も取れる上、すでにセルフ診察を終えて軽症で緊急度も低いと判断した自分が搬送されるのは申し訳ない気持ちもあり、辞退しました(自転車の処理や事故後の処理も気になっていたこともあります)。救急隊からしたら、めんどくさい傷病者この上ないことでしょう。

 

後から聞いたのですが、すでに岡大への搬入依頼をかけていたのか、電カルの外来受付患者一覧画面に僕の名前が出たらしいです。
当日、救命に勤務に来るはずの医師がまさか搬送されて来るとは夢にも思わないでしょうから、岡大のスタッフは同姓同名の別人だと思ったくらいだそうです。心配かけました。

 

救急車をお断りしつつ、夜勤明けの同僚医師に電話します。

 

僕「車にはねられてしまって、ちょっと遅れそうです」
同僚医師「誰が?」
僕「僕」
同僚医師「あれまぁ。出勤はいいから受診して。それか自分とこ(の病院)行く?」

 

出勤しようとしていた自分を制して、やんわりと「来なくて良い」と伝えられたので、妻に迎えに来てもらって、自転車を回収して自院に向かいました。

 

救急医、患者になる

自院でレントゲンを撮って骨折がないことを確認し、大腿部の血腫が悪化しないように弾性包帯で圧迫して、早く病院から離脱しようと試みたのですが、行く先々でみんなから幻を見ているような目で見られます。

 

「院長?岡大は?」
「院長?なんで患者みたいな格好?」
「院長先生っぽいけどまさか院長先生?」
「院長先生?脚どうかしたの?」
「院長!なにしてるんすか?」

 

待合の患者さんにまでご心配をおかけしたのは申し訳ないと思いつつ、事故後は割と惨めな気持ちになっているので同僚から、ワイワイ騒がれたり、あれこれ聞かれたりすると結構な追い討ちです。

 

自分としては岡大の同僚医師のように「あれまぁ」くらいに思って、生温かい気持ちで見守って粛々と仕事してくれた方がありがたかったです。 皆さんも同僚が事故したら、まずは温かく見守りつつ、医療人としてできる範囲のことをしてあげてください。

 

というわけで、筋挫傷の診断で安静加療することになりました。

 

最初は興奮していたのか、痛みはさほど感じなかったのですが、徐々に痛くなってきて、初日はもうひたすら悶絶していました。出勤しなくてよかったです。

 

鎮痛薬を使っても痛いものは痛い。
身動きできないほど痛い。
いつも患者さんに「がまんしなくてもいいよ」と声かけをしているものの、オピオイドまで使うレベルで痛い。
それ以上どうにもできないので鎮静してくれと思うくらいに痛い。
NRSで何点かと聞かれても、「35億!!」と岡山出身でおなじみブルゾンちえみの懐かしいネタを叫びたくなるくらいに痛い。
優しくされても痛い
何をしても痛い
あぁ痛みはこういうものなのだと、なんとなく自分を客観視してみても痛い。
 

どうやったって改善しないので、もはや何もせず、そっとしておいてくれる方が幸せ、ということもあるんだと思いました。

 

翌日も強い痛みがありましたが、出勤しなくてはなりません。

 

事故をしてから知ったのですが、僕は院長という立場で法人の役員なので、仕事を休んでも休業補償は出ないのです。さらに、働けなくなった自分の代わりに人員が補填されるわけもなく、外来の穴が開き、みんな困るだけという悲しい状況。
偉い人が運転手を雇って移動しているのはそういうことなのだと理解しました。

 

なので、一時期、松葉杖をつきながら働いていました。

 

救命救急センターでは、みんながストレッチャーを押す歩行速度についていけなかったり、すぐに脚が痛くなって動けなくなったりするお荷物と化してしまいましたが、みんな前向きにそんな僕でもできる仕事を与えてくれ、存在意義をくれました。ありがたかったです。

 

自院でリハビリをしており、院内のスタッフに見守られながら回復を目指しておりますが、7月11日現在、膝はまだ90度までしか曲がりません。

 

仕事はなんとか…ですが、階段昇降もまともにできません。周囲のスタッフに支えられ、温かい目に囲まれて幸せですが、できることなら時を巻き戻して事故をなかったことにしたいです。

 

というわけで今回のまとめです。

 

1)救急医は事故の時に冷静に対応できる→つもりになっているだけで、どこかネジが飛んでいる
2)院長が事故ると大変なことになる→トップの人のお体は大事
3)優しく見守るという態度も大事→自分で受け入れて乗り越えるのを待つしかない

 

執筆

薬師寺慈恵病院院長薬師寺泰匡

富山大学卒。初期臨床研修中に日本の救急医療の課題や限界に触れつつ、救急医療の面白さに目覚め、福岡徳洲会病院ERで年間1万件を超える救急車の対応に勤しむ。2013年から岸和田徳洲会病院の救命救急センターで集中治療にも触れ、2020年から薬師寺慈恵病院に職場を移し、2021年1月からは院長として地方二次救急病院の発展を目指している。週1回岡山大学の高度救命救急センターに出入りして、身も心もどっぷり救急に浸かっている。呼ばれればどこにでも現れるフットワークの軽さが武器だが、47都道府県の中で山梨県だけ行ったことがない。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

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