「病院VS在宅」の争いはやめませんか|廣橋猛の「二刀流の緩和ケア医」
【日経メディカルAナーシング Pick up!】
2019年もあっという間に2カ月近くが過ぎ、春がすぐそこまで来ています。
さて、1年ぶりに「二刀流の緩和ケア医」が復活します。このコラムでは、病院と在宅の両方で切れ目なく患者に関わる緩和ケア医が、理想論ではなく現実社会における緩和ケアや在宅医療の問題点を論じてきました。
連載再開の1回目は、二刀流ならではのテーマ。「病院と在宅、どちらがいいの?」という疑問への回答から開始したいと思います。
在宅の医療者は、病院のことを潜在的に良く思っていない人が多くいるのではないでしょうか。
「入院すると寝かされてばかりで、すぐ弱ってしまう。せん妄を起こして抑制されてしまう。終末期なのに点滴ばかりして、かえって苦しくさせている。病院に行くと苦しむから、入院しない方がよい」などなど、いろいろな声が聞かれます。
在宅の医療者は、そのような病院での医療がイヤになり在宅で勤務するようになった方が多いという側面もあるのかもしれません。
一方で、病院の医療者は、在宅医療に関わる人のことを「あの先生は何かあればすぐ病院に送ってくる。ちゃんと診ているのかしら」と同様に負のイメージを持つこともあります。
実際は、病院以上によく診てくださる先生もいる一方、週末にはゴルフに行くからと、在宅患者が発熱したというコールに診察に行かないまま、救急車で病院に行くように指示する医師もいます。在宅医療の質も均一ではありません。
果たして、病院と在宅はどちらがいいのでしょうか。
ここで、最近経験した2人の患者を紹介します。
1人目のAさんは70代の男性。肺癌に対する化学療法の効果がなくなり、治療終了となりました。息苦しさが増し、モルヒネの持続皮下注射を要する状況でした。残されている時間は1カ月ないと考えられました。
私はAさんと今後の過ごし方について相談をしました。
Aさんはもうこれ以上良くならないことを理解され、「自宅に帰って家族と一緒に過ごしたい。家族と机を囲んでご飯が食べたい」と希望されました。
その希望を家族も理解してくださり、時間が限られていると考えた私は準備を急ぎ、数日で自宅に退院してもらいました。
訪問診療は私が引き続き担当することになり、退院した日に、自宅でお会いしたAさんの笑顔を忘れることができません。
病院ではゲッソリとつらそうだったAさんが、自宅ではリビングの椅子に座って満面の笑みで迎え入れてくれたのです。
それからのAさんは、もちろんベッドで寝ている時間が多かったのですが、それでもモルヒネの注射をうまく使用しながら、食事の時間はリビングで家族とともに過ごされました。
決して多く食べることはできませんでしたが、家族団らんの時間がそこにはあったのです。
そして、当初の予想を覆し、約2カ月もの間、自宅で過ごされ、そのまま自宅にて穏やかに最期を迎えられました。
これこそが在宅医療の力であり、自宅で過ごしたからこそ、日々の生活や家族との時間がAさんに生きる力を与えてくれたのだと思います。
「家はイヤ。病院で診てもらって安心して死にたいの」
2人目のBさんは80代の女性。検診で肺癌が見つかり精査のために某大学病院に入院していました。
精査では他臓器への転移が見つかり、抗癌剤治療も検討されましたが、もともと自力で外出することができない体力だったこと、そして高齢であることから、治療の適応にはならないと判断されました。
Bさんの家族は夜遅くしか帰ってこない、いわゆる日中独居の環境でした。自力で外出はできないBさんでしたが、自宅の中ではそれなりに動く体力はあり、本人も自宅で頑張りたいという希望もあったので、訪問看護や介護などを利用しながら自宅で過ごすことができていました。
私は某大学病院からの紹介で、訪問診療を担当しました。
その後、数カ月が経過し、病状はだいぶ進行。自力ではベッドから起き上がることもできなくなり、食事もほとんど取れなくなりました。
昼間、1人でいるのがつらくて入院したがっていると訪問看護から連絡があり、緊急で往診しました。
ゲッソリと痩せたBさんは「このままだと、もう私は明日には死んじゃうと思う。1人では何もできなくて不安でつらい」と訴えられました。
訪問看護や介護を増やして対応することを提案してみましたが、Bさんの気持ちは変わりません。以前から手続きしてあった緩和ケア病棟に緊急入院してもらうことにしたのです。
入院した夜、Bさんは病室のベッドで安心できたのか、穏やかな表情で感謝の気持ちを伝えてくれました。
その後、緩和ケア病棟にてしっかりとお世話してもらったBさんは、少しは食事も食べられるようになり、表情もかつてのBさんに戻ったのです。
自宅に戻る気持ちがあるかを聞いてみると「もう家はイヤ。病院で診てもらって、安心して死にたいの」とハッキリとおっしゃったのです。
それから数週間、Bさんは最期まで穏やかな顔のまま、緩和ケア病棟で亡くなられました。
Bさんにとって、自力である程度は動け、元気に過ごせる時期は自宅が良かったのですが、本当に動けなくつらくなってからは病院が安息の地となったのです。
入院したから穏やかな表情を取り戻せました。入院する日、無理強いして自宅に居させないで本当に良かったと思っています。
AさんとBさん、2人が罹患した病は同じ肺癌でしたが、それぞれが最期の時間を過ごしたい場所は異なりました。
Aさんにとっては自宅で過ごせることで落ち着いた気持ちで過ごすことができ、Bさんにとっては病院で過ごすことで精神的に安心することができました。
我々、進行癌患者を支える医療者にとって、一番やってはならないことは、病院と在宅のどちらか片方がよいという価値観を押し付けることです。
以前、本連載で書いた記事(「でも、在宅で看取れてよかった…」でよいか?〈※記事全文をご覧いただくためには「日経メディカル」の会員としてのログインが必要です〉)のように、本人が望まない形の最期になってしまうことを避けなければなりません。
Bさんのように、患者は体調によって気持ちも揺れ動いていきます。
できるだけ自宅で過ごしたいと考えていた方でも、体調が悪くなったときや最期は病院でと考える人も少なからずいるでしょう。
逆にAさんのように、体調悪く入院している方でも自宅で過ごしたいと考えている人もいるでしょう。
そろそろ「病院」と「在宅」のどちらがよいか、という争いはやめにしませんか。
その人にとって安心して過ごせる場所は、そのときによって変わるのですから。
医療者はそれぞれの良さを理解し、「病院」でも「在宅」でも切れ目なく、そのときに望ましい場所で過ごせる支援をしていきたいものです。
私が二刀流の緩和ケアを貫くゆえんです。
<掲載元>
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