「明日、モンゴル行けますか?」オンコール体制は地球規模のエスコートナース
「インターナショナルクリニック」の看護師で「エスコートナース」でもある山本ルミが、患者さまとのドタバタな日常をお届けします!
皆さんは、休みの日にどんなことをして過ごしますか?
例えば友達と映画に行ったり、近場の温泉に出かけたり。休みの日ぐらい、仕事のことは忘れてパーッと遊びたいですよね。もちろんそれは、激務で疲れ果てているナースにとっても同じこと。
しかし、エスコートナースの仕事にはシフトなどなく、いつも急に呼び出しがかかります。つまり、 休みの日でも「I am available anytime!!(いつでも準備出来ていますよ!)」の状態でいなければなりません。
エスコートナースはいつでも準備万端!
あれは確か、数年前のお盆のシーズンでした。
そろそろ寝ようかなと思っていた22時ごろ、電話が鳴りました。私がエスコートナースとして登録しているフランスの会社から「明日、モンゴル行けますか?」とのお話。その日は週末で時間もあったので、私は「大丈夫です!」と返しました。今回はモンゴルから患者さんの祖国ベルギーへの搬送を頼まれました。患者さんは左下肢の打撲で、血腫による神経の圧迫もあり、血流が弱まっているとのこと。
そうと決まれば早速支度に取り掛かるところですが、その日は夜も遅かったので就寝。翌日はちょっと早く起きて、患者さんの情報収集を行うとともに、荷物の準備をします。
「出発当日に!?」と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし私は5分で荷物をまとめられるんです。エスコートバックにはアンビューバッグをはじめ、さまざまな医療品をあらかじめ準備しています。いつ呼び出されても大丈夫なように、日頃から用意は怠りません。それと私個人の荷物は1泊分ですから、着替えの服に化粧品や身の回りの物をスーツケースに詰めるだけ。
いろいろなケースに対応するためのエスコートバッグ
あとは会社から送られた患者さんの情報やPOA(Plan of Action)をじっくり読んで、自分の行動や搬送するときの注意点を確認します。
あれ!? 私の乗る飛行機がない?
何があるのかわからないので、いつも早めの行動を心がけています。今回も出発時間の2時間半前に、空港に到着しました。
余裕ある行動で滑り出しから順調!かと思えば、最初のトラブル発生。
私は会社から、11時半羽田空港発、モンゴル行のA航空の飛行機のチケットをもらっていました。しかし空港に行ったところ、その飛行機は飛んでいないことが判明したのです。
実は、8月からモンゴル行の飛行機のスケジュールが変更になっていたそうです。それがすべての国に伝わっていなかったのか、あるいは私の利用した旅行会社にだけ反映されなかったのか。とにかく飛行機は飛んでおらず、しまいには受付のカウンターもないというありさま。
結局、羽田空港で9時間近く待機し、別な航空会社の夜便でモンゴルに行くことになりました。一体何のために2時間半前に着いたのか……。この時点で体力の大半を使い切った気分でした。
ようやく飛行機に乗り込んで、モンゴルに着いたのは夜中の0時。初モンゴルだというのに、外は真っ暗で何も見えません……残念!
午前0時のモンゴル、ウランバートル空港
飛行機の座席で足を拳上する方法
その日の朝すぐに、患者さんをお迎えに病院へ。患者さんはベルギーの女性の方で、今年医学部を卒業されたばかりの医者の卵でした。なんと身長が180㎝もあり、乗っている車いすが小さく見えます。患肢が腫れて痛みやしびれがあるようで、弾力包帯で圧迫固定していました。医者からの注意は「トイレに行くとき以外は足を拳上して置くこと」「血栓予防のためにヘパリン注射を12時間おきにすること」の2点。痛み止めや胃薬等の内服薬もいくつか処方されていました。
患者さんと合流したところで、いよいよベルギーへの長旅の始まりです。まずは飛行機に乗ってモスクワへ。この便ではビジネスクラスを予約したはずなのに、なぜだか席が狭い、狭すぎる! 患者さんは足を拳上するどころか伸ばすこともできません。離着陸のときにはシートベルトのサインが消えるまで、私が前の席に座って患者さんの足を持っていました。
皆さんも経験があると思いますが、人の足って結構重いですよね! 2~3分なら耐えられますが、5分を過ぎると手が震えてきます。支える手を変えたり姿勢を変えたり、悪戦苦闘。最終的には旅行用バッグの上に枕をいくつも重ねて、足を置くスペースを確保。こうして何とか拳上もでき、患者さんの痛みを和らげることができました。
しかしそれからというもの、飲み物を運ぶカートが患者さんの足に当たったらどうしよう? 他の乗客が寝ぼけて患者さんの足を蹴ったらどうしよう? と心配ごとは山積みで、気が張りっぱなし。
加えて患者さんの痛みのコントロールはもちろん、創部の観察にバイタルサインのチェックも欠かせません。また、急な揺れで倒れるといけないので、トイレにも付き添います。最後には患者さんの様子すべてを記録に残します。仕事の内容は病棟で働く看護師さんと一緒なのですが、私の場合はそれを行うのが空の上ということになるんですね。
いよいよ最終目的地のベルギーへ
さて、モスクワに着いたら着いたでお迎えの車いすが遅くなり、乗り換えの飛行機に間に合わない!?と焦る始末。4つの荷物を持ち、空港の中を全速力で駆け抜けて搭乗口まで向かいました(これは本当に死にそうでした!)。
そして、モスクワからパリ行の飛行機に無事搭乗。パリには救急隊が待っていて、そこから車でベルギーに向かいます。ここからは私にとっては一番つらい時間です。なぜなら、窓から見る平和な景色が私の睡魔を呼び寄せるから……。ところが患者さんは「もうすぐボーイフレンドに会える!」と大興奮。ハイテンションな彼女の横で眠気を堪えつつ、仕事をこなしました。
波乱万丈ありましたが、なんとかベルギーの病院について申し送りも終了! Mission completed!!
きちんと申し送りするまでが仕事です
ようやく寝られる…はずが
帰りは患者さんの寝ていた救急車に私が寝て、ホテルへ向かいます(笑)。
ホテルには夕方にチェックインしましたが、寝るには早すぎるので少しだけベルギーの町を観光しました。夜には倒れるようにベッドに横になり、朝まで爆睡……するはずが!
夜中の1時に強烈な腹痛で目が覚めたら下痢が始まり、自分ではどうしようもないので現地の救急外来を受診。今度は私が患者さんになってしまいました。診断結果は急性胃腸炎で大したことはなく、薬をもらって帰宿。
ちなみに帰りの飛行機はスムーズに搭乗でき、日本に向かう道中、今度こそ爆睡させていただきました! Zzz……。
【山本ルミ】看護師・エスコートナース
大分県出身。93年より六本木のインターナショナルクリニックに勤務。98年よりエスコートナースとしても活躍している。著書に『患者さまは外国人』(山本ルミ・原案 世鳥アスカ・漫画)など。
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