ナース・従業員の満足度トップ! 脅威の在宅ケア組織「ビュートゾルフ」とは?
オランダの“ビュートゾルフ”による、ナースを中心とした自律型のチームで包括的な看護・介護を提供する取り組みに、全世界から注目が集まっています。
アメリカやスウェーデンにも進出しており、既に日本への上陸も決定しています。
何より気になるのは離職率5%という驚異的な数字。求人したことがないのに、平均して月に100~150人のナースの応募があり、多いときでは400人にも上ることもあるとか。さらに従業員満足度がオランダの全産業トップで、最優秀雇用者賞を連続受賞しています。
オランダのナースに選ばれる“ビュートゾルフ”とは、一体どんな組織なのでしょうか。
【目次】
・シェア60%超、スタッフ満足度No.1の訪看・介護トータルケア組織
・ビュートゾルフが急成長した理由(1)―医療者・利用者の不満
・ビュートゾルフが急成長した理由(2)―圧倒的な満足度・コスト
シェア60%超、スタッフ満足度No.1の訪看・介護トータルケア組織
ビュートゾルフは訪問看護・介護、リハビリの機能を持った、オランダでのシェア率60%以上を誇る非営利の在宅ケア組織です。2007年に4人のナースで起業した組織は、たった7年のあいだに約750チーム(約8,000人)が活躍する一大組織へと急成長を遂げました。
ほかの在宅ケア事業者との大きな違いは、機能別に分業することなくチームでトータルケアを実践していること、それぞれに大きな裁量権が与えられている自律したチームであることです。分業をしない点もスタッフの裁量が大きい点も、日本の機能別でトップダウン型の在宅ケアとは大きく異なっています。
ビュートゾルフでは1チームが最大12人の地域ナースと呼ばれるスタッフで構成されています。うち看護師が7割を占め(さらにその3割以上が学士レベル)、そのほか介護職やリハビリ職が在籍しています。人口約1万人圏内の利用者約40~60人に対し、訪問看護・介護、ケアマネジメント、リハビリ、予防といった総合的なケアを提供するのがチームの役割です。
「バックオフィス」と呼ばれる本部と、それぞれ担当チームを持った「コーチ」という存在がオランダ全土で活動するチームをサポートしています。
リーダーなし。ナース主体のチームで「ぜんぶ」やる
通常、在宅ケア組織に占める看護師の割合はそれほど高くありません。ところが、ビュートゾルフのチームにいるスタッフはほぼ看護師です。ここで驚くべき点は、チームには管理者も事務職もいないということ。
つまり上下関係がなく全員が対等で、ベテランも若手も関係なく意見を言い合うことができるのです。
このように組織をフラットにしている背景には、各スタッフの能力・職業倫理に対する信頼や、一人ひとりにリーダーシップを発揮してもらう目的があります。そのぶん利用者などからは「ビュートゾルフは専門性が高い」と認識されるので、ほかの在宅ケア事業者と比べて対応が難しい患者さんを紹介されるケースも少なくありません。
ただ、そうしたプロフェッショナリズムの要求が、看護師のやりがいにつながっている部分でもあります。
ビュートゾルフの各チームが持っている裁量と責任の範囲は、業務の全プロセスに及びます。その証拠に、本部である「バックオフィス」には人事部門も財務部門もありません。ケアプランの作成を含めた利用者との関わり、看護師の採用・教育、収支管理、他組織との連携やそれに伴う調整業務など、すべてをチームレベルで行います。
全人的なトータルケアを提供するメリット
ビュートゾルフはさまざまな年齢・疾患・障害を持った人に全人的なトータルケアを提供しています。上述しましたが、チームはマネジメントとサポートを分業していません。看護も介護も看護師の仕事。それぞれのナースが持つ専門知識を活かし合うことでジェネラル・ナースの役割を果たしています。
また、少人数で利用者を支援していることもあって、1人の利用者に対する一貫したケアの提供が実現しています。その結果、看護師はやりがいを持って働くことができ、利用者からも高い満足度を得ることができているのです。
分業しないメリットは、チームとして包括的な支援を行うことだけではありません。分業を導入して細切れのケアを行えば、それだけ多くのスタッフが必要になり、さらに連携の手間もかかってしまいます。分業せずにチームでケアを行うことは、コストの削減にも大きく貢献しているのです。
利用者に対する取り組みとしては、定期的なチームミーティングがあります。頻度はチームによって異なりますが、1週間に1回くらいのペースで設けているチームが多いようです。メンバーはその場で「利用者とこんな会話をしたよ」とか「この前はこういうケアをしたけど、どう思う?」といった情報共有や振り返り、また、今後の方針や各看護師の役割・責任の確認などを行っています。
また、ケアの質向上に向けた学習や、地域活動に関する年間計画も立てています。こうした運営はもちろん、メンバーが役割を分担し、チーム単位で行っています。
ビュートゾルフが急成長した理由(1)―医療者・利用者の不満
オランダでビュートゾルフが浸透した背景には何があったのでしょうか? それは、官僚主義的だったケアに対する医療従事者や利用者の不満です。
1980年代までのオランダでは、村落などの特定地域における住民に対し、少人数のチームが予防や看護、介護を行っていました。疾病を持った住民だけでなく、その家族の健康状態の把握も含めたケア、家庭医やリハビリ職、福祉団体などと連携することによる、地域に密着したトータルケアが存在していたのです。
ところが1990年代に入ると、ケアが市場志向へ転換します。地域に寄り添っていた在宅ケア組織や福祉団体、病院などが統合され大規模化。アセスメント(介護度の判定)も個々の患者を考慮するものではなく、基準が全国で統一されました。
ケアの成果・質ではなく、看護・介護・リハビリといった諸機能をどれだけ提供したかによる出来高払いが普及し、地域ぐるみのケアは縮小、画一的なサービスとなってしまったのです。
こうして、利用者は断片的で継続性のないケアに対しての不満を、また、組織の一部として働かざるを得なくなった看護師をはじめとする専門職は、自律性とプロフェッショナリズムを欠いた自らの仕事に不満を募らせていきました。
ビュートゾルフが急成長した理由(2)―圧倒的な満足度・コスト
そもそもオランダは地域医療が発達していて、認知症高齢者の約80%が自宅で暮らす介護先進国なので、利用者が在宅ケアを重視するのは当然です。ビュートゾルフは全人的ケアで利用者の自立支援とQOLの向上を使命とする組織。それが利用者の「自分の暮らしは自分でコントロールしたい」「自分が住む社会で生活したい」といった欲求と合致したことは、ビュートゾルフが急速に浸透した大きな理由でしょう。
しかしこの点は、家族への負担を考慮して施設に入ることを拒まない日本人とは違って、自分の考えをはっきり主張するオランダの国民性による部分も大きいかもしれません。
文化の違いについては議論の余地がありそうですが、利用者の考えやスタッフのやりがいといった精神的な部分だけでなく、ビュートゾルフが提供するケアの有用性は、数字としても現れました。
ビュートゾルフのケアにかかるコストは、ほかの在宅ケア組織と比較して利用者1人あたりで約半分であることが外部機関による研究から明らかとなり、政府からの強い援助を受けるようになったのです。
詳しくは後述しますが、ビュートゾルフが採用している「オマハシステム」という体系を導入すること自体が、今や質の高いケア提供の指標となりつつあるなど、国の制度にも大きく影響を与えています。
申し送り・記録共有がiPadでできる独自システム
ビュートゾルフには地域ナースの意見を反映させて開発した「ビュートゾルフ・ウェブ」という独自の多機能システムがあります。利用者情報、シフト管理、文書の共有といった「業務管理機能」や、理念の共有、事例やイノベーションなどナースのナレッジについて共有・議論するための「コミュニティ機能」が主な機能です。
ほかにも、地域ナースのナレッジやクリエイティビティの発揮、知識創造をマネジメントする役割などがあります。すべての看護師にiPadが支給されているので、スタッフはいつどこにいてもシステムにログインすることが可能。こうした徹底的なICTの活用もビュートゾルフの大きな強みだといえます。
ここでは特に、看護師たちを支えているビュートゾルフ・ウェブの重要な2つの側面「チームコンパス」と「オマハシステム」についてご紹介します。
■チーム状況の共有システム「チームコンパス」
各チームのメンバーによる日常的な記録に基づいて、自分が所属するチームのケア提供状況をいつでもチェックできる仕組みがチームコンパスです。たとえば、以下のような項目について、ビュートゾルフの全チームと比較することができます。
・利用者数
・利用者の属性(疾患の種類、症状、退院直後、ターミナルなど)
・利用者に対するケア提供時間
・利用者1人あたりの平均看護師数
・総労働時間におけるケア提供時間の割合
・ケアの財源
・ケア後の利用者満足度
・チームの諸機能の遂行状況
■ケアの質を上げるカギ「オマハシステム」
オマハシステムは全人的見地からみた地域看護活動の標準分類方式で、利用者だけでなく家族やコミュニティも含めた看護診断、介入分類、アウトカム評定からなる体系です。簡単に説明すると、どんなケアをどのくらい提供したかではなく、アウトカムに基づいてケアの質を判断するということ。
ビュートゾルフは設立当初から、利用者との関わりを重視してケアの質を判断してきました。ケアマネジメントのサイクルで活用しやすく、さらに全人的ということもあり、オマハシステムを採用するに至ったのです。
現在はすべてのチームがオマハシステムを活用していて、アウトカムをモニタリングすることで実践の向上に役立てています。問題・介入・成果に関する数万人分のデータをもとに、患者団体と協力体制を築きながら、アウトカムに関する知見を共有しています。
ビュートゾルフ的ケアは日本に応用できる?
ビュートゾルフ・ウェブのようなICTの活用は、日本の在宅ケアにも役立つはずです。しかし、日本の現場にはICTに詳しくない世代がまだまだ多いという課題もあります。
また、管理者のいない現場でどのように立ち回るかという点も大きな課題になりそうです。日本ではほとんどの看護師が病院や診療所で働いています。つまり、日本の看護師はトップダウンで指示が降ってくる環境で育ってきたので、主体的に動くことに慣れていません。これは、ケアマネージャーのケアプランに沿って動かなければならない、介護保険制度の仕組みに関わる問題です。日本の看護師のアセスメント能力が不足しがちなのは、この制度に由来する部分も大きいのではないでしょうか。主体的な判断と責任を日本の看護師がどう自覚していくかについても考える必要がありそうです。
オランダの制度や文化の違いなども含め、ほかにも考慮すべきことはたくさんありそうですが、細切れではないトータルケアを実践する仕組みと主体性を発揮できる環境があれば、日本の看護師も、より大きなやりがいを持って働くことができるのではないでしょうか。
看護師が医療的なケアと日常的なケアの両方の教育を受けることも重要ですが、ビュートゾルフ的なケアを応用するうえでもっとも重要なのは、看護師の力が信頼され、しっかりと活用される仕組みを作り、その考えを浸透させることかもしれません。
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