「あなたの皮膚を剥いでくれ」医療不信と土着の信仰―国境なき医師団ナースコラム【南スーダン】

Vol.2 「あなたの皮膚を剥いでくれたらいいじゃない」

【筆者】手術室看護師 土井直恵

2014年、民族紛争の続く南スーダンにて手術室看護師として活動。「紛争地の手術室」から見た、南スーダンの日常のコラムです。

 

ランキエンで、赤ちゃんを頭に載せている女性―国境なき医師団ナースコラム【南スーダン】

 

おまじないへの信頼と、医療への不信

 一日の仕事を終え、自室に戻ってベッドに横たわると、真っ暗闇の外の世界から色んな音が聞こえてくる。

 

満月の夜には決まって現地の人々の祈りの声が聞こえてくる。

大きな円を描くように、踊りながらゆっくりと進むのだろう、時折音が近づいてきては、また遠ざかって行く。

人の数の多さを思わせるその合唱は独特のリズムで鳴り響く太鼓に合わせて、力強い。

 

ひときわよく響きわたる女性達の高い歌声も加わって作り出すハーモニーは、もともとの土着の信仰とキリスト教が融合したスタイルの儀式、という印象を与える。

 

 

国境なき医師団(MSF)の派遣地、南スーダンのランキエンでは、私が出会った患者さんや現地スタッフのほとんどが信仰の厚いキリスト教徒だったが、日々の活動を通じて、伝統的な信仰やまじないに対する信頼もまた同じくらい強いことを感じた。

 

患者やその家族は彼らの考える治療方針が頭の中にあり、それはしばしばこちらが最善とする判断と折り合わない。

 

四肢切断の必要性をどう説得するか

現地の人に限らず、それは誰にとっても非常に難しい判断だが、四肢切断が必要な患者さんにそれを決意してもらうことは大変な時間と労力が必要だった。

 

このまま手を打たずにいると命の危険があること、将来義足での歩行も不可能ではないこと。説明に説明を重ね、ようやく本人が同意するところまでこぎつけても、今度は家族が反対する、あるいはまたその逆のパターンがあって、手術の同意書が揃わない。

そうこうしている間に病状が進行してしまう、という例は少なくなかった。

 

手術風景―国境なき医師団ナースコラム【南スーダン】

 

 

うちの子の魂を抜くな!母親の愛が医療を遠ざける現実

また、お母さん達が小さな子供にケタミンを投与されるのを非常に恐れる、ということが多くあった。

 

麻酔から覚める時には、不穏やせん妄などの精神症状を起こしやすいが、普段と人が変わったように大暴れしたり叫んだりする患者さんを目の当たりにして、家族が取り乱すのも無理はない。

 

狭いコミュニティの中で、噂が噂を呼ぶのだろう。

人工呼吸器のない環境で、呼吸抑制の起こりにくい全身麻酔薬としてはとても重宝する一方、ケタミンに対する飛語が広く蔓延している現実があり、その誤解を解くための話し合いはいつも出口が見えない。

 

魂を抜かれるのではないか、気がふれてしまうのではないかという不信感のために断固治療を拒否する、取りつくしまもない母親を何人も見送った。

 

 

「あんたのその皮膚をくれ」「そこだけ白くなってもおかしいでしょ」

一方で、面白い発見もあった。

こちらがスキングラフトを提案した時に見られた、患者さんに共通した発想である。

 

受傷の程度によっては皮膚の回復が見込めない場合、あるいは治癒期間の短縮といった観点からとても効果的な手技だが、「太ももから皮膚の表面を薄く採取します」と手順の説明を一通り終えると、「あんたのその皮膚をくれ」とみんながみんな、私を指さすのだ。

 

脊椎麻酔の様子―国境なき医師団ナースコラム【南スーダン】

 

冗談ではなく、顔は真剣そのもの。

もう自分は十分に傷を抱えている、自分の皮膚を移植してこれ以上傷の数を増やすのはゴメン、無傷の人が皮膚を提供すべき、という訳である。

 

「差し上げたいのはやまやまですが、人にはそれぞれ免疫というのが作用していて、他人の組織は受け付けません。第一、そこだけ白くなってもおかしいでしょう」

と説明しても、どうも私が言い逃れしているようにしか聞こえないらしい。

 

衛生環境の悪い土地では、傷があるということが大きな感染リスクを抱えることになるため、スキングラフトは積極的に推奨していたが、結局「私の皮膚はとても高いのよ!」と言って切り抜けるのが精一杯だった。

 

 


【筆者】土井直恵(どい・なおえ)

大阪府出身、看護師。
2008年、兵庫県立大学看護学部卒業。大阪府内の総合病院での手術室勤務をへて、2012年より国境なき医師団(MSF)の活動に参加。2012年にパレスチナ・ガザ地区、2013年にイラクへ派遣。2014年には約10ヵ月間、南スーダンへ派遣された。1984年10月15日生まれ。


 

【協力】国境なき医師団 日本

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としています。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、その対象は多岐にわたります。

MSFでは、活動地へ派遣するスタッフの募集も通年で行っています。

(看護系の募集職種)手術室看護師正看護師助産師

 

 

看護roo!ポイントでも、国境なき医師団に寄付することができます。

 

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