2019年「白い巨塔」はどうなる?原作と現代の医療を照合!|けいゆう先生の医療ドラマ解説【8】
執筆:山本健人
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医療ドラマを題材に、看護師向けに医学的知識を紹介するこのコーナー。
今回は、2019年にドラマ化される「白い巨塔」を取り上げます。
(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)
けいゆう先生の医療ドラマ解説
Vol.8 2019年版「白い巨塔」はどうなる?原作をそのままドラマ化できるか検証!
「白い巨塔」は、1966年の映画化以来、何度となく映像化されてきました。
原作は1965年の小説ですが、ストーリーの大筋は保ちつつ、医学的な面は時代と共に変化を遂げています。
今回は、オリジナルの小説版「白い巨塔」を振り返り、
「2019年の医学的水準でこれを描くとどんな刷新が必要なのか?」
という視点からこの作品を見てみましょう。
財前の神業、胃造影検査で異変を見抜く
「白い巨塔」の主人公は、胃がん手術のスペシャリスト、財前五郎です。
胃の入り口の「噴門部」の胃がん手術を得意とし、そのすさまじいスピードとクオリティで、世界的にも名が知られています。
財前は、手術の腕だけではなく、胃がんの診断力も優れていました。
小説では、胃造影検査(胃透視)で患者が造影剤を飲み込んだ際、これが噴門部を流れるその一瞬の異変を見抜き、噴門部がんを見事に診断する、という描写があります。
噴門部がんの中には、造影検査(バリウムを使った検査)では診断が難しいものがあるのですね。
では、現在も噴門部がんの診断は難しいのでしょうか?
実は、現在は上部消化管内視鏡検査、いわゆる胃カメラが普及したことにより、当時ほど診断に苦慮することはなくなっているといえます。
カメラで口側から見下ろすように噴門部を見て、さらに胃の中から見上げるように先端をUの字に屈曲させ、肛門側からも噴門部の病変の詳しい観察ができます。
また噴門部に限らず、ごく小さな初期病変を見つけることができるのも内視鏡検査の強みです。
胃造影検査の役割とは?
では、胃造影検査(バリウム)は今ではどんな役割を担っているのでしょうか?
実は内視鏡では、胃の粘膜表面を観察することしかできません。
がんが胃壁の中を進展するように広がっていると、病変の大きさを知ることが難しいケースもあります。
こういう例でも、胃造影検査ではがん周囲に付着した造影剤の広がり方を見ることで、病変の範囲をより正確に知ることが可能です。
病変の範囲は、手術で切除すべき部位を決める重要な要素になります。
小さな病変の診断力は、造影検査より内視鏡検査の方が優れていますが、術前精査では、今でも胃造影検査を併用するのが一般的です。
内視鏡検査と造影検査、それぞれの強みを知っておきましょう。
財前の肺転移見逃しは今でも起こる?
財前は、教授就任直後の大事な時期に、担当患者の「胃がん術前の肺転移見逃し」という大きなミスをやってしまいます。
胸部単純X線写真(レントゲン)に小さな影が映っていることを周囲の医師から指摘され、精査するよう何度も進言されたのに、これを不遜な態度で黙殺し、予定通り胃がん手術を行います。
ドイツでの特別公演に招聘されたことで功名心が先走り、いつも以上に高慢になっていたのです。
術後、患者は肺転移からの「がん性肋膜炎」で死亡し、財前はその責任を問われることになります。
さて、では現在、こういうことはありうるでしょうか?
まず、胃がん術前には必ず胸腹部CT検査を施行することが今では一般的です。
胸部単純X線検査だけでは微小な肺転移を見抜くことができないから、というだけではありません。
肝転移や腹膜播種、胃がんの周囲臓器への浸潤などが、進行度の把握に必須となるからです。
また、胃周囲に転移を疑うようなリンパ節腫大があるかどうかも、重要なポイントです。
これが進行度を決め、さらには術式を決める重要な因子になります。
これらを知ることができるのが、CT検査(造影CTを施行するのが一般的)です。
したがって、今ではよほどの理由がない限り、CT検査を一度も行わずに胃がんの手術を施行する、ということはないでしょう。
現在の標準治療
現在胃がんに対しては、術前に遠隔転移(腹膜播種を含む)が明らかに見られるケースでは、手術を行わず化学療法を施行する、というのがガイドラインで推奨された標準治療です。
胃の通過障害がある場合はバイパス手術を行うこともありますが、治癒を目指す切除(根治切除)は行いません。
バイパス手術とは、上図のように胃の幽門部(出口付近)の腫瘍によって通過障害が起きた場合に、この部位をバイパスするように胃と空腸をつなぎ合わせる手術のことです。
腫瘍は切除しませんが、食べた物の通り道が確保できるため、経口摂取が可能となります。
これにより、栄養状態を維持したまま、化学療法を行うことが可能になります。
ちなみに、原作に出てくる「がん性肋膜炎」は、今では「がん性胸膜炎」と呼ばれています。
昔は胸膜炎のことを「肋膜炎(ろくまくえん)」と呼んでいたのですね。
特にかつて多かった結核性胸膜炎を「肋膜(炎)」と呼んでいたことがあり、今でもご高齢の方で肺結核のことを「肋膜(ろくまく)」とおっしゃる方が結構います。
医学的には間違った言葉ですが、その意味は念のため頭の片隅に入れておくと良いでしょう。
・胃がんの検査、「上部消化管内視鏡検査」と「胃造影検査」の使い分けを覚えておこう!
・術前には胸腹部CTと胃造影検査を行い、進行度と術式を判断します。
(参考)
日本胃癌学会:胃癌治療ガイドライン 第5版.2018年1月改訂
illustration/宗本真里奈
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
山本健人 やまもと・たけひと
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医師。専門は消化器外科。平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医、がん治療認定医 など。
「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterやInstagram、Facebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。
※2019/02/05 連載バナーを更新しました。
※2019/03/02 記事の一部記載を修正しました。
●今回のドラマ「白い巨塔」
テレビ朝日 開局60周年記念 5夜連続ドラマスペシャル
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