宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】

JAXAで宇宙飛行士を支える医師、フライトサージャン(航空宇宙医学専門医、以下FS)。三木猛生先生へのインタビュー第2回は、FSの仕事についてお話を伺います。

FSの仕事は、大きく分けると宇宙飛行士の「飛行前」「飛行中」「飛行後」のフェーズがあります。

 

【Vol.1】【Vol.3】

 

Vol.2 宇宙飛行士の健康管理を担う

【Index】

 

「飛行前」は宇宙飛行士の選考からスタート

 

FSの仕事は、宇宙飛行士が宇宙飛行士になる前、「選考」の段階から始まります。

宇宙飛行士の募集は不定期。応募者は多く、選考には厳しい審査がありますが、そこには「健康状態」も含まれます。

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】宇宙飛行士の選考基準とは

 

「前回の選抜では1000人近くの応募がありました。応募数が多いので、まずは事前に各自で健康診断を受けてもらいました。これが医学的な一次審査ですね。その後、選考が進んで候補が絞られてくると、JAXA自らにより体力検査も含めた詳しい検査を行います」

 

身体に関するさまざまなデータすべてに目を通し、結果を選考担当者へ報告するのがFSの仕事です。健康面の審査とその他の審査の結果と突き合わせて、宇宙飛行士が選ばれるそうです。

 

「どんなに人柄が良くてリーダーシップをとれる方でも、医学検査の結果で、決められた基準を大幅に逸脱してしまうと『残念ながら……』ということになってしまいます」

 

無事に選考を通過し、飛行を待つ宇宙飛行士には、トレーニングと定期的な健康診断で関わっていくことになります。

 

「宇宙飛行士は大きく2つに分かれます。宇宙に飛ぶ時期が決まっている人と、決まっていない人。飛ぶ時期が決まっていない宇宙飛行士については、健康状態を維持するためのサポートをしていきます。年に1回は体力検査もあります。検査に備えて、宇宙飛行士は自主的にトレーニングに来るのですが、そういうときは、生理対策担当のスタッフがアドバイスをしたり、体重血圧をみて指導を行ったりします」

 

飛ぶ時期の決まっている宇宙飛行士については、健康管理もより入念に行われます。

 

「飛ぶことを約束された宇宙飛行士をアサインドクルーといって、大体宇宙へ行く2年半前ぐらいに決まります。FSと生理対策担当のスタッフが協力して宇宙飛行士にいろいろなトレーニングを課していくんですが、アサインドクルーには訓練もたくさん入ってきます。健康管理もより厳しくチェックされていくことになります」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】宇宙飛行士の訓練や選抜に使うシェルター

 

「打ち上げが近くなると、感染症の検査をします。人にうつすようなものがないかどうか。日本人は問題ないことが多いです。カザフスタンにあるバイコヌールでの打ち上げに備えて、その地域特有の感染症にかからないよう、事前にワクチンを打ったりもしますね。

 

打ち上げ直前には面会すら制限され、宇宙飛行士は隔離状態に置かれます。

 

「打ち上げの10~12日ぐらい前から、宇宙飛行士は、バイコヌールのコスモノートホテルというところでカンヅメになります。ホテルの敷地すべてにセキュリティがかかっていて、関係者しか入れません。感染がないようにするための配慮です。

宇宙飛行士に会うにしても、ガラス越しで会うとか、テーブルを挟んである一定以上の距離を離れなければならないとか、細かく厳しい制限があります。コンタクトをする人はロシアの医師が診察して、熱や鼻水、くしゃみなど、風邪を引いていないかをチェックしてから会ってもらう、という対策をとっています」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】シャトル打ち上げ直前は感染対策

 

「飛行中」は遠隔診療

宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(以下、ISS)にいる間、FSはいったいどのような方法で宇宙飛行士の体調管理を行っているのでしょうか。

 

「飛ぶことが決まった段階で、担当のFSがつきます。1人の宇宙飛行士に1人のFSです。これを『専任FS』といいます」

 

宇宙飛行士がISSにいる間は、専任FSがヒューストン宇宙センターにいて、管制室で宇宙飛行士の様子をモニターすることになるそうです。

 

「ISSは、上空400㎞の場所にあるので、FS自身が触診をしたり、においを嗅いだりするといったことは当然できません。そこで、宇宙飛行士本人に通信回線を使って問診をしていくことになります。

週に1回、15分ぐらい、プライベートメディカルカンファレンス(ビデオ遠隔医療相談)というのがあって、画像を使った医療面談を行います。テレビ画面で様子を診ることができるので、ある程度のことは分かります。『先生、このへんがちょっと赤くなっちゃったんだよね』というような場合には、カメラを寄せてみてもらうこともできます。

だから視診は一応、地上で近くで診るのとほぼ同じぐらいできると思っています。あとは本人の会話の中から状況を聞き出すことに努めます」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】飛行中はヒューストン管制室でISSを遠隔モニター

 

いざというとき対処できるように、ISSにはあらかじめさまざまな備えがされているとのこと。

 

「ISSにはさまざまな薬が常備されています。日常的に使える痛み止めやのど薬のようなものもあります。また、ISSのクルーは、それぞれが地上でメディカルトレーニングを受けています。ステーション内のどこにどんな薬や機器があるかを把握して、緊急時にも対応できるように、シミュレーションを行うのです。

例えば、ISSの1室を模した部屋に入ってもらって、医師からの遠隔指示で動く訓練。『心臓が止まっています』という宇宙飛行士からの報告に対して、医師から『そこの何番目の扉を開け、中のキットを取り出して、何番からどの薬を出して……』と指示が飛ぶわけですね。そうしたトレーニングをあらかじめしているので、ある程度は対応できます」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】ISSでの緊急時に備えてメディカルトレーニング

 

また、医療相談をしたあとには、各国の宇宙飛行士専属FSと各宇宙局の代表が電話会議を行い、情報を共有します。

 

「例えば、『自国の宇宙飛行士には問題がなかったのに、他国の宇宙飛行士が感染症になってしまって、うつる可能性がある』というような状況になると困るわけです。そういうことがないように、お互い情報を共有しておきます。もし自分たちのところだけで解決できなければ、相談してアイデアをもらったりすることもあります」

 

いろいろな国の方が集まるので、会議は英語とロシア語で行われます。

 

「ISSは、支援的な意味も含めれば15国が参加しています。実際にメインで運用しているのは5極、FSA(ロシア)、NASA(アメリカ)、CSA(カナダ)、ESA(ヨーロッパ)、そしてJAXA(日本)です。会議では必ず、英語のあとロシア語、ロシア語のあと英語というような形で行われますね。ロシア語と英語の通訳は必ず同席しています」

 

JAXAのFSにとって、英語は必須スキルです。

 

「英語は、国際会議の場で意思疎通できる程度の能力が要求されます。ロシア語は必須ではないですが、私も含め個人的に習うFSはいます。私は以前、ロシアの田舎で英語が通じず、ロシア語ができなくて困ったことがあります(笑)」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】宇宙会議は英語とロシア語で

 

「飛行後」のリハビリテーション

ISSから帰還した宇宙飛行士は、しばらくの間リハビリをしていくことになります。

 

「飛行後の宇宙飛行士については、生理対策担当スタッフの方と一緒にしばらくはりついて見ていきます。昔は宇宙にいる間の筋力低下が問題になったのですが、今はISSのトレーニング器具が新しくなって、効率的に筋力を維持できるようにトレーニングプログラムも組まれているので、筋力はあまり落ちなくなりました。

一番問題になるのは平衡感覚ですね。軌道上では平衡感覚のトレーニングがなかなかできないんです。だから、地上に戻ってくるとフラフラしちゃう。それはどうしても時間がかかると思います。それを少しでも早く治すためのリハビリテーションプログラムもあります。例えば、首をくっくっ、と振ることを強制する。最初は気持ち悪くなるんですけども、やってるうちにだんだんと対応できるようになります」

 

宇宙飛行士の健康管理を担う|JAXAフライトサージャンインタビュー【2】帰還した宇宙飛行士のリハビリテーション

 

宇宙飛行士が地球に戻ってすぐの頃は、運動をする際、FSがほとんどつきっきりだそうです。

 

「リハビリ期間は、現在日本人宇宙飛行士の場合約45日間です。国によってリハビリ期間は違い、宇宙機関によっては、3カ月ぐらいかけてゆっくりリハビリをするところもあるそうです。リハビリ期間が終わったら、また次に向けてトレーニングと健康管理を行います。だから宇宙飛行士は、ずっとトレーニングをしていますね」

 

 

宇宙飛行士の飛行前・飛行中・飛行後というそれぞれのフェーズにおいて、さまざまな関わり方をしていくFS。

第3回では、そのやりがいについてお話を伺います。

 

【次の記事】医療従事者として宇宙開発に関わる

 


【宇宙飛行士を支える医療職・JAXA『フライトサージャン』インタビュー】

Vol.1 JAXA・宇宙飛行士健康管理グループとは?

Vol.2 宇宙飛行士の健康管理を担う仕事

Vol.3 医療従事者として宇宙開発に関わるということ

SNSシェア

コメント

0/100

掲示板でいま話題

他の話題を見る

アンケート受付中

他の本音アンケートを見る

今日の看護クイズ

本日の問題

◆救急の問題◆死戦期呼吸とはどのような呼吸でしょうか?

  1. 無呼吸と浅い呼吸と深い呼吸を周期的に繰り返す呼吸
  2. 頻呼吸と無呼吸を不規則に繰り返す呼吸
  3. しゃくりあげるような不規則な呼吸
  4. 深く速い呼吸が規則正しく持続する呼吸

3224人が挑戦!

解答してポイントをGET

ナースの給料明細

8985人の年収・手当公開中!

給料明細を検索