ヒルデガード・E.ペプロウの看護理論:人間関係の看護論
『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はヒルデガード・E.ペプロウの看護理論である「人間関係の看護論」について解説します。
水主千鶴子
修文大学看護学部看護学科 教授
- ペプロウの看護理論の基盤は、精神力動理論、ニード理論などの理論であり、ペプロウはこれらの理論と基礎的な看護実践理論を統合した。
- ペプロウの看護理論は、「看護師─患者」の関係が基本になっている。
- ペプロウの看護理論は、問題解決志向の理論である。
- 「看護師─患者」関係は、治療的対人関係である。
- 「看護師─患者」関係は過程であり、方向づけ、同一化、開拓利用、問題解決という4つの段階から成り立っている。
- 「看護師─患者」関係の諸段階において看護師は、さまざまな役割を果たす。
- 看護とは、看護師と患者が互いに学び、成長していく人間と人間の関係である。
ペプロウの看護理論
ペプロウの看護理論には、看護師─患者関係が対人的プロセスであるという考え方と、精神力学的看護という考え方という2つの基本的な考え方がある。
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「看護師─患者」関係
ペプロウは、『人間関係の看護論』のなかで、「看護は〈人間関係〉のプロセスであり、しばしば〈治療的〉なプロセスである」(1973)と述べている。
彼女が看護を「プロセス」と表現するのは、看護が連続して行われるものであり、目的に向かって連続的に行われる活動だからである。
看護師と患者との関係は、1つのプロセスであり、あらゆる看護場面に存在する。
また、治療的なプロセスというのは、患者や保険サービスを必要とする人間のニードに応えられるよう特別な教育を受けた看護師との間の人間関係のことである。
そして、このプロセスは看護師と患者の共通目標によって方向づけられていくのである。
ペプロウは、「看護師─患者」関係は、方向づけ、同一化、開拓利用、問題解決の4つの段階があると述べている。この4つの段階について説明する。
1方向づけ
看護師と患者は、見知らぬ者同士として出会い、患者の困難な健康問題の解決に向けて一緒に歩みはじめる。
2同一化
患者は、自分のニードを満たしてくれそうな看護師を選択して反応するようになり、看護師も患者を理解するようになる。
3開拓利用
患者は、自分のニードに応じてサービスを最大限に利用できるようになり、自信をもって問題に対処できるようになる。
4問題解決
患者のニードが満たされて問題が解決すると、患者は看護師から独立した人間になり、看護師と患者の関係が解除される。
この4つの段階はそれぞれ独立しているが、重複することや繰り返すことがある。
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看護師の役割
さらにペプロウは、この4つの段階の「看護師─患者」関係を通じて、看護師は患者に対して、6つの役割をとる、としている(図1)。
1未知の人の役割
看護師と患者は、入院や通院時に互いに見知らぬ人間同士として出会う。
初めての出会いでは、看護師は礼儀正しく患者にかかわっていくことが必要である。看護師は偏見をもたずに患者をみるようにし、患者のあるがままの姿を受容していく。
2代理人の役割
看護師は、患者から代理人の役割を求められることがある。看護師は、患者を依存的な状態から自立した状態に導いていく。
3教育者の役割
看護師は、患者に知識を提供するという教育者の役割がある。教育にあたって看護師は、患者の体験を教育にうまく活かしていく。
4情報提供者の役割
看護師は、患者が必要としている健康に関する情報を提供するという役割がある。しかし、場合によっては患者に事実を伝えるべきかどうか検討する必要がある。
5カウンセラーの役割
看護師は、患者が今自分自身に何が起こっているかを十分に理解し、記憶できるように援助していく。また、看護師は傾聴などのコミュニケーション技術を獲得していく。
6リーダーシップの役割
看護師は、人間の尊厳と価値を尊重する態度が求められる。
看護師は患者を協力者とみなし、健康問題を解決できるように援助していく。看護師は、看護過程を展開する場面においてリーダーシップを発揮する。
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精神力学的看護
ペプロウは、それまで漠然としていた精神科看護の実態を明らかにした第一人者である。
ペプロウが唱える「精神力学的看護」とは、患者とその患者を援助する看護師の感情や価値観、思考、行動が相互に影響し合って変化し、成長しながら援助したり、援助を受けていく過程のことである。
患者は、病気の体験のなかで看護師から援助されたことから学び、看護師も患者への援助体験から学んでいく。
つまり、精神力学的看護とは、患者と看護師が互いに学び、成長していく人間と人間との関係のことをいう。
さらにペプロウは、看護師が患者を指導するときは、看護師の人間性が患者の学習成果に影響を与えるという仮説、日常の人間関係の諸問題に取り組むなかで看護師は、パーソナリティの発達を遂げ、成熟していくという仮説を示している。
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ペプロウの看護理論から得るもの
ペプロウは、「看護師─患者」関係に着目し、看護独自の機能を見いだした。彼女は、看護師と患者の関係は単なる対人関係ではなく、治療的人間関係のプロセスであると述べている。
看護はその治療的プロセスのなかで行われ、患者のより望ましい状態に向けて、患者が健康問題を解決することを助け、パーソナリティの成熟を促していく。
患者だけでなく看護師も援助体験から学び成長し、成熟していく人間と人間の関係なのである。
ペプロウは、質の高い看護の実践のためには対人関係の発展が重要なポイントになる、とみているのである。
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看護理論のメタパラダイム(4つの概念)
ペプロウは、次のことを前提にして看護理論を展開している。
1つは、患者が看護を受けた体験のなかで何を学ぶのかは、看護師の人となりにかかっているということである。
もう1つは、看護はパーソナリティの発達を促進し、成熟させる役割があるということである。つまり、ペプロウは「人間関係のなかでパーソナリティは発達していく」という考え方を前提にして看護について述べているのである。
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1人間
ペプロウは、人間を個人(individual)と定義している。家族や集団、地域社会はこの定義には含まれない。
人間は、常に不安定な平衡状態に置かれており、人間の生涯は不安定な状態から安定した状態をめざすという苦闘の過程にあると述べている。
そのような不安定な状態に置かれているからこそ、人間はそのときどきのニードを追っているのである。
人間は、安定した状態を得るために、ニードの充足のために行動する。人間のニードは段階があり、生命維持のために必要な基本的なニードがまず優先される。
このように、ペプロウの看護理論はマズロー(A.H.Maslow)のニード論の影響を大きく受けている。
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2環境
ペプロウは、環境については明確に定義していない。
ただ、患者を病院の環境に慣れさせるときに、看護師は患者の文化背景や価値観を考慮しなければならないと述べている。
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3健康
ペプロウは、健康について次のように定義している。
健康とは、1つの表象(知覚に基づいて意識に現れる外的対象の像)であり、創造的、建設的、生産的な個人生活および社会生活を目標にしている。
また、パーソナリティの発達に焦点をあて、健康は生活を営むための基盤となるパーソナリティの成熟の過程であり、人間的成長の過程であると述べている。
この人間的成長の過程には、生物学的過程、成長発達の過程、社会的基盤をもつ過程がある。
ペプロウは、健康を体験するために必要な2つの条件をあげている。
それらは、生理的欲求が満たされるという生理的条件と、自由に自分を表現でき、生産的方法で能力を生かせるという人間関係の条件である。
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4看護
ペプロウは、看護について次のように定義している。
まず看護とは、有意義で治療的な人間関係の過程であると定義している。
看護は、治療のために重要な人間関係の過程であり、病気あるいはニードを感じている個人と、そのニードに気づいて対応していくための教育を受けた看護師との人間関係である。
また看護とは、パーソナリティの成長を助ける教育的な手立てであり、パーソナリティの成熟を促す力であると定義している。
看護が必要な状況について、ペプロウは「その状況とは、患者が切実なニードをもっており、専門的援助を求めているということ」と述べている。
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看護理論に基づく事例展開
ペプロウと看護過程
看護過程とペプロウの「看護師─患者」関係の4段階を比較すると、いくつかの類似点がある。
それは、看護過程とペプロウの4段階はどちらも継続していくものであるという点と、患者のニードの充足という最終目標に向かって協働していくという点である。
同時に、相違点もみられる。それは、看護診断についての考えである。今日ではそれは看護師の業務になっているが、ペプロウは当面している問題を評価し、診断するのは医師の役割であると述べている。
1アセスメント
ペプロウは、「不安はある種のエネルギーであり、不安そのものを直接調べることはできない。むしろ、その結果としての変化や行動をとおして調べることができる」(1973)と述べている。
患者の不安は、具体的な行動を通じて明らかになってくる。看護師は、患者が示すその行動に基づいてアセスメントしていくことが必要になる。
看護師は患者と会話することや患者の行動を観察することによって必要な情報を収集することができる。
2看護診断
ペプロウは、「地域における健康的な生活を妨げたり損なったりする、心理社会的あるいは精神的な問題に対するクライエントの人間的な反応」(1973)を診断し、対処することが看護師であると述べている。
3計画
不安をもつ患者が多いことから、ペプロウは不安に対する具体的な介入方法を開発した。
計画の目標は、患者の不安の軽減であり、その計画は看護師と患者が協働して作成する。
4実施
ペプロウは、実施については正確に表現することが重要だと考えている。
看護師は、実施した看護行為について正確に記録する必要がある。
5評価
患者の不安がどの程度軽減したかを測定する。看護師が予想した結果と実際の結果を比較することによって、評価することができる。
なお、どのような看護行為がどこまで実施されたのかを評価する。
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被害妄想のある悪性リンパ腫で入院中のAさんの事例
Aさん、72歳、女性。無職。夫は30年前に病死。子どもはなく、アパートで一人暮らしをしている。2年前まで清掃会社のアルバイト職員として働いていた。隣人との交流が途切れ、遠方に住む姉がときどき会いにくるだけである。
昨年から被害妄想がひどくなり、現金を盗まれたとか隣人に悪口をいわれていると訴えている。悪性リンパ腫の治療のためにB大学病院に入院する。看護師が話しかけても、ひと言も話さない。
4人部屋に入ったが、同室者とも会話せずカーテンを閉め切ったままである。落ちつかない様子で廊下を行ったり来たりしている姿がみられる。
1アセスメント
Aさんは、被害妄想があり、周囲に対して懐疑的で、落ち着くことができない状況にある。このような状況のなかで、看護師や同室者との対人関係の形成が阻害されていることがうかがえる。
入院前から自閉傾向がみられたAさんは、入院によってさらに孤立していくことが予測される。
現在、Aさんは自分のニードを表出できる人間が周囲におらず、信頼関係の構築という切実なニードをもっており、専門的な援助を探していると考えられる。
2看護診断:「対人関係の形成の阻害」
Aさんは、被害妄想があり、環境の変化による混乱が起こる可能性がある。また、看護師や同室患者という新しい人間関係への適応困難が考えられる。
これらのことから、このまま放置するとAさんが入院生活に不適応になる結果につながっていく。
この点に注目し、上記の診断がなされた。
3計画・実施
①信頼関係を構築する
- 関心をもっていることを伝え、敬意をもってかかわる。
- 受容かつ共感的態度でかかわる。
- 妄想について否定せず、妄想の根底にあるニードを把握する。
- ニードを表出させてケアを提供する。
- 言語的コミュニケーションを徐々に増やしていく。
②一般状態の観察
- 発汗、筋緊張など不安な症状を観察する。
- 対人関係、攻撃的な言動、疑い深さ、敵意などを観察する。
③現実との接触を保つ
- 同室患者との現実的な接触、相互作用をはかる。
- 治療プログラムに参加する。
- 姉との面会の場をつくり、患者の情緒的安定をはかる。
以上、今回の事例では、対人関係を構築し、切実なニードの表出を促進し専門的援助を行った。
4評価
実施した内容を評価していく。
- Aさんは看護師に不安を表出することができるようになった。
- 同室者との交流がみられるようになった。
- 病棟で行われる治療プログラムに参加するようになった。
人間関係が、いかに人間に及ぼす影響が大きいかを示す事例である。
ヒルデガード・E.ペプロウ(Hildegard E.Peplau、1909〜1999)は、看護実践のなかから看護師と患者の対人関係の看護理論をつくり上げた女性である。
彼女は、アメリカ、ペンシルベニア州の看護学校を卒業し、1931年から看護師として働き始めた。1943年にベニントン大学で人間関係の心理学を専攻し、文学学士号を取得した。
その後、1947年にコロンビア大学で精神科看護の修士号を取得する。さらに、1953年に同大学で看護教育学博士号を取得している。
ペプロウは、看護師として私立病院や公立病院に勤務したほか、2年間の陸軍での経験、看護学研究、精神科看護施設でのパートタイムの実務経験などがある。
このような豊富な臨床経験だけでなく、彼女は精神分析学や人格発達の理論、人間の動機づけ理論といった看護の関連学問領域の理論家や研究者とも交流があった。
これらの学際的な交流が、彼女の看護理論に大きな影響を与えたとされる。
1952年にペプロウは、『Interpersonal Relations in Nursing』(『人間関係の看護論』)を出版した。
この本が出版された時代は、アメリカ合衆国の人々が第2次世界大戦によって身体的な問題だけでなく精神的な問題も多く抱えていた。
これらの健康問題を解決するために、政府が積極的に看護教育や看護研究の支援をするようになり、人々の看護への期待が大きくなっていた時代であった。
また、彼女は『Basic Principles of Patient Counseling』(『患者に対するカウンセリングの基本的原理』)という小冊子を出版している。
博士号を取得した後、ペプロウは大学院で教鞭をとりながら数多くの講演活動を行い、世界保健機関(WHO)、国立精神衛生協会、アメリカ看護師協会など多くの組織に貢献をするなど偉大な功績を残した。
ペプロウの看護理論は、50余年経過した今も看護実践、看護教育、看護研究の方向性を示す重要な看護理論である。
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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版