ポジショニングの基本となるもの
『写真でわかる看護技術 日常ケア場面でのポジショニング』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回はポジショニングの基本について解説します。
田中マキ子
山口県立大学看護栄養学部教授
ポジショニングの基本は「よい姿勢」を保つこと
ポジショニングの基本について考えるとき、まず「体位の基本」を確認しておく必要があるでしょう。「よい姿勢の基準」とはどのようなものでしょうか。
齋藤宏著「姿勢と動作─ADLその基礎から応用─」(メヂカルフレンド社)によると、「よい姿勢とは力学的合理性や作業能力と大きな関連を持つ。よい姿勢の一般的な基準としては、力学的に安定し、長時間に及んでもあまり疲労しない姿勢である。また、健康で、心理的にも安定して、外観が美しい姿勢であることが、作業能率の面でも有効となる」とされています1)。
この「よい姿勢」が、ポジショニングにおいても重要な要素になります。力学的に安定し、長時間に及んでもあまり疲労しない姿勢を保つことができると、人は緊張せずリラックスできます。
不安定な体位による身体的な筋緊張は変形・拘縮を招きます。それと同時に、過度の心理的緊張は疲労や苦痛を招き、それが負の連鎖につながっていきます(図1)。
POINT
不安定な体位は、身体的な筋緊張による変形・拘縮と、過度の心理的緊張による疲労や苦痛を招く
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すべての基本である「安定性」が「美しい姿勢」につながる
「よい姿勢」が保たれることは「外観が美しい」ことにつながります。ただ、「美しい」というのは多分に主観的な要素を含んだもので数量化は難しく、普遍的な共通項とはなりえません。しかし、ポジショニングにとっては重要な要素と言えます。
私たち医療者はとかく、脳梗塞後に片麻痺が残存すると、患者の身体は変形・拘縮を起こすものと思いがちです。身体が右へ大きく傾き内反拘縮が進み、身体のアライメント(体軸の自然な流れ)が損なわれると、人が本来もっている機能的で美しい姿勢ではなくなります。
医療者はそれが仕方のないことのように思いがちですが、そうではありません。姿勢がくずれると、引っ張られなくてもよいはずの筋肉が引っ張られ、そこをカバーしようとして他にも影響が出ます。それは身体機能の異常へつながってしまうのです。そこで、姿勢のくずれを防ぐためにポジショニングが必要になります。
例えば、優れたスポーツ選手のフォームは美しいと言われます。優れた選手でもスランプに陥ると、まずフォームの見直しを行います。選手個々に合った姿勢をチェックし、修正・改良していきます。
美しくない姿勢とは「くずれた姿勢」です。姿勢がくずれると身体のバランスがくずれ、ある部分に“ゆがみ”が生じ、そのため本人は疲労を感じてしまいます。疲労しない姿勢と美しい姿勢は同一のものと言えるでしょう。
「美しさ」は客観的に「バランスのよさ」とされています。バランスを構成している最大の要素は「安定性」です。「安定した体位」=「疲労しない、痛みがない」=「美しい」というのがポジショニングの基本になると言えます。
POINT
安定した美しいポジショニングとは、患者が「楽に感じ」「安全」な体位である
安定性は、安全性につながり、患者の安楽に結びつきます。安定した美しいポジショニングは、患者が「楽に感じ」「安全」な体位なのです(図2)。
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「安定性」を構成している要素と臨床への応用
「安定性」を構成する要素には、
①支持基底の面積
②支持基底と重心線の関係
③重心の高さ
④物体の質量
⑤摩擦力
⑥構造の分節性
⑦心理的要因
⑧生理学的要因
の8要因があるとされています2)。
ポジショニングの基本を考えるときに重要になるのは、「重心」「基底面」「摩擦力」「構造の分節性=筋肉と関節の関係」です(図3)。
重心と基底面
臥床患者でも立位の患者でも、基底面と重心の関係を観察して体位自体が安定しているかどうかを見極め、重心の適切な位置を意識して体位を整えることが大切です。
支持基底面は、二足で起立したときの支持基底の面積で、両足底とその間の部分を合計した面積です。重心線が支持基底の面積内に落ちているときは平衡が保たれている状態です。さらに重心線が支持基底の中心に近いところに落ちるほど安定性はよく、辺縁に近くなるほど不安定になります3)。
不安定な体位で日常生活援助を行うことは、患者の安全を損ねることにもなりかねません。例えば排泄援助の際に重心への配慮がなく安定性に欠けると、転倒の危険につながります。食事介助では安定性がなく間違った体位では誤嚥が起こります。
そのために、適切なポジショニングを行って、患者に安心感を持たせ、不安感・緊張感を抱かせないことが必要です。
POINT
不安定な体位での日常生活援助は患者の安全を損ねる危険性がある。適切なポジショニングを行って患者に安心感を持たせることが必要
摩擦力
摩擦力とは接触面にはたらく「ずれ力」のことです。ずれと部分圧迫は、「褥瘡」予防のための重要な要素です。
POINT
身体移動の際には必ず接触面に摩擦力が働くことを認識する
摩擦力を適切に防ぐ方法として「圧抜き(背抜き)」があります。日本褥瘡学会では「背抜き」を「ベッドや車椅子などから一時的に離すことによって、ずれを解放する手技である。」と定義しています。
頭側挙上、仰臥位から側臥位への変換など、身体移動の際には必ず接触面に摩擦力がはたらくことを十分に認識する必要があります。
構造の分節性
人間の身体は一つの構造体でできておらず、頭・上半身・下半身・四肢による、分節構造を持っています。そのため、各分節をつなぐ筋肉と関節の構造に関する知識を持たなくてはなりません。
関節は、蝶番関節(上腕骨と尺骨)や車軸関節(上腕骨と橈骨)など、さまざまな構造があり、それぞれが運動特性を持っています。
ポジショニングを行う際には、筋肉と関節の関係、関節の動き等について正しい知識を持ち、それを基本とした動きを理解しなくてはなりません。
POINT
人間の身体は分節構造を持っている。その構造を基本とした動きを正しく理解し、ポジショニングを行う
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日常の動きの中で「よい姿勢」を評価する
安定した体位を保持するためには、体位に関する観察・評価を行うことが重要です。日常生活場面においては、さまざまな動きに伴う動的変化を見なければなりません。
実際の動きの中で体位の観察を行うことは難しいものですが、「身体の対称性」に着目すると、比較的容易に体位の安定性を評価することができます。元来、人の身体は左右対称にできているため、対称性が損なわれているときは体位のくずれが起こっていると言えます。
POINT
「身体の対称性」が損なわれているときは体位のくずれが起こっている
実際には患者は衣服を着ているために微妙な変化が見落とされがちですが、体幹のねじれに気づくことは大切です。
例えば、座位姿勢における仙骨座り(前座り)は、骨盤の後傾(体幹のねじれ)から生じています(図4)。座位で身体が前方へ滑ると、殿部にずれ力がはたらき、違和感や痛みを生じます。最悪の場合は、椅子からずり落ちてしまいます。
骨盤の歪みは横倒れ等に影響しますが、その倒れを予防しようとして、上体は反対側に倒れて調整しようと働きます。これは、姿勢のくずれとともに、殿部の部分圧を上昇させることになります。上体と下体が互い違いの状態にあると、人は座り心地が悪いと感じ、疲労を感じてしまいます。
臥位でも同様です。片麻痺の場合、上体と下体が同じように麻痺を生じているわけでなく、筋肉の大きさや張りによって、その程度は異なります。そのため、アライメント(体軸の自然な流れ)が損なわれます。
このように、ポジショニングを行う際は、日常生活の動きの中で「よい姿勢」であるかどうかを常に観察・評価することが重要になります。
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ポジショニング技術施行の際のさまざまな道具の使用
ポジショニング技術を施行する際は、体位を調整するためにさまざまな道具を使います。
体位調整の基本的な方針は、「くずれた姿勢」を「よい姿勢」に、「体軸の不自然な流れ」を「自然な流れ」に戻すことです。そのために、ピローや体圧分散用具を用います。さらに、それらを使用する際に生じる「ずれ力」を防ぐために、圧抜き用の「滑るグローブ」を使用します。
POINT
ピローや体圧分散用具といった道具が、「体軸の不自然な流れ」を「自然な流れ」に戻すための体位調整・保持に必要となる
ピローを用いて体位調整を図る際に重要な要素は、ピローを当てる部位とピローの素材・形状です。
ピローを当てる部位は、臥位では肩と殿部(骨盤)であり、座位では骨盤です。ピローの素材としては「硬さ・柔らかさ」の要素、形状では「厚い・薄い」「定型・非定型」などの要素があります。
それらを十分に吟味したうえで、挿入する角度を意識しながら行うことが重要です。挿入角度を考慮しないと、予防できるはずの変形・拘縮を増悪させることもあるからです。
また、道具の不適切な使用が悪影響を与えてしまうこともあります。従来行われてきた予防方法がより悪い結果をもたらしてしまう危険性もあるのです。
例えば、「手指の屈曲拘縮予防」として、従来は指が曲がりきらないようにおしぼりタオルを握らせるという方法を行ってきました(図5)。
しかし、「握る」行為は把握反射を亢進させるため、屈筋痙性亢進をいっそう刺激し、拘縮を増強させてしまうことがわかってきました。
そこで、完全に握り込めないようにすることで、屈筋痙性刺激を減少させ指拘縮を予防する介入へと見直されています。
このことは、良肢位(よい姿勢)における手関節(背屈10~20度)とも関係します。握る動作は、屈筋群を刺激し、手関節の底屈を起こします。そのため、手関節を背屈させることから、伸筋群が刺激され指が曲がりにくくなるわけです。
このように、筋肉と関節のメカニズムを熟慮したうえで、患者にとってよりよい状態となるような介入方法を検討する必要があるのです。
POINT
道具の不適切な使用がかえって状態を悪化させてしまうことがある。道具の性能および筋肉と関節のメカニズムを熟慮したうえで、患者にとってよりよい状態となるような介入方法を検討する
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特殊な状態にある患者のポジショニングでの基本
特殊な状態にある患者のポジショニングにも基本があると考えています。基本は、あくまでも「安定性」ですが、治療方法やケア方法、あるいはその特殊な状態に応じて、「安定性」を第二義的に考えなくてはならない場合も出てくると思われます。
そのため、患者の状態を的確にアセスメントし、個々の患者の特殊性による弊害を最小とし、なるべく安定した姿勢をとれるような介入を考慮する必要があるのです。
例えば、円背の患者の場合を例に考えてみましょう(図6)。
円背の患者では、背部が突出しています。突出した背部は明らかに仰臥位では障害になりますし、座位では骨盤後傾にも影響してずれ力を増強させてしまいます。それと同時に、体位がくずれやすくなってしまいます。
また、首が支えられないために前屈や後屈となり、呼吸・循環にも影響してきます。さらに、食事の際には正常な嚥下を妨げる要因になります。そして、円背状態では視線が下向き、あるいは上向きとなり、視覚刺激が限定されて不安感が増強したり、平衡感覚が失われやすくなります。
円背自体を改善することは容易ではないため、円背の状態でも、正しい姿勢保持ができるようにポジショニングすることが必要です。そこでまず、状態の観察が必要になります。頭部、脊柱、殿部が自然な流れでつながっているかどうかを観察します。そして、部分圧迫が生じてないか、筋緊張が生じていないかを評価します。
POINT
特殊な状態自体を改善することが困難な場合、その状態でも美しい姿勢が保持できるように、患者の状態を的確にアセスメントしポジショニングする
介入としては、「安定」を促すために背部全面を支えるような大きく・柔らかいピローを使用することが考えられます。その際、首が後屈しないよう、あるいは埋まり込みすぎて前屈にならないような配慮が必要です。
そして、首が中間位を保てるような背部の支え(円背角に応じた)を行います。円背であっても安定した姿勢がとれれば、患者は苦痛を感じることなく、日常生活が行えるようになります。
このように、特殊な状態にある患者のポジショニングにおいても、基本になるのは「安定した体位」です。安定した体位は、結果として「美しい姿勢」につながります。特殊な状態をネガティブにとらえるのではなく、ポジティブにとらえてプラスの特徴となるような発想の転換が必要になります。
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引用・参考文献
1. 齋藤宏,他:姿勢と動作─ADLその基礎から応用─.メヂカルフレンド社,東京,2012:3.
2. 齋藤宏,他:姿勢と動作─ADLその基礎から応用─.メヂカルフレンド社,東京,2012:8-9.
3. 齋藤宏,他:姿勢と動作─ADLその基礎から応用─.メヂカルフレンド社,東京,2012:8.
本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。
[出典] 『写真でわかる看護技術 日常ケア場面でのポジショニング』 編著/田中マキ子/2014年8月刊行/ 照林社