「ドクターX」に学ぶ肺塞栓症とパンコースト型肺がん|けいゆう先生の医療ドラマ解説【20】
医療ドラマを題材に、看護師向けに役立つ知識を紹介するこのコーナー。
今回は、10月から始まった『ドクターX~外科医・大門未知子~』第6シリーズの第1話を取り上げます。
(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)
Vol.20 「ドクターX」に学ぶ肺塞栓症とパンコースト型肺がん
©テレビ朝日
今回、外科医の大門未知子(米倉涼子)が救った患者さんは2人いました。
1人目は、山道で岩に手を挟まれ、クラッシュ症候群を起こしそうになった鮫島有(武田真治)。
のちに、東帝大病院新副院長となるニコラス丹下(市村正親)の側近です。
そして2人目が、肺塞栓症でオペを受けたあと、肺がんの見落としが発覚した「食堂のおばちゃん」こと岩田一子(松坂慶子)。
今回のストーリーで登場した病態を解説しながら、振り返ってみましょう。
クラッシュ症候群とは?
鮫島は、大門からクラッシュ症候群の恐れがあると判断され、山中で斧を使って左腕を切断されてしまいます。
さすがに、十分な準備をせずに左上腕をバッサリ切り落としてしまうと、上腕の太い動静脈から大量に出血して止血に難渋しそうですが、クラッシュ症候群のリスクを考える思考過程は妥当です。
クラッシュ症候群とは、災害時などに、がれきに長時間下敷きになっていた人が救出された時に起こることでよく知られた病態です。
筋肉が長時間圧迫されていると、筋肉が傷害され、徐々に壊死します。
筋肉が壊死すると、筋肉の成分であるミオグロビンというタンパク質や、カリウムなどが大量に産生されてきます。
がれきに腕を挟まれている間であれば、その毒素は壊死した筋肉内にとどまったまま。
問題は、救助される時、つまり圧迫されていた部分が解放される時です。
貯留したミオグロビンやカリウムが一気に血流に乗り、腕から全身へと巡ってしまうからです。
ミオグロビンは腎臓にたどり着いて腎不全を引き起こし、カリウムは心臓を通過する時に心停止を引き起こして致命的になります。
「救助したのに救命できない」という点で、非常に危険な病態なのですね。
大門は、あの時点で岩を取り除いてもクラッシュ症候群は免れない、との判断から、救急隊の到着を待たずに腕を切断したわけです。
もちろん実際には、切断された上肢を簡単に接合させ、すぐに元に戻すのは難しいでしょう。
術後長期にわたるリハビリを経て、それでも大きな後遺症が残る可能性がある、というのが現実です。
肺塞栓症とは?
大門もお気に入りの「食堂のおばちゃん」こと岩田は、度重なる胸痛をきっかけに、肺塞栓症と診断されます。
これを診断したのは、ニコラス丹下が導入した最新鋭のAIシステムでした。
AIシステムは、心電図などの簡易的な検査のみで肺塞栓症と診断し、手術を推奨します。
「造影CTできちんと診断をつけてから治療すべき」と反論する大門を無視して手術は断行されますが、術後も胸の痛みは続き、右腕の痛みも現れます。
結局CTで精査したところ、右肺尖部に「パンコースト型肺がん」があることが判明し、大門の手術を受けることになったのでした。
肺塞栓症とは、肺動脈に異物(ほとんどが血栓)が詰まってしまい、呼吸・循環不全に陥る疾患です。
エコノミークラス症候群(またはロングフライト血栓症)とも呼ばれる病気ですね。
血栓ができるのは、9割が下肢や骨盤内。
つまり多くは、下肢深部静脈血栓症により、血栓が血液の流れに乗って肺動脈にたどり着き、そこで塞栓を作る、という流れです。
症状は、今回ドラマで描かれた通りで、呼吸苦や胸痛、動悸、時に失神を起こすこともあります。
(ちなみに、肺塞栓症は、術後の患者さんにも起こりやすい疾患ですので、こういった症状が現れたときには、病棟看護師としても注意が必要ですね)
肺塞栓症の診断には、大門が指摘したように、造影CTが最も有用です。
現実的には、よほどの理由がない限り、造影CTを行わずに手術に踏み切るということはないでしょう。
また、高リスクの症例を除けば、治療は手術ではなく、抗凝固薬の投与が主体となります。
その点でも、治療に踏み切る前に十分な精査を行った上で、病態の重症度の把握が重要になるでしょう。
今回のようにバイタルが安定している症例であれば、なおさら、治療選択は慎重に吟味する必要があります。
将来、こうした診断がもっと簡単になるくらいのAIシステムが現れれば、診断はもっと容易になるかもしれませんね。
(現在はこうした細かな診断や手術ナビゲーションは実用化されていません)
ちなみに、パンコースト型肺がん(パンコースト腫瘍)とは、肺尖部の肺がんが、腕神経叢や交感神経節に浸潤し、肩や腕の痛み、ホルネル徴候などをきたす症候群のことです。
肺塞栓症の治療前に肺がんを見抜けなかったことに対し、次世代インテリジェンス手術担当外科部長の潮一摩(ユースケ・サンタマリア)が、
「あのときは右上肢痛の訴えもなく、(中略)AIでも見つけられなかっただけだ」
と言い訳したのは、これが理由です。
もちろん、これも造影CTを撮影していれば容易に診断できた病態ですから、大門も意に介さず、といった状態でしたね。
・クラッシュ症候群はどんな病気なのか、復習しよう
・肺塞栓症の診断と治療の概要を知っておこう
(参考)
・肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン 2017年改訂版
【執筆】山本健人 やまもと・たけひと
(外科医けいゆう)
医師。専門は消化器外科。2010年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医、がん治療認定医 など。
「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterやInstagram、Facebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
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