“身体拘束をしない”認知症者ケア
『エキスパートナース』2016年7月号より転載。
“身体拘束をしない”認知症者ケアについて解説します。
目黒斉実
聖路加国際大学大学院看護学研究科老年看護学助教
〈目次〉
- 急性期病院にあっても「身体拘束をしないこと」
- 「いつもこうしているから」と思わない
- [事例]こんなとき、どうする?「身体拘束をしない」ためにできるAさんへのケア
- 認知症の患者さんへの対応で心がけたいこと
急性期病院にあっても「身体拘束をしないこと」
改めて、なぜ身体拘束(表1)をしてはいけないのでしょうか?身体拘束は、基本的人権や人間の尊厳を守ることを妨げる行為だからです(日本国憲法第11条:国民は、すべて基本的人権の享受を妨げられない、第25条:すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)。
つまり、入院中だから、急性期だから、認知症だから、という理由だけで“1人ひとりの人間”の自由や尊厳を奪ってはならないのです。医療者は“患者”には何をしてもよい、というわけではありません。
とはいえ、「現実では抑制しないと無理……」という声が聞こえてきそうですね。
看護職は、「してはいけない」と思いつつも「患者の生命と安全を守るため」「人員不足のため」「緊急やむを得ない状況」などという理由で、ジレンマに悩み苦しみながら身体拘束を行っているという現状(1)があるようです。
「いつもこうしているから」と思わない
では、「やむを得ない状況」は本当にやむを得ないのでしょうか?例えば「認知症だから」と、すべての患者さんをひとまとめにして考えていませんか?いま目の前にいる患者さんが、本当に「やむを得ない」かどうかきちんとアセスメントしましたか?
安易に身体拘束をするのではなく、それに代わる方法はないか十分に検討し、やむを得ない状況をなくすために看護師として何ができるかを考えましょう(1)。「いつもこうしているから」と漫然と身体拘束を続けていると、看護師の感覚も麻痺してしまうものです。
誰の安心のための抑制でしょうか?看護師の安心のためになっていませんか。
誰の身を守るための抑制でしょうか?看護師の保身のためになっていませんか。
皆さんも想像してみてください。例えばベッドで寝ているときに……。
- 腰が痛いので横向きになろうと思ったらうまく体が動かせない(体幹抑制)
- テーブルの上の時計をとろうと思ったら腕が曲げられない(四肢抑制)
- 顔を掻こうと思ったら手にカバーがかかっていた(ミトン)
――自分だったら、どう感じますか?また大切な人だったら?1人ひとりが身体拘束をなくしたいという気持ちを持ち続ければ、必ず状況は変えていけるはずです。次の「事例」を参考に、できることを1つずつ始めてみましょう。
[事例]こんなとき、どうする?「身体拘束をしない」ためにできるAさんへのケア
Aさん、70代の女性
入院後の認知症症状は…
- 数分前に話したことと同じ話をして、同じ質問をする
- 入院していることを忘れて、いま自分がどこにいるかわからなくなっていることがある
点滴治療とともに徐々に活気が出てきて…
- 点滴を刺入部から抜いてしまう、輸液ラインを引っ張って点滴ボトルから抜いてしまう、起き上がってベッドから降りようとして膀胱留置カテーテルが引っ張られるという状況が出現した
- Aさんに点滴や床上安静の必要性を繰り返し伝えても、状況は変わらない
1「点滴を抜こうとする」へのケア
ミトンや抑制帯をせずに、Aさんが点滴を意識しないで過ごせるように工夫しました。
- ①刺入部に包帯を巻く
- ②輸液ラインを袖先から出さずに首元から通して出す
- ③目に入るところに点滴ボトルを吊るさない(体位変換後は、反対側に吊るし換える)
- ④ラインを固定しているテープが“かゆくないか”“固定部位が当たって痛くないか”確認する
- ⑤輸液ラインの延長チューブを1m長くして、動いたときにもゆとりをもたせる。また途中で輸液ラインをどこかに固定して、引っ張られる違和感や、点滴ボトルからラインが抜けるのを予防する
- ⑥触ってもよいもの(例として週刊誌・新聞、家から持ってきたなじみのあるものなど、安全で興味をもてるもの)を持っていてもらい、ライン以外のものに注意を向けてもらう
2「起き上がってベッドから降りようとする」へのケア
- ①離床センサーを使用し、ベッドから起き上がった時点でナースコールが鳴るように設定し、転落を予防する
- ②起きてはいけません」ではなく「どうしましたか?」と、Aさんが起きようと思った理由を聞き、それを解決する
- ③医師と相談し、安静度を“車椅子可”に上げてもらい、起き上がりが頻回なときは車椅子で過ごす(ベッド上で起き上がりを繰り返しているよりも、車椅子に座って過ごすほうが安静を保てる場合もある)。安静度は状況を見ながら医師と相談してみよう
3「膀胱留置カテーテルが抜けそうになってしまう」へのケア
- ①Aさんの動きが出てきた段階で、膀胱留置カテーテルの必要性について医師と相談し、早期の抜去を検討する(尿量カウントは、おむつの重さを計測する形で継続)
その後のAさん
膀胱留置カテーテルは抜去し、体動が多いときは車椅子で過ごすこともありました。点滴のトラブルはなくなり、1週間ほどで全身状態が改善し、点滴治療を終了できました。
認知症の患者さんへの対応で心がけたいこと
1故意に抜いているわけではないことに注意
認知症の患者さんは新しいことが覚えられないので、入院や治療の必要性を説明すると、その場では理解したようにみえますが、少し経つとまた状況がわからなくなってしまいます。
また、患者さんは故意に点滴を抜くのではなく、「あれ?これはなんだろう?」と気になり、少し引っ張ってみたら点滴が抜けていた、ということが多くあります。
ですから、「さっき説明したばかりなのに……」と嘆くよりも、患者さんが「あれ?」と思わないで済むように、また「あれ?」と思ったときには適切な対応が受けられるように、工夫をすることが効果的です。
2「どうせ覚えられない」?…でも、説明は安心につながる
また、どうせ覚えられないからと患者さんへの説明を省いてはいけません。説明は繰り返ししてあげてください。患者さんにとっては初めて聞くことであり、その場では安心できます。
だからといって、「いま肺炎で入院しています。点滴をさわらないでください」などと紙に書いて貼っておくのはあまりお勧めしません。何のことかわからず、逆に不安になる可能性もあるからです。
3減らせる処置・付属物はないかをつねに確認
常にリスクを念頭に置き、処置等は必要最小限にする努力が重要です。
薬剤は内服に移行できませんか? 中心静脈栄養から末梢ラインへ早めの変更など、医師と相談してみましょう。
[引用文献]
- (1)日本看護倫理学会 臨床倫理ガイドライン検討委員会:身体拘束予防ガイドライン(2015)http://www.jnea.net/pdf/guideline_shintai_2015.pdf(2016.5.20アクセス)
本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。/著作権所有(C)2016照林社
P.70~73「“身体拘束をしない”認知症者ケア」
[出典] 『エキスパートナース』 2016年7月号/ 照林社