その症状、もしかしたらフグ中毒かも?!|キケンな動植物による患者の症状【2】
嘔吐や気分不良など、中毒症状を訴えて来院する患者の中には、まれに「え?これが?」と驚くようなものが原因の場合があります。
この連載では、外来などで比較的遭遇する確率の高い意外な原因について、特徴的な症状や気を付けておきたいポイントなどについて説明します。ぜひ、看護師の皆さんには「あれ?もしかしたら○○が原因?」と疑える力(知識)を身に付けていただければと思います。
守田誠司
東海大学医学部付属病院 外科学系救命救急医学講座教授
〈目次〉
フグ毒って?
フグ毒の成分はテトロドトキシン
フグの毒は体内にあるため「フグ毒」と呼ばれていますが、一般名はテトロドトキシンという物質です。
テトロドトキシンは、猛毒で有名な青酸カリの数百倍の毒性を持ち、300℃以上の熱にも変性せず、毒性を発揮します。つまり、調理で加熱しただけでは毒性は消えないのです。
ちなみにこのテトロドトキシンは、フグだけが持っている毒ではありません。ヒョウモンダコやツムギハゼなど、ほかの生物もテトロドトキシンを持っています。
このテトロドトキシンは、神経細胞や筋線維の細胞膜に存在する電位依存性ナトリウムチャネルに結合することでナトリウムチャネルの働きを抑制し、ナトリウムが細胞内に流入できなくなることで神経伝達を抑制してしまいます。そのため、テトロドトキシンは神経毒に分類されています。
簡単に言えば、テトロドトキシンが体内に入ると、神経も筋肉も麻痺させてしまうということです。どれだけ恐ろしい毒なのか分かりますね。
ちなみに、このテトロドトキシンは、かつてはフグが体内で産生していると考えられていました。しかし近年、フグを人工養殖する中で、体内で産生しているのではなく、生物濃縮によるものだということが判明しました(1)。
ビブリオ属やシュードモナス属などの一部の真正細菌(簡単に言えば海中の微生物)により産生されたテトロドトキシンが、餌として小さな貝などに取り込まれ、体内に毒性が蓄積されます。これを生物濃縮と言います。
さらにこの小さな貝をより大きな貝やヒトデなどが食べ、さらなる生物濃縮が行われ、最終的にこれらをフグが食べることで、フグの体内にテトロドトキシンが貯まるという仕組みです(図1)。
なお、フグの種類によって、毒を持つ部位はさまざまです。また、同種であっても、生息場所で毒がある部位は異なることもあるため、注意が必要です。ただし、卵巣、肝臓等の内臓は、ふぐの種類にかかわらず、絶対に食べてはいけません(2)。
memo「てっさ」は毒に関係することからついた?
フグの刺身のことを「てっさ」と呼びますが、実はこの呼び方にも毒が関係しています(諸説あり)。フグは毒を持っており、当たると死ぬことから「鉄砲」と呼ばれるようになりました。そして略称を「鉄」とも呼ばれたことから、「鉄の刺し身」がいつの間にか「てっさ」と呼ばれるようになったとのことです。
こう考えると、ふぐ料理は、昔の人の犠牲を基に発展してきた料理ということで、ふぐを食べるときには昔の人に感謝しながら食べなければなりませんね。
フグ中毒の原因は、ほとんどが素人の調理によるもの
フグの調理には都道府県知事の許可による免許が必要です。
そのため、毎年多数の患者が発生するということはありませんが、ある程度の患者は発生しています。
近年のフグ中毒事故・患者数・死者数を表1にまとめました。これによると、毎年、数十件のフグ中毒事故が発生しており、1件で複数人の中毒患者の発生が多いことが分かります。これは、自然毒による食中毒の特徴です。
現在、日本で発生しているフグ中毒の多くは、素人が捕獲し、素人が調理をして、食べることで起こります。これは、お父さんが釣りに行ってフグを釣ってきて、見よう見まねで調理して家族でフグ鍋を食べたところ、中毒が発生し、搬送される…というような経緯で発生しているということです。
なお、フグ中毒の詳細や統計は厚生労働省のホームページで毎年更新されているので、一度確認してみてください。
フグ中毒患者にはどんな症状が出る?
フグ中毒は、食べた直後に突然呼吸が停止するということはなく、徐々に症状が出現してきます。多くのケースで、毒を含んだフグを食べた数分後から症状が出現します。
最初の症状は口周囲や口腔内の感覚異常が出現します。患者は「何か口の周りがピリピリする、ヒリヒリする」といった表現をします。そして、数十分後には顔面や四肢に感覚異常が出現し、数十分~数時間で全身性の筋弛緩や呼吸が浅くなり、最終的に呼吸停止となります。
なお、毒の作用による意識障害は出現しません。意識があるまま、動けなくなり、発語もできなくなるという恐ろしい経過をたどります。もちろん、低酸素血症が著明となれば、最終的に意識障害が出現します。
フグ中毒による死亡の原因は呼吸停止によるものです。表2にフグ中毒の重症度を示します。体内に摂取された毒の量により症状の進行のスピードや症状は変化します。すべてのケースがGradeⅣに進行するわけではなく、GradeⅠから症状が軽快していくケースもあります。
フグ中毒患者はこんな雰囲気や発言が決め手!
当然ですが、患者が搬送されて来た時に「フグを食べた後から症状が…」と患者本人や周囲の人から情報が収集できれば比較的簡単にフグ中毒が推測できます。
しかし、搬送されて来た患者全員がGradeⅢ以上で発語などができず、原因不明の全身麻痺などが主訴で搬送されてくれば、診断が困難になります。
このような状況であれば、プレホスピタル(救急隊)からの情報が重要になります。「家族が台所で倒れていた」「家族で鍋を食べていたようだ」などの情報から何かしらの中毒を疑っていかなければいけません。
フグ中毒患者の問診・診断のポイント
フグ中毒の患者は、片麻痺などではなく、全身性の弛緩性麻痺が見られ、意識は比較的保たれていることが特徴的です。また、呼吸が浅く、高二酸化炭素血症などが認められれば積極的にフグ中毒を考えていきましょう。
実際には、患者の尿や血清、食べた魚などからテトロドトキシンが検出されれば診断は確定できます。
テトロドトキシンは急速に代謝され、尿中排泄されるため、尿検査は診断率が高くなります。しかし、救急の現場でテトロドトキシンをすぐに測定するなんて現実的でありませんね。やはり、救急隊や同乗者などからの情報収集や、テトロドトキシンの毒性とその症状を理解して、患者の状態を観察することが大切です。
フグ中毒患者の処置・治療法
フグ中毒患者への治療の中心は、対処療法以外ありません。
何種類かの薬剤投与が有効だったとの報告がありますが、どれも症例報告レベルでしかなく、有効性が証明されたエビデンスのある薬剤はありません。また、拮抗薬なども存在していません。従って、テトロドトキシンが尿中に排泄され、体内から完全に排泄されるのを待つしかないのです。
ただし、フグ中毒患者が呼吸停止となる前に、気道確保し、人工呼吸器を使用するといった適切な医療介入を行うことで、致死的な結果を避けることができ、比較的予後は良好となります。
なお、低酸素血症に伴う低酸素脳症合併例では、脳機能予後を含めて経過不良となるケースもあります。
フグ中毒患者にはここにも注意!
フグ中毒の重症度を表すGrade分類(表2)は、あくまでも最終的な評価に用いるものであることを理解しておいてください。つまり、来院時に「GradeⅠ程度だから軽症だね、帰宅でも大丈夫!」などと思わないようにしましょう。
前述しましたが、フグ中毒の症状が進行性に出現してくることに注意してください。来院時、GradeⅠであっても、1時間後に呼吸が停止してしまうこともあります。最低限24時間以上は経過観察が必要です。フグ中毒を疑うのであれば絶対に入院して経過観察を行いましょう。
フグ中毒の重症度は、入院中、最終的に症状が完全に消失した時点で、「あの患者さんはGradeⅡだったね、GradeⅢだったね」というように使用してください。
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ロケットデザイン
[Illustration]
山本チー子