コッヘル鉗子|鉗子(1)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『コッヘル鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

コッヘル鉗子は外科用止血鉗子

コッヘル鉗子とは

コッヘル鉗子とは、外科手術で使用する止血鉗子で、正式名称を「外科用止血鉗子」と言います。

 

コッヘル鉗子には、先端に鈎がある「有鈎」のものと、鈎がない「無鈎」のものがあります。

 

memoコッヘル鉗子の鈎とは?

先端部にあるかぎ状の突起のことです。この鈎があるものを「有鈎」、ないものを「無鈎」と呼びます。

 

有鈎・コッヘル鉗子

 

コッヘル鉗子は、ポピュラーな鉗子の一つであるペアン鉗子と、見た目がとてもよく似ていて、一目見ただけでは区別がつきません。

 

ただし、ペアン鉗子には鈎がありませんので、鈎があればコッヘル鉗子と判断できます。

 

鈎がない場合はコッヘル鉗子かペアン鉗子かを見分けるのは困難です。メーカーによっては、コッヘル鉗子とペアン鉗子を区別するために、ペアン鉗子の脚の部分に横溝が数本あるものがあります(後述)。
 

 

コッヘル鉗子を使用する場面

コッヘル鉗子は、消化器外科手術や婦人科手術、整形外科手術、泌尿器科の開腹手術など、さまざまな科の手術で使用されます。おもな使用用途は、皮膚切開後、真皮などの硬い組織にある血管を掴んで、切開創からの出血を止血することです。しかし、腸管などの軟らかい組織を有鈎コッヘル鉗子で掴んでしまうと穿孔する危険性があるため、腹膜を切開した後の臓器に有鈎コッヘル鉗子を使用してはいけません

 

コッヘル鉗子は、手術室では非常にポピュラーな医療器械ですが、病棟や外来ではあまり見かけません。これは、コッヘル鉗子の鈎の部分で組織を掴むとかなりの痛みがあるため、麻酔がかかっていない状態で組織を掴むことは無いからです。

 

まれに、病棟や外来でチューブ類を掴むのにペアン鉗子を使うことがあります。しかし、鈎付きのコッヘル鉗子で掴んでしまうと、チューブ類に穴が開く恐れがあるため、有鈎コッヘル鉗子は使用してはいけません。

 

memoコッヘル鉗子を使用しないときは隠せ

一般的に、有鈎コッヘル鉗子は手術中、器械盤台の上に置かれていますが、病院によっては布やポケットなどを使って、有鈎コッヘル鉗子を使用しないように隠してしまうこともあります。

 

コッヘル鉗子の誕生秘話

コッヘル鉗子の生みの親は外科医

「コッヘル」という名称は、開発者である医師 エミール・テオドール・コッヘル(Emil Theodor Kocher:以下、Dr.コッヘル)に由来しています。Dr.コッヘルは、19世紀終盤頃から活躍し、後にノーベル生理学賞・医学賞を受賞したスイス生まれの外科医です。

 

memoノーベル賞とDr.コッヘル

Dr.コッヘルは、1909年に、医師として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 

コッヘル鉗子は患者を守りたいという思いから誕生した!?

コッヘル鉗子の誕生前、Dr.コッヘルは、甲状腺の部分切除に挑戦していました。しかし、甲状腺は血流に富んだ内分泌組織のため、切離するたびに出血量が増え、手術には大きな危険を伴っていました。また、術野から見える血管の断端から病原体が侵入して感染すると、手術後に敗血症を起こす危険性もありました。

 

このような現状から、Dr.コッヘルは患者の命を長らえさせるためには、手術による出血量を少なくするだけでなく、手術部位の血管からの感染を防ぐことが重要だと考えました。

 

「甲状腺組織の切離面での出血をよりしっかりと止める方法や、医療器械はないものか……。そうか! もっとしっかりと血管を押さえられて(圧挫させて)、挟んだ血管が抜け落ちない(滑り落ちない)ものを使えば、完璧な止血ができるのではないか?」と閃いたのではないかと、筆者は考えます。

 

この発想から誕生した医療器械が、コッヘル止血鉗子です。

 

コッヘル鉗子より前に誕生していたペアン鉗子

コッヘル鉗子が誕生したのは1905年のことですが、すでにこの時期、ペアン鉗子は誕生していました。しかし、当時のペアン鉗子では、甲状腺組織からの出血を十分に止めることが難しかったため、よりしっかりと動脈を把持するために、ペアン鉗子の先端に鈎が付けられたコッヘル鉗子が誕生したと考えられています。

 

memoコッヘル鉗子の形状はあまり変わっていない

コッヘル鉗子は、ペアン鉗子を改良したものと考えられます。形状は、現在のものとほぼ同様ですが、当時はラチェット部分(カチカチと止まる部分)が1段だったと考えられています。

 

コッヘル鉗子の特徴

サイズ

医療器械メーカーによって異なってきますが、最も一般的なサイズは13~14.5cmです。これよりも大きなもの(18cm程度)は、手術室では「長コッヘル」と呼ばれることがあります。逆に、11cm程度の小さなものは「モスキートコッヘル」と呼ばれたり、メーカーによっては「◯◯cmのコッヘル」「◯◯cmのモスキート」と呼ぶこともあります。

 

形状

把持部(先端部)の形状は、真っ直ぐな「直型」と、彎曲した「曲型(反型)」があります(図1)。把持する組織に合わせて、適した形状のものを使用します。

 

図1直型と曲型の先端部(コッヘル鉗子)

 

直型と曲型の先端部(コッヘル鉗子)

 

memo鈎は無血手術のカギ

コッヘル鉗子の先端にある鈎の部分は、組織が滑らないようにしっかりと把持する機能があります。この小さな鈎こそ、Dr.コッヘルが追い求めた「無血手術」のカギを握っています。

 

材質

現在のコッヘル鉗子はステンレス製ですが、ステンレスが発明されたのは20世紀になってからですので、当時のコッヘル鉗子は違う材質で製造されていました。日本でも昭和30年代頃までは、ステンレス製ではなく、鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが多かったようです。

 

memo13Cr ステンレスの特徴

メーカーによっては、コッヘル鉗子により硬度が高い13Cr ステンレスを使っています。しかし、若干錆びやすい性質のため、取扱いには注意が必要です。

 

製造工程

コッヘル鉗子が製造される工程は、素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います(図2)。

 

図2コッヘル鉗子の製造行程

 

コッヘル鉗子の製造行程

 

(1)素材、(2)型押し(1度目)、(3)型押し(2度目)、(4)バリを取り除く、(5)ミーリング(ラチェットや把持する部分の溝などを作る)、(6)左右の部品の仮組み立て、軸部の穴あけ加工、(7)軸を付けて全体の面取り加工、(8)熱処理、(9)表面研磨・最終調整

 

(写真提供:高砂医科工業株式会社)

 

価格

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズのもので1本2,000円~5,000円程度です。

 

寿命

筆者にも明確なコッヘル鉗子の寿命はわかりません。

 

何年間使用しているか、使用頻度はどうなのか、何を把持しているのか、洗浄・滅菌の過程などで粗雑な扱いをしていないかなど、それぞれの要因で使用できる年数が大きく変わってきます。

 

コッヘル鉗子の使い方

コッヘル鉗子の使用方法

皮膚切開後、切離面の止血のために、筋層や皮下の脂肪組織で、開いた動脈の切離面を把持して、動脈を圧挫させることで止血を行います図3)。

 

図3有鈎コッヘル鉗子の使用例

 

コッヘル鉗子の使用例

 

ペアン鉗子でも同様の止血効果が期待できますが、有鈎コッヘル鉗子は鈎があることで動脈や組織が滑ることなく、しっかりと把持・圧挫ができます。現在、コッヘル鉗子は、筋膜などを把持して術野を広げたり、皮下を剥離するときに組織を把持しておく、などの用途でも使われます。

 

有鈎コッヘル鉗子の禁忌

腸間膜や腸管などの軟らかい組織を有鈎コッヘル鉗子で把持すると、コッヘル鉗子の先端部にある鈎によって組織を穿孔してしまうため、禁忌です。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

コッヘル鉗子とペアン鉗子の取り間違いを防ぐ

メーカーによっては、コッヘル鉗子とペアン鉗子を区別するために、ペアン鉗子の脚の部分に横溝が数本あるものがあります(図4)。使用する際は、この部分を見て確認しましょう。

 

図4コッヘル鉗子とペアン鉗子の違い

コッヘル鉗子の脚部分

ペアン鉗子の脚部分

 

また、コッヘル鉗子を器械盤台の上に置く際には、コッヘル鉗子とペアン鉗子の間に別の鉗子を置いて区別したり、コッヘル鉗子を使用しない間は布やポケットなどを利用して隠すなどの工夫をすると良いでしょう。

 

使用前は先端部を確認する

有鈎コッヘル鉗子の場合、先端の鈎がスムーズに噛み合うか、先端の鈎が破損・摩耗していないかを確認します。

 

ドクターに手渡すときは声かけを

術中、ドクターに手渡すときは、ラチェット部分を1つだけ閉じた状態で手渡すと、ドクターがすぐに使用できるので親切です。その際、ドクターが医療器械を確認できるように、看護師は「コッヘル鉗子です」と声を出して渡しましょう

 

使用後は破損がないか要確認

ドクター(術野)から有鈎コッヘル鉗子が戻ってきたときは、鈎が破損していないかを念入りに確認してください。破損がある場合は、術野を確認してもらう必要があります。

 

特に問題が無ければ、戻ってきたコッヘル鉗子をまた使用できるように、生理食塩水を含んだガーゼなどを使って、血液などの付着物を落としておきます。

 

片付け時のポイント

洗浄方法

(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う

ここで問題があれば、必ず手術室の師長や執刀医などに連絡しましょう。

 

(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を落しておく

付着物が残ったまま、高温水での洗浄や滅菌処理をしてしまうと、付着物がコッヘル鉗子先端の溝にこびりついて取れなくなってしまい、次回使えなくなることがあります。

 

(3)感染症の患者さんに使用した後、消毒液に一定時間浸ける場合はあらかじめ付着物を落としておく

塩素系の消毒薬に浸けておく場合は、浸ける時間が長すぎると医療器械にサビが生じることがあるため、洗浄機にかける前にブラシ(ブラシ)などを使って、手洗いでサビを落としておく必要があります。

 

滅菌方法

(1)高圧蒸気滅菌を行う

滅菌処理の方法のなかで、最も有効性が高い方法ですが、滅菌完了直後は非常に高温になっているため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

※編集部注※

・当記事は、2015年10月28日に公開した時点で、コッヘル鉗子とペアン鉗子の違いに関する記載に一部誤りがありましたので、 2024年7月16日に当該部分を削除し、正しい情報に修正いたしました。訂正してお詫び申し上げます。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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