「白い巨塔」に学ぶ膵がん手術の知識|けいゆう先生の医療ドラマ解説【16】
執筆:山本健人
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医療ドラマを題材に、看護師向けに役立つ知識を紹介するこのコーナー。
今回は「白い巨塔」を取り上げます。
(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)
けいゆう先生の医療ドラマ解説
Vol.16 「白い巨塔」に学ぶ膵がん手術の知識
(写真:PIXTA)
2019年5月22日から26日まで、「白い巨塔」が5夜連続の特別番組として放送されました。
原作小説では胃がんのスペシャリストだった主人公の財前五郎は、今回のドラマ版では肝胆膵領域の若き権威、特に膵がん手術を得意とする腹腔鏡の名手として描かれます。
膵がんは、以前の記事でも解説したように予後が悪く、ステージⅣ膵がんの5年生存率は10%以下です。
皮肉なことに、財前本人も最後はステージⅣ膵がんに罹患し、亡くなってしまいます。
さて、今回の記事では、手術に焦点を当てて解説してみたいと思います。
「白い巨塔」の第1話から何度も登場した手術、膵頭十二指腸切除術(PD;pancreaticoduodenectomy)。
一体どういう手術なのでしょうか?
PDは、肝胆膵領域で比較的よく行われる手術ですので、病棟を問わず看護師が知っておくべき知識をまとめます。
膵頭十二指腸切除術(PD)はどんな手術?
今回のドラマ「白い巨塔」で、財前五郎(岡田准一)は「腹腔鏡の名手」という設定。
腹腔鏡下でPDを行うシーンが登場しました。
現時点(2019年6月)では、腹腔鏡下にPDを行う施設はまだ少なく、大半の施設では開腹でPDを行っています。
2016年のガイドラインでも、
「臨床試験以外では行わないことを推奨する」
とされています。
(※「腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術」自体は、平成 28 年度の診療報酬改定により保険収載されています)
劇中、
「一般的に膵臓がんへの腹腔鏡手術は推奨されていない」
というセリフがありましたね。
あくまで慎重に行うべき新しい技術であり、財前はその世界的なパイオニアである、という設定だったのです。
さて、PDはその名の通り、膵頭部(膵臓の頭の部分)と十二指腸を切除する手術です。
「膵臓のがんなのに、なぜ十二指腸も切除するの?」
と疑問に思った方は、患者さんから質問されても答えられるように、以下の図をご確認ください。
膵頭部は十二指腸に広く密着しており、膵臓の中心を通る膵管が十二指腸につながり、膵液が流れ出る仕組みになっています。
また、肝臓から伸びた胆管は、膵頭部の中を貫いて十二指腸に開口しています。
この複数の管が入り組んだ病変を切除するには、複雑な手術が必要なのです。
十二指腸も一緒に切除するのは当然のこと、胆管も部分的に切除しなくてはなりませんし、切除した後は、再度つなぎ合わせる(再建)必要もあります(上図)。
これだけの手術を行うには、かなりの時間を要するのが一般的です。
体格やがんの進行度などにもよりますが、開腹手術でも、短くて5、6時間、長いと10時間以上かかることもある手術です。
財前はこの手術を開腹ではなく腹腔鏡で、たった5時間45分でやってのけます。
凄まじい速さですが「ありえなくはない」という絶妙の数字ですね。
術後の観察ポイント
膵頭十二指腸切除術(PD)では複雑な再建が必要となるため、特有の合併症に注意が必要です。
看護師が知っておくべき、代表的な合併症を2つ説明しておきます。
まず1つ目は、つなぎ目(吻合部)から膵液が漏れる「膵液漏(瘻)」です。
膵液漏が起こると、術後のドレーン排液が「ワインレッド」と呼ばれるくすんだ赤色に変化し、ドレーン排液中のアミラーゼやリパーゼ値が高くなります。
術後のドレーン排液の色調や量を慎重に観察する必要があります。
2つ目は、胆管炎です。
本来、胆管と十二指腸がつながる部分には、「Oddi括約筋」という逆流防止機構があります。
ところが、膵頭十二指腸切除術(PD)では十二指腸を切除するため、逆流防止機構はなくなり、胆管は直接小腸につながることになります。
よって、腸管内の細菌が胆管へ逆流し、胆管炎を起こすリスクがある、というわけです。
胆管炎は急速に菌血症に発展しやすいため、術後の悪寒戦慄といった症状や、熱型の変化には十分に注意が必要です。
劇中でも、患者さんが悪寒戦慄を訴え、高熱が出た際に、医師らがまず胆管炎を疑うシーンがありましたね。
膵頭十二指腸切除術(PD)はどんな病気に行うのか?
「白い巨塔」では、膵がんに対するPDが描かれました。
しかしPDが行われるのは、膵がんに対してだけではありません。
上図を見ればわかるように、膵頭部の周辺にできた病変なら、いずれもPDが必要となりえます。
主に以下の3つの疾患がPDの適応になる、と覚えておくとよいでしょう。
・膵頭部がん
・遠位胆管がん(胆管の下流にできるがん)
・十二指腸乳頭部がん(十二指腸に胆管と膵管が開口する部分にできるがん)
膵臓、胆管、十二指腸、と病変のできる臓器はいずれも異なるのですが、行うべき手術はPDです。
もちろん、リンパ節郭清の範囲や必要性などの細かな違いはありますが、PDの主な適応疾患は覚えておくとよいでしょう。
おまけ:リニアステープラを用いた膵体部切除術(DP)とは?
最後に余談ですが、今回のドラマでもまたリニアステープラーが登場しましたね。
リニアステープラーについては、以前の記事でも説明した通りです。
▼リニアステープラー
ドイツでライブ手術を行った財前が、器械出しナースから長いピストルのような道具を受け取り、華麗に操る様子が映りました。
あの時行われた手術は、「膵体尾部切除術(DP;distal pancreatectomy)」です。
ここまで書いてきた、膵頭部のがんに対して行うPDではなく、膵体部、膵尾部のがんに対して行う、膵臓の左側を切除する手術ですね。
腹腔鏡下DPでは、膵臓を切離する際などにリニアステープラーを用います。
そのワンシーンをリアルに描いた、ということです。
・膵頭十二指腸切除術(PD)後に必須の観察ポイントを頭に入れておこう!
・膵頭十二指腸切除術(PD)が必要な病気は、おもに、膵頭部がん、遠位胆管がん、十二指腸乳頭部がんの3つ。
山本健人 やまもと・たけひと
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医師。専門は消化器外科。平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医、がん治療認定医 など。
「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterやInstagram、Facebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
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