あの日バナナを見られなかった私は、外国人患者をサポートする「医療コーディネーター」になった
東京医科歯科大附属病院・国際医療部の看護師、二見茜さん(36)は、外国人診療のサポートに特化した医療コーディネーター。
言葉も文化も異なる患者さんのコミュニケーションを助ける仕事は「やりがいのある楽しい仕事です」と話します。
外国人患者をサポートする医療コーディネーターって?
医療コーディネーターとして外国人患者の診療をサポートする二見さん
東京医科歯科大附属病院の国際医療部は、増え続ける外国人患者に対応するため、2018年4月に開設されたばかり。
同病院の外国人患者は、およそ月400人。
中国、ベトナム、ネパール、フィリピンなどのアジア各国を中心に、観光客や留学生、技能研修生を含む労働者など、さまざまです。
二見さんは医療コーディネーターとして、
- 医療通訳の手配や調整
- 医療費の支払いに関する相談対応や旅行保険に関する手続き
- 生活習慣や文化、宗教の違いに配慮した対応
- ビザに関する相談
- 国内外の関係機関との連携
- 外国人患者対応に関する研修会の開催
ーなど、外国人診療にかかわる全般をサポートしています。
26歳で看護大学へ「海外で人の役に立ちたい」
東京医科歯科大附属病院の国際医療部は医療連携支援センター内に置かれている
二見さんは以前、航空会社に勤務。日帰りでタイに行ってしまうほどの海外旅行好きで、アジアの国々を何度も訪れるうち、貧富の差や不十分な保健医療サービスに目が向くように――。
「海外で人の役に立つ仕事がしたい」と26歳で看護大学に入学し、看護学生時代は、長期休みを利用して語学留学や海外ボランティアに参加していました。
大学4年のとき、日本で友達になった留学生に紹介してもらってボランティアに行ったカンボジアで、二見さんは忘れられない体験をします。
言葉の通じないカンボジアで病気になって…
カンボジアのホストファミリーと二見さん(左)。右から2人目が”スーパー看護師”のお母さん =写真・二見さん提供
ホームステイ先のホストファミリーのお母さんは、州立病院の看護師長さんでした。
昼間は病院で看護師長として働き、朝夕は自宅のリビングを開放して患者を診療(カンボジアは看護師が開業できる)し、土日には貧しい村に出向いて、家族計画の指導や健康教育のボランティア活動に駆け回る"スーパー看護師"。
言葉は通じなかったけれど、そのパワフルな姿を見ていると、つらい看護実習でなくしかけていた前向きな気持ちを取り戻せるように感じました。
ところが滞在中、二見さんは食あたりに。ベッドで休んでいると、仕事から帰ったお母さんがジェスチャーで「車に乗れ」と繰り返します。
「病院に連れて行ってくれるのかな?」
しかし、車は街を過ぎて、どんどん山の方へ。
着いた先は山の中の、誰も住んでいない古い家の前。お母さんは「ここで降りろ、中に入れ」とジェスチャーします。
「感染症だと思われて、ここに一人、置いていかれちゃうのかもしれない…!」
理由は「バナナ」だった
カンボジアでのボランティア活動 =写真・二見さん提供
必死に拒否して山を降りたものの、すっかり怖くなった二見さんは、紹介してくれた日本の留学生に電話して事情を訴えました。
「それで通訳してもらってわかったんです」
あの山の古い家は、お母さんが昔、住んでいた家だったこと。
お母さんは「せっかく日本から来たのにかわいそう」と心配してくれていたこと。
あの家の庭にはバナナがいっぱいなっているから、それを見せたら笑って元気になるかなと思って連れて行ってくれたこと。
「もう号泣でした。お母さん、ごめんなさいって。
でも、あのときは言葉が通じなくて、ただただ不安で怖くて――。
この経験は、医療コーディネーターとして、外国人患者さんに寄り添う今に生きています」
「日本に来て初めて優しくされた」
外国人診療で発生しがちな未収金への対策も重要な業務
看護大を卒業後、外国人患者の多い国立国際医療研究センター病院(東京・新宿区)に入職。
病棟2年目の秋、外国人患者をサポートする専門部署が新設されることになり、二見さんに白羽の矢が立ちます。参考とするロールモデルはなく、カタカナの名前をカルテで見つけて会いに行くなど、手探りの日々でした。
初めてサポートしたのは、開発途上国出身の在留外国人。
なぜもっと早く受診しなかったのかと思うほど、皮膚の感染症が悪化していました。
二見さんが受付時から付き添い、医師とのコミュニケーションをサポート。無事に診察が終わり、一緒に会計の順番を待っていたところ、
「患者さん、ポロポロ泣いていたんです。『外国人は診られないと、いろんな病院で断られてきた。日本に来て初めて優しくされた、普通に扱ってもらえた』って」
二見さんは、こう指摘します。
「国籍や言葉などを理由に診療を拒否するのは本来、応召義務違反です。看護者の倫理綱領でも国籍、人種・民族、宗教などにかかわらず、平等に看護を提供することとされている。ですが、実際は、言葉の壁などがあって診られないと断っている医療機関があるのが現状です」
日本政府観光局(JNTO)や法務省によると、2018年に日本を訪れた外国人は約3120万人。長期に滞在する在留外国人も約230万人を超えています。
「医療コーディネーターや医療通訳がもっと育って、その存在が現場にもっと広がっていかないと」と、二見さんは話します。
語学力はマストじゃない、必要なのはコミュニケーション力
けれど、医療コーディネーターは堪能な語学力がないとできないのでは…?
二見さんは「全然そんなことないですよ」と言います。
「私の英語も、前職で必要に迫られて身につけた『根性英語』(笑)。全然、堪能じゃないです。そもそも患者さんもアジア圏出身の方が多くて、英語を話せない人がほとんどです。中国語やベトナム語、ネパール語…とすべての言語を操るなんて無理ですよね」
二見さんも「これがないと仕事にならない」という通訳サービス
東京医科歯科大病院では、タブレット端末で10言語に対応できる医療電話・ビデオ通訳サービスを利用。チャットや音声でやり取りできる機械通訳のほか、24時間対応してくれるコールセンターがビデオ通話でリアルタイムに通訳を提供してくれるので、「語学スキルはマストじゃありません」。
それよりも大切なのは、コミュニケーションスキルだと二見さんは言います。
「たとえば、アルコール摂取が禁止されているイスラム教徒の患者さんにしても、それほど厳格ではなく飲酒するという人もいれば、アルコール綿が肌に触れるのさえNGな人もいます。
『この宗教の人はこう、この国の人はこう』とマニュアルで画一的な対応はできません。『あなたの治療をするときに、どんな配慮をしたらいいですか』と、個々の患者さんと向き合った臨機応変な対応が求められます。
こういうコミュニケーションスキルが鍛えられているのが、看護師ですよね」
厳しい予後の話にニコニコ…すれ違いのリスクを回避する
二見さんは東京医科歯科大の助教として、外国人診療に対応できる人材育成にも携わる
2018年4月に国際医療部を立ち上げた東京医科歯科大病院。
二見さんたち医療コーディネーターの介入で、外国人診療に関する未収金がほぼゼロに。さらに医療ツーリズムを積極的に受け入れたことで、病院の経営にも貢献しています。
「医療者みんなが頑張って命を救い、治療し、ケアしているからこそ、その対価が無になるのは悔しい。私たちが専門の部署として対応することで、医師や看護師には、それぞれの業務に集中してもらえます」
文化や言葉の違いから起こる医療現場のすれ違いは、患者さん側にも医療者の側にもリスクが大きい。
そのリスクを回避することで、双方をサポートするのが医療コーディネーターの仕事だと言います。
「ある患者さんは、知人の方が通訳をされていたんですが、治る見込みのない病状の話をしているのにニコニコしていたり、たくさん話している様子なのに通訳では『大丈夫です』の一言になってしまったり。
こちらの医療通訳を介して話してみたら、厳しい予後のことなどが全然伝わっていなかったとわかりました。患者さんの国では『悪いことは本人に伝えない』という文化だったんです。
患者さんはとてもショックを受けていました。最終的には、残された時間をどう過ごすか話し合って、家族のいる母国に帰るという意思を尊重することができたのですが…。
患者さん、家族、医師、看護師、医療通訳、保健所、学校、職場、海外の医療機関――。多方面と連携しながら、患者さんにとって一番いい選択を支えるのが医療コーディネーターです」
多文化と出会う医療コーディネーターは「毎日がドラマ」
2020年の東京オリンピックが迫り、外国人患者の診療体制への関心も高まっていますが、「オリンピックがゴールじゃない」と二見さん。
「外国人患者さんの対応はオリンピック後も続きます。コーディネートのニーズはますます増えていくでしょう。
海外で働くことに興味のある看護師は多いと思いますし、私自身、海外に目が向いていました。けれども、日本国内で困っている外国人患者さんをサポートするのも国際看護の一つだなと思います。
いろんな背景を持つ患者さんとの出会いがあって、同僚とは『毎日がドラマだね』って話しています。医療コーディネーターに興味のある看護師さん、どんどん仲間になってほしいです」
看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko)
-記事中の表現を一部修正しました(2019/12/09)
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(参考)
訪日外客数 2018年12月および年間推計値(日本政府観光局)
平成30年6月末現在における在留外国人数について(速報値)(法務省)
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