平成30年7月豪雨での県立広島病院DMAT救護活動|西日本豪雨災害
停滞した前線と台風により、記録的な大雨となった平成30年7月豪雨。被害は14府県で死者221名、行方不明者9名となりました(消防庁情報:2018年8月21日時点)。
中でも、死者108名、行方不明者6名という、最も人的被害が多かったのが広島県。当時、どのような救護活動が行われたのでしょうか。県立広島病院DMATの方々のレポートです。
流出した土砂が道路や住宅街に流れ込む中の救護活動。
◆目次◆
7月6日14時ごろ:災害モードの宣言
7月6日17時ごろ:家屋閉じ込め事案発生に伴うDMAT出動依頼
7月6日22時30分ごろ:安芸消防署管内へのDMAT出動依頼
限られたDMAT活動
豪雨災害における安全について
医療の投入について
病院での患者対応について
豪雨の中での「現場」活動について
クラッシュ症候群などが予想される地域への派遣
平成30年7月豪雨
県立広島病院DMAT救護活動レポート
県立広島病院救急外来主任・救急看護認定看護師
小川恵美子
同院救命救急センター部長
多田昌弘
世良俊樹
当院は、広島県の基幹災害拠点病院※1であり、広島県に7カ所ある救命救急センターの一つです。
平成30年7月豪雨災害当時は、県庁に災害対策本部が設置され、その中でも活動を行いましたが、今回は、DMATとしての現場出動を含めた最前線での対応を中心に報告します。
※1 基幹災害拠点病院とは、原則として都道府県に1ヶ所設置され、地域災害拠点病院の機能や、各都道府県下全域の災害拠点病院の機能を強化するための訓練・研修機能を持ち、災害医療に関して 県の中心的な役割を果たす病院のことです。
実際の活動状況
7月6日14時ごろ:災害モードの宣言
広島市各区に避難勧告が次々と出され、広島市内南部に存在する当院は以下の対応をとりました。
・災害モードの宣言(外来診療を中止し、外部からの被災者を受け入れる体制に)
・広島市消防通信指令に上記を伝え、ドクターカー業務を新生児搬送のみに縮小
・上記を県庁の災害対策本部に伝える
・県庁の災害対策本部にEMIS※2警戒モードを進言し、広島県はEMIS上「警戒モード」に
※2 EMIS(広域災害救急医療情報システム):災害時、被災地域で効率的に救護・医療活動を行うために、病院被害情報、患者受け入れ情報、避難所の情報、病院のキャパシティー、DMATの活動状況などを入力し、医療機関と行政や関係各機関で共有するためのシステムのことです。
7月6日17時ごろ:家屋閉じ込め事案発生に伴うDMAT出動依頼
「家が崩れた」と住人から消防へ通報がありました。
住人によると、住宅の1階に土砂が流れ込み、建物が傾いている状態とのこと。住人は閉じ込められてはいるものの、消防と電話で連絡が持続的に取れていました。
消防本部から要請があり、医師1名(世良医師)、看護師2名(うち1名が小川看護師)、ロジスティクス※31名ずつがDMATとして出動しました。
※3 ロジスティクス:被災地で医療活動を展開する人員の確保や医療資器材の手配、行政機関などの関係各所との調整の全般を行うこと、またその人のことです。
DMAT出動時の様子はテレビニュースでも放映されていました。
DMATが現場の指揮本部に到着し、状況を聞いたところ、家屋がつぶれ、閉じ込められている住人には接触できない状況でした。
なお、この時点での住人の主訴は呼吸困難であり、発語はあるとのことでした。
家屋の倒壊の危険もありましたが、消防が住人の救出を試みていました。しかし、雨がさらに強くなり、土砂が路上を覆い尽くして下流へ勢いよく流れている状況でした。
本来は路上であるところが、上流からの土砂が勢いよく流れて来ていました。
DMAT到着後、約1時間弱、決死の救助が行われたものの、住人との連絡が取れなくなりました。
救急隊とともに、指揮本部で待機していたDMATは、現場の状況が悪化していること、また、ほかの現場からの要請の可能性もあることから、一度病院へ戻ることとなりました。
一度退避となったものの、退避ルートも土砂が流れ込み、危険な状態でした。
なお、この住人の救出時には連絡をもらうことになっていましたが、残念ながら、その後の連絡はありませんでした。
この時点で、一部の地域ですでに土砂流出に伴う家屋倒壊が起きている状況でした。
しかし、2014年8月豪雨により起こった土砂災害の経験から、多くの傷病者が発生することは予想されていました。
そして夜になり、別の地区で自宅が崩壊し下肢が挟まれている事案への出動の要請がありましたが、アクセスを含め安全が確認できないため出動できず(救命士に静脈路確保指示)、そして、別の地区で土砂に巻き込まれた傷病者2名の収容依頼が舞い込んできました。
7月6日22時30分ごろ:安芸消防署管内へのDMAT出動依頼
車のワイパーが間に合わないほどの豪雨により、広島市内の各地が冠水しました。 多田医師や世良医師が院内の災害対策本部の業務を手伝っていたところ、安芸消防署の救急係長から、個人携帯に電話が入りました。
救命救急センター内に設置された院内の災害対策本部(写真左が世良医師)。
内容は、「安芸消防署管内の被害が大きく、DMATに来て欲しい」とのことでした。
多田医師より、安芸消防署長に直接連絡を取り、改めて正式にDMAT要請があったことから、医師2名(多田医師と世良医師)、看護師1名(小川看護師)、ロジスティックス1名の4名で出動しました。
安芸消防署は、たくさんの消防職員の方々が、鳴り止まない救急・救助要請への対応に追われており、すべての要請に対応することはかなり難しい状況なのは明らかでした。
当初、DMATはわれわれの1隊のみでしたが、ほかのDMATも参集することが予測できたため、DMAT活動拠点本部を立ち上げる必要がありました。
これは、安芸消防署の好意により、消防の指揮所の隣に場所を作っていただくことができました。
写真奥が消防の指揮所。手前がDMAT活動拠点本部です。
当初、われわれは、DMAT活動拠点本部で情報収集に努めていました。
その後、広島赤十字原爆病院DMAT・救護班や広島大学病院DMATが参集したため、それぞれ救助現場に出動していただきました。
それぞれの現場で救出された傷病者の方々は、なんとか病院への搬送が行われましたが、現場は凄惨で被害は甚大でした。
しかし、夜間は雨の勢いも治まらず、救助現場の安全が担保できなかったため、DMATの活動も制限されたものでした。
限られたDMAT活動
今回のような、局地災害対応では、DMATなどの最大多数の医療班を派遣することが基本です。そのため、県外DMATの派遣を、広島県DMAT調整本部を通じて厚生労働省へ依頼しました。
DMAT活動拠点本部では、情報を収集し、指示や要請を出しています。
前述しましたが、夜間は雨も激しく、救助活動も困難であったことから、DMATの活動もかなり制限されていました。
それが、夜明けに伴い徐々に災害の全貌が明らかになり、たくさんの捜索されていない、なおかつ救助が必要な現場が判明しました。
あらためて県外DMATの派遣を広島県DMAT調整本部へ依頼しました。
しかし、十分な医療ニーズの把握ができていないため、県外DMATの派遣は見送りとなり、県内の限られたDMATでの対応を強いられることとなりました。
夜が明けて広島市民病院DMATが参集し、安芸消防署管内では、4つのDMAT隊で活動を続けました。
結果的に、県内のほかのDMAT派遣の予定も立たず、思うような活動ができませんでした
今回の救護活動の特徴
豪雨災害における安全について
地震による災害と違い、豪雨災害時の救助活動は、豪雨の中で行われることも多いです。
これは、「1時間前は安全であった場所が1時間後には安全でなくなる」可能性があるということです。
災害現場で救護活動を行う場合、医療者は原則として、消防により、現場が安全であることが確認された場所で活動を行うこととなっています。しかし、どこまで安全かは消防でさえ十分な判断ができない場合があります。
雨量はある程度予測可能ですが、土砂崩れは予測不可能な場合が多いのです。
医療の投入について
豪雨災害では、川や用水路などで流されてしまい、溺水により心肺停止となった場合は救命困難と思われます。
しかし、豪雨による土砂流出により家屋が倒壊し、傷病者が挟まれている場合は、DMATの関与が有効だと考えられます。
ただし、アクセスが途絶え、その地域を支える病院から出動した、数限りあるDMATがどの地区に集まり、どの事案にどのタイミングで出動するか、非常に重要かつ冷静な判断が求められます。
今回の場合、安芸消防署管内で最終的には4つのDMAT隊での対応となったため、すべての要請に答えることはできず、限られた活動となりました。
病院での患者対応について
今回、当院での患者さんの受け入れに関しては、7月6日深夜は救急車を利用して、7日未明から救助が再開された日中は、救急車およびドクターヘリを使用しての患者搬送がされました。
また、ライフラインが途絶え、地域の医療機関が機能不全に陥ったことにより、診療や治療を受けられなくなった広島県内遠方からの患者さんの広島市内への搬送が増加しました。
7月8日以降は、救助された傷病者が生存した状態で搬送されるのは難しく、復旧のための重機からの転落や陥没した道路に転落した外傷患者、熱中症となってしまった警察官など、災害復旧に関連した患者さんが増加しました。
豪雨の中での「現場」活動について
豪雨の中での活動は、初夏の時期にも関わらず、傷病者や救助者はもちろん、DMAT隊員も少なからず低体温になるような寒さでした。
さらに、豪雨の中では、資機材を外に持ち出すだけでもびしょ濡れになります(現場直近に必ずしもDMAT カーや救急車を横付けできるわけではないため)。また、土砂に直接、資機材を置くこともあるため、DMATの資機材を覆えるほどの大きなビニール袋も備えておく必要があると思われます。
また、シャワーのような大雨の中では、携帯電話や無線の使用も声が聞き取りにくかったり(あまりにも聞き取りにくかったため、実際に、一方からの送信のみ行った場合もあり)、活動の記録もできなかったりしたため、これについても、今後対策が必要であると思われました。
今回の現場活動においては、院内の災害対策本部の指示によるDMATの撤退とはいえ、そばで見守る家族への対応(撤退時になんと声をかければ良いのかなど)、そして現場で活動継続している救助・救急隊からのDMATへの期待とそれに応えられずやむなく撤退するという心の葛藤も生じました。
クラッシュ症候群などが予想される地域への派遣
前回の土砂災害の経験を踏まえ、クラッシュ症候群に備えて多くのメイロン®点滴、GI療法を行うために、高濃度ブドウ糖液とインスリンを持参しました。
安芸消防署での活動時に、それらの薬剤が不足している隊に支給し、使用してもらうことができ、前回の経験が生かされた形となりました。
覚えておいてほしい豪雨災害時の救護活動
最後に、今回の活動で、われわれが実践して役立ったものを挙げます。ぜひ、共有していただければと思います。
■個人で準備しておきたいもの
・DMATのバッグとは別に、小回りの効くバッグ(ポシェットなど)の準備
→すぐに必要となる器具(気管挿管セットや胸腔ドレーンセット、止血のためのターニケットなど)をすぐに取り出すため
・日用品(衣類、靴含め)を自分が活動する拠点に準備
→救護活動で濡れて、院内の災害対策本部やDMAT活動拠点本部などに戻っても、再度活動ができるため
■施設・地域として備えておきたいもの
・普段から、地域の消防・病院と顔の見える関係を築いておく
→有益かつ効率的な情報収集と準備・対応に有用
・災害の規模、種類、時期、被災地域の特徴など毎回異なることを覚えておく
→個々の経験を共有し、想像し、備えておくことが重要
・災害時に職員の疲弊を最小限にしながら機能的に動き、病院としての災害対応ができるよう、あらゆる想定をしながら訓練をしておく
→応援が来ないかもしれない、応援が来た場合の受援のあり方、自身の病院が被災した場合に、被害を最小限に食い止める方法も備えておく
2014年8月豪雨時の広島市での災害は、今回と同様、土砂災害でした。しかし、前回は発災が深夜であったものの、現場は今回と比べて狭い範囲でした。
そのため、DMATは夜明けを待って朝からの活動となりました。さらに、日中の天気は晴れであったため、救助活動は進み、支援も早かったのです。
しかし、今回は、発災規模は大きく、豪雨が長時間に渡ったこともあり、天候の違いによって、これほどまで対応が難しくなるのかと思い知らされました。
過去の災害の経験と知識の蓄積、なおかつそれを応用する力が必要だと再認識しました。
この記事が少しでも、今後、災害対応を行う方々の参考になれば幸いです。
編集/林 美紀(看護roo!編集部)
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