軽症うつ病では「休息=休職」ではない|インタビュー◎日本うつ病学会治療ガイドライン改訂のポイント
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インタビュー◎日本うつ病学会治療ガイドライン改訂のポイント
軽症うつ病では「休息=休職」ではない
日本うつ病学会は、今年7月、日本うつ病学会治療ガイドラインの2016年版を公開した。改訂版では、今回初めて、軽症例における休養の在り方や睡眠障害への対処法、児童思春期のうつ病についての記載が加わった。ガイドライン改訂のポイントを、うつ病学会理事長で名古屋大学医学部附属病院精神科・親と子どもの心療科主任教授の尾崎紀夫氏に聞いた。
(小板橋律子=日経メディカル)
「うつ病患者に一律の“金太郎飴的”な治療をしてはいけない」と語る名古屋大学の尾崎紀夫氏。
――このほど改訂された「日本うつ病学会治療ガイドラインII.うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害2016」では、うつ病における休職の可否が初めて記載されました。
尾崎 中等度以上のうつ病患者では、業務を遂行することが極めて困難であり、休務は必要です。一方、軽症例では、休職の結果、他者との接点が減り社会活動が落ちる、復職時の抵抗感が生じるなどのリスクがあり得ると報告されています。ここで注意すべきは、休職が一律にプラスであるとかマイナスであるということではなく、休職にはリスクとベネフィットの両面があり得る点に留意すべきという点です。このことをよく理解し、患者自身が置かれている状況を個別に判断して、休職させるか否かを判断すべきと考えます。
一般に、うつ病は同一の診断であっても、重症度や併存疾患の有無、さらには各患者の心理社会的な背景を理解し、個別性を持った対応が必須であり、どの患者にも同じ“金太郎飴的”な診療は推奨されません。このことは、2012年に発行したガイドラインの初版から強調していますが、休職に関しても、各患者に即した対応を考えていただきたいというのが、今回の主眼になります。
軽症うつ病の章において、「不適切な休養や休息は、患者の自己回復力を阻害し、病状の遅延や慢性化につながる可能性がある。(中略)漫然と休養のみを指示することは望ましくない」と記載しました。
――会社では元気が出ないが、プライベートは楽しめるタイプのうつ病が話題になっていますが、そのような患者では、特に休職の有無は慎重に考えるべきなのでしょうか。
尾崎 まず、うつ病の診断基準に立ち返る必要があります。うつ病は、抑うつや興味、喜びの喪失が2週間以上毎日継続している場合を指します。週末は元気になるという場合、そもそもこの診断基準を満たしていない可能性があります。このような患者では、診断を見直すことも必要でしょう。
一方、「私が休んだら会社に迷惑を掛けてしまうので、休めない」と言う患者は、仕事上のストレスを一人で抱え込み、優先順位が付かなくなっている可能性が高いので、優先順位を明確にする上で休職を考慮すべきと考えます。
――うつ病患者の約85%が不眠症状を認めるということで、今回の改訂版では、睡眠障害に関する章が追加されました。
尾崎 不眠を訴える全ての患者に対する基本的な対応として、必ず行ってほしいのが睡眠衛生指導です。ガイドラインにも記載していますが、厚生労働省が2014年に発表した「健康づくりのための睡眠指針2014」に基づく心理教育を行ってください。
この指針は、うつ病患者に限った指針ではありませんが、うつ病患者にも当てはまる、基本的で大切な対応と考えています。この睡眠衛生指導をベースに治療を行い、その上で薬物療法を追加するか否かを個別に判断し、薬物療法を開始した後も睡眠衛生指導を継続します。
また、睡眠障害の対応において目標値の設定も重要です。すなわち「年齢相応の眠りで、昼間の活動に支障を生じないこと」を、睡眠確保の目標と設定すべきです。本人が欲するだけ眠るのが目標ではありません。睡眠は昼間の脳と身体の疲れを回復するためのものであり、昼間の活動性が低下すれば、睡眠の質も下がります。また24時間のリズムを作る上で、昼間の光や食事のタイミング、他者との交流も重要ですので、昼間の活動性を上げるよう指導してほしいです。
眠れないからとアルコールに頼る患者がいますが、これは不適切です。アルコールで無理矢理眠ろうとすると、浅い睡眠になる、睡眠時無呼吸症候群が生じるなど、睡眠の質の悪化につながります。我々は、勤労者を対象とした疫学研究の結果、頻回飲酒がうつ病のリスク因子となることを見出し、報告しています(Ogasawara K, et al. J Affect Disord.2011;128: 33-40.)。
うつ病学会のウェブサイト上に、「睡眠・覚醒リズム表(PDF)」を載せています。これは就床と離床の時間や眠りの状態などを患者自身に記載してもらうものです。主観的なものではありますが、患者の睡眠・覚醒リズムを理解する上で役立ちます。ダウンロードしてぜひ使ってください。本人だけでなく、家族にも記載してもらうと主観と客観を比較する上で参考になります。
――改訂版のガイドラインには、うつ病の不眠治療アルゴリズム(図1)も提示されています。これは、抗うつ薬の使い分けを示したものですが、このアルゴリズムの位置付けを教えてください。
図1 うつ病の不眠治療アルゴリズム(Jindal and Thase, 2004を基に作成)
尾崎 これはあくまで一例です。繰り返しになりますが、うつ病診療は個別性が高く、患者ごとの心理社会的環境をよく理解した上で進める必要があります。このアルゴリズムは決して金太郎飴的な診療を推奨するものではありません。これに沿って行わなければいけないというものではなく、このようなやり方もあるという例示と理解してもらうのが一番です。
――児童思春期うつ病に関する章も今回新たに加わりました。
尾崎 12歳以降は、うつ病の発症率が成人と大差ないことが明らかになっています。児童思春期のうつ病患者では、精神病症状を伴うことが多い、自殺念慮を有する率が高いなど、一見、専門的な診療が必要と受け止める医師がいるかもしれません。また、小児では、感情をうまく言葉に表せないことがあったり、家庭や学校での対人関係への配慮の必要性がより大きい、抗うつ薬により自殺関連行動が生じる可能性が高いなど、成人とは異なる注意点もあります。
しかし、児童思春期でも、個別性を持った対応という基本は成人患者と同じです。患者個々の心理社会的背景を把握し、心理教育や精神療法を実施し、薬物療法はあくまでそれらで十分な効果が得られなかった場合に追加を考慮する――というスキームで対応することが重要です。
成人でも児童思春期でも、うつ病は患者自身の置かれている状況を個別に判断して、個々の患者に適した対応が必要であるという、大前提を理解して診療に当たってください。
<掲載元>
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