手首付近はキケン? 静脈注射で6100万円の支払い命令|ナース必読ニュース!
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手首付近はキケン? 静脈注射で6100万円の支払い命令
「手首付近の穿刺は慎重に」と指導されたことはありませんか?
前腕の静脈注射について、看護師が注意すべきことを解説します。
【事件の概要】
看護師が、手術前の患者に点滴ルートを確保する際、「手の甲は避けてほしい」と言われ、左手首から4~5cmの部位で「橈側皮静脈」を穿刺しました。
穿刺の瞬間、患者はこれまでにない鋭い痛みを感じ、「痛い」と声を上げました。
しかし、看護師が確認したところ、しびれはありませんでした。
そのまま針を1~2mm進めて留置したところ、点滴が落ちず、看護師は穿刺部周囲を叩くなどしました。
穿刺部位には血液漏出が見られ、3㎜程度の内出血の瘤ができました。
このため、看護師はこの部位のルートは抜去して右腕でルートを確保しました。
手術後、患者は左肩から左手指先にかけて完全に麻痺、CPRS(複合性局所疼痛症候群)と診断されました。
その後、患者が訴えを起こし、2016年3月24日に、静岡地裁が病院側に6,100万円の支払いを命じました。
◆目次
裁判所が示した3つのルール
手首に近い位置の「橈側皮静脈」への穿刺では、過去に神経障害が起こったケースがあります。
図の点線で示した領域は、神経分岐の個人差が大きく、どの部分の穿刺が安全なのか予想がつきにくい部位です。
そのため、(この部分の穿刺は)「通常行わない」という院内ルールを設けている病院もあり、「橈側皮静脈を選択する場合は、手首に近い穿刺を避けるべき」とするガイドラインもあります。
とはいえ、「明確な医学的根拠により必ず避けなければならない」というレベルではありません。
反対に、「橈側皮静脈」は、いわゆる「良い血管」が多く、固定もしやすいことなどから、ルート確保の第1選択として推奨する文献もあります。
このように、「医学的知見が確立していない」状況ですが、裁判所は複数の文献から、
「手首からひじ側12cm以内」かどうか
を本件の判断の基準としました(図)。
裁判所が今回示したルールは、以下の3つです。
◆「手首からひじ側12㎝以内の穿刺」は
【1】それ自体は過失ではない
しかし、
【2】十分な技量を有する者が行うべき
【3】十分な注意を払って行うべき
本件では、「3」の「十分な注意を払って行うべき」が満たされていなかったとして、過失であると判断されました。
裁判所が示したルールを1つずつ解説していきます。
【1】「手首からひじ側12㎝以内の穿刺」自体は過失ではない
判決を要約すると、
事件当時、手首からひじ側12cm以内の穿刺は避けた方がいいという考え方が主流だったものの、
その部位への穿刺が禁じられるとか、
穿刺を避ける義務があるとはいえない。
として、穿刺それ自体に過失はないとしました。
そもそも、手首から12㎝というと、前腕の半分くらいが該当します。
しかも、以下のように、現実的にその部位への穿刺をした方がいい場合もあります。
・ルート確保に向く血管が見つけにくい場合
・手の甲への穿刺を拒否する患者の場合
・皮下に漏れ出すとリスクのある薬剤を点滴する際、適切な血管が同部位にある場合
「穿刺自体が過失ではない」との判断が出たことは、現場にとって安心できるものですが、ほかの血管を優先的に探す必要はありそうです。
【2】「十分な技量」とは?
2つ目に、手首から12㎝以内の穿刺は「十分な技量を有する者が、十分な注意を払って行わらなければならない」と述べています。
「十分な技量」が何を指すかは明示されませんでしたが、少なくとも、本件で穿刺した看護師(約20年の経験)については「十分な技量を有する」としており、「認定看護師のような有資格者である必要は必ずしもない」としています。
私見ですが、ルート確保はそれほど難しい手技ではありませんので、1年目の新人であっても一定の教育・研修を受ければ「十分な技量」に達するのではないでしょうか。
【3】「十分な注意」とは?
本件では、「十分な注意を払っていなかった」と判断されました。
(具体的には、「深く穿刺しないようにする義務に違反した」と判断されました)
その根拠は、以下の事実です。
・穿刺時に強い痛みがあり、患者が声を上げた。
・それにもかかわらず、そのままさらに1~2㎜針を進めた。
この過失が、患者の「CPRS(複合性局所疼痛症候群)」と因果関係があるとして、約6,100万円の損害賠償が命じられました。
高額だと感じるかもしれませんが、今回の患者は30歳代であり、手の運動障害などの後遺障害が残ると、このような金額の賠償になることも珍しくありません(因果関係も問題となりますが)。
看護師は何を注意したらいいの?
ここまでの内容をまとめると、「手首からひじ側12㎝以内」の「橈側皮静脈への穿刺」であっても、「一定の教育・研修を受けた者」が「十分な注意を払えば」過失とはならないということになります。
では、看護師として何を注意したらいいのでしょうか?
判決文には「十分な注意」の詳細も明示されていませんが、少なくとも「何度も穿刺したり、深く穿刺したりしないようにする義務」はあると例示されています。
これらの内容から、看護師が注意すべきことを以下にまとめました。
◆判決で、看護師がおさえておきたいこと
「手首からひじ側12㎝以内」「橈側皮静脈への穿刺」は
1.穿刺時に強い痛み・しびれ・放散痛があればすぐ抜去する
2.何度も穿刺しない、あまり探らない
3.穿刺時にトラブルがあった場合には看護記録を残す
看護記録をつけるときには、このような内容に留意しましょう。
○痛み、放散痛、しびれなどの有無・程度
「痛みの訴えあるも自制内」「放散痛・しびれなし」など
○症状への対応
「訴えありすぐに抜去」など
○対応による改善の有無・程度
「痛みの訴えは抜去で直ちに改善」など
また、前提として、穿刺部位をどこにするかも検討する必要がありそうです。
判決は、ほかの患者さんにも当てはまるの?
裁判所の判決は、「特定の事件について原告の請求が認められるかどうか」だけを判断するものです。
そのため、事実関係が少し違えば、裁判所の判断は変わりえます。
たとえば、痛みを訴えた際にすぐに抜針していれば、もしくは穿刺時の痛みがそれほど強いものでなければ、判断は変わっていたかもしれません。
また、同じ手首からひじ側12㎝以内の前腕部でも、ほかの静脈なら判断は異なるでしょう。
今回は「手首から12㎝以内の橈側皮静脈では、十分に技量のある者が、十分に注意を払って行う義務がある」というルールが示されています。
しかし、「十分に技量のある者」とは何か?「何回穿刺ならいいのか?」「深くとはどのくらいなのか?」は裁判所は詳細を述べませんでした。
私は、判決文から導かれるルールは、
「手首から近い部分での橈側皮静脈への穿刺では、穿刺時に強い痛みがあったら針を進めずに抜去しましょう」
という常識的な内容にすぎないと考えています。
ナースとして、静脈注射はよく行う手技だと思います。
今回示されたルールと、判決が判断していない「グレーゾーン」が広いことを正しく理解していただくと、看護師さんの日常業務にも役立つと思います。
(なお、本件はすでに控訴されており、裁判所判断が変わる可能性もあります。控訴審で判決が出れば追加で解説します)
(参考)
※報道内容が断片的であったため、筆者が記録閲覧で直接判決文を確認しました。
「注射ミスで後遺症 日赤に6100万円賠償命令 静岡地裁判決」(毎日新聞)
「日赤に6, 00万円賠償命令 赤十字病院注射でまひ 静岡地裁判決」(中日メディカルサイト)
山崎祥光(やまざき・よしみつ)
弁護士・医師(弁護士法人 御堂筋法律事務所 大阪事務所)
医療者・病院側に立っての弁護士活動を行っており、医療紛争や医療訴訟を中心に、監査対応、警察対応や日常の法律相談なども行っている。
共著に『「医療事故調査制度」早わかりハンドブック』(日本医療企画)。委員として『医療事故調運用ガイドライン』(へるす出版)編集。
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