患者さんにヒヤリハットを見られたときの正解は?|やりがちダメ対応【2】
この連載では、ありがちだけど実は「それダメ!」な対応と、適切なコミュニケーションについて伝授します。
やりがちダメ対応【2】
患者さんにヒヤリハットを見られたときの正解は?
ヒヤリハットのとき、とっさに口から「すみません!」が出ちゃうことってありますよね。
それが、意外と大きなトラブルに発展することもあるんです。
◆登場人物
瀧本先生。臨床でのコミュニケーションの専門家。何をやっているかよくわからないけれど、ちょっと難しいことを色々知っている人。あゆみさんの疑問にスマートに答えてくれる。
あゆみさん。看護師 3年目。マジメで、ちょっとしたことでも疑問に思う性格。でも、誰も答えてくれなくてモヤモヤしがち。そういうときは、瀧本先生の部屋に相談に行くことにしている。
【目次】
あゆみさんが困った場面と今回のダメ対応
コンコン(ノック)
どうぞ~
先生、ちょっと聞きたいことがあって。
おぉ、あゆみさんか…、どうしたの?
相談してもいいですか?
昨日、こんなことがあったんです。
◆患者さんのルート確保のときに…
消毒用のアルコール綿を持ってベッドサイドに向かったのですが、その患者さんはアルコール禁忌だったんです。
師長が気づいて、小声で教えてくれたんですが、私が慌ててしまって…。
慌てた様子を見た患者さんが、「どうしたんですか?何かあったんですか?」と不安そうでした。
それでとっさに「すみません!」と謝ったんです。
そのあと、師長に呼び出されて「軽はずみに謝っちゃダメよ!」と怒られました。
おぉ…。それは危なかったね。師長が気づいてくれてよかった。
はい。私の確認ミスが原因なので、それは猛省しています。
ただ、なんで「謝るのがダメ」だったのかわからなくて、モヤモヤしてるんです。
そうか…。
とっさに「すみません!」と言ってしまうことはよくあるだろうね。
ただ、一歩間違えると、トラブルに発展することがあるから、注意が必要なんだ。
では、今回の対応として、適切なのはどちらだと思う?
1.謝らないでその場から去る
(返答例)「…(何も言わない)」
2.とっさに謝る
(返答例)「すみません!」
うーん…。師長に指摘されたから、「2」はダメなんですよね?
謝らないでそのまま立ち去ったほうが良かったんでしょうか…。
ヒヤリハットとはいえ、ミスがあったのだから「謝る」のは基本的な対応だよ。
えっ…!謝るのも、謝らないのもダメなら、どうしたらいいんですか?
謝ったこと自体がNGではないんだよ。
師長が怒った理由と謝罪のポイント
じゃあ師長が怒った理由って何なんですか?
師長の言葉をもう一度思い出してみて。
「謝っちゃダメよ!」です。
ほんとうにそうだった?
あっ、そうだ!「軽はずみに謝っちゃダメよ!」です。
そう!「軽はずみに」がNGなんだ。
どうやって謝ったらよかったのか、謝罪のポイントを挙げるよ。
【謝罪のポイント】
1.できるだけ速やかに謝る
2.何に対しての謝罪か明らかにしたうえで謝る
3.可能であれば、具体的な改善策を伝える
今回のあゆみさんは、「できるだけ速やかに謝る」ことはできていました。
しかし、謝罪の対象が明確でなく、具体的な対応策も示されていませんでした。
そのため、師長はあゆみさんの様子を「軽はずみな謝罪」と表現して、指導をしたのです。
そうなんですね…。「軽はずみな謝罪」か…。
確かに軽はずみだったかもしれないですけど、今回のミスでは患者さんに実害はなかったので、大げさにしたくない気持ちもあったんです。
でも、患者さんの様子はどうだった?
ええと…、
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」と不安そうでした。
そうだよね。患者さんを不安にさせたことに対して、謝る必要があるんだ。
模範的な回答例は以下のようになるよ。
【模範的な返答例】
「驚かせてしまってすみませんでした。
今後、このようなことがないように気をつけます」
そうか…。ただ単に「すみません」と言うのではなくて、不安にさせてしまったことに対して、謝罪するのですね。
そう。
それから、おさえておきたいのは「患者さんに不信感を与えた結果トラブルに発展する可能性」なんだ。
えっ、トラブルって…?
とっさの「すみません!」がトラブルに発展する可能性
今回、あゆみさんは「速やかな謝罪」をしましたが、「大げさにしたくない」という気持ちが合わさって、一言(すみません!)で伝えました。
とっさに「すみません!」と口から出てしまうことはよくあるでしょうし、すべての場面でNGというわけではありません。
しかし、「すみません!」だけでは患者さんの不安をケアできず、その結果、不信感からトラブルが起こる可能性があるのです。
図を用いて説明しますね。
1.とっさのすみません!が「不信感」につながるワケ
まず、ヒヤリハットを見た患者さんは、「何が起こったんだろう?」と不安になります。
それに対して「すみません!」と謝っただけでは、何が起こったのか伝わりません。
加えて、「謝るということはミス?」と思ったり、「説明してくれないなんて、重大なミスだったのかな?」と不安がどんどん大きくなることもあります。
その不安から、「ミスするなんて信用できない」「ミスだったのに説明がない」、さらには「重大なミスを隠そうとしている」などの不信感につながる可能性があるのです。
2.不信感が「トラブル」につながるワケ
普段はあまり意識しないかもしれませんが、医療者への信頼感は、患者さんが適切で効果的な治療を受けるために、重要な要素です。
もし、医療者への信頼感を失ってしまうと、「必要な治療や投薬を拒否する」「不要な転院を繰り返す」など、患者さんにとって不利益な行動をとってしまう可能性があります。
このような行動は、医療者にとっては「トラブル」として不利益になります。
患者さんが医療者に対して、不信感を抱いた結果、定時薬が正しいのか何度も確認されたり、点滴バッグを「ほんとうに間違ってない?」といちいち聞かたりすれば、看護師にとって負担になります。
さらに、患者さんによっては、「(ミスしたんだから)入院費を下げて」や「売店でお菓子を買ってきて」など、本来の看護業務を大きく逸脱した不当で過剰な要求をしてくる可能性もあります。
もしそうなったとしても、ことの発端が看護師のミスだけに、「断れない」自体も発生するかもしれません。
そうなると、解決するのが難しいトラブルに発展していきます。
◆不信感によって起こる可能性のあるトラブル
(患者さんにとって不利益となる例)
・必要な治療や投薬を拒否する
・不要な転院を繰り返す
(医療者にとって不利益となる例)
・患者からの執拗な確認
・入院費の値引きなど不当な要求を受ける
・売店でお茶を買ってきてなど看護業務を逸脱した要求を受ける
普段全然意識してませんでしたけど、基本的には私たちを信頼してくれているから、患者さんは治療を受けることができるんですね。
不信感ってこわい…と思いました。
そう。患者さんと医療者両方の不利益になるからね。
そうなんですね…。でも、「すみません!」の一言で、こんなトラブルに発展するなんて、なんだかオーバーな気も…。
うん。あくまで可能性の話だから、全部が全部トラブルになるわけじゃないよ。
看護師としておさえておくべきことは、「事実」に「感情」が上乗せされた状態がトラブル、ということなんだ。
ん?
「事実に感情が上乗せ」って何ですか?
「事実」+「感情」=トラブル
ここまでの話を整理してみましょう。
今回説明したトラブルは、「事実」に「感情」が上乗せされた結果、起こる可能性がある事柄です。
「アルコール綿を持っていこうとした」というヒヤリハットに気づくと、患者さんは「何が起きたのだろう?」という不安を抱きます。
この「不安」という感情に適切に対応できないと、より大きな感情に発展することがあります。
トラブルとして挙げた状況では、「アルコール綿を持って行こうとした」という事実に、「あの看護師信用できない」「こんな病院には入院していたくない」という大きな感情(不信感)が上乗せされています。
このように、「ミス」という事実に、感情が上乗せされていき、トラブルに発展しないように、早い段階で感情に対処することが必要です。
もう一度、ポイントを見てみましょう。
これらはどれも、感情が上乗せされていかないための配慮です。
【ポイント】
1)できるだけ速やかに謝る
→ミスの発生から時間を置かないことで、誠意を伝え、憶測による感情の上乗せを防ぐ。
(例:「あのとき何が起こったんだろう…、重大なミスだったのかな…」などの不安が募るのを防ぐ)
2)何に対しての謝罪か明らかにしたうえで謝る
3)可能であれば、具体的な改善策を伝える
→再発防止を伝えることで、感情の上乗せを防ぐ
(例:「次、また起こるんじゃないだろうか…」などの不安が募るのを防ぐ)
そうか…。速やかに謝ったことは、間違いじゃなかったんですね。
うん。患者さんが不安にならないような謝り方を意識してみてください。
まとめ
今回あゆみさんは、患者さんに対して、「すみません!」ととっさに謝ってしまいました。
自分のミスに自分で驚くこともあるでしょうし、大げさにしたくなかった、という心情もわかります。
それに、とっさの「すみません!」がいつもNGというわけではありません。
しかし、何に対して謝っているのか明確でない謝罪は、本来の意味での謝罪とはいえません。
本来、謝罪は人間関係改善のためになされるものです。
「ヒヤリハット」とはいえミスは起こっているので、ミスによって崩れかけた人間関係をいかに修復するか、を念頭に置く必要があります。
その場の空気が気まずいからといってなんとなく謝るのではなく、3つのポイントをおさえられるように、実践してみてください。
瀧本禎之(たきもと・よしゆき)
1997年神戸大学医学部卒業、2004年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
東京大学医学部附属病院心療内科 助教・特任講師を経て、2013年より東京大学大学院医学系研究科医療倫理学 准教授、同大附属病院 患者相談・臨床倫理センター センター長。
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