音楽療法士・佐藤由美子さんインタビュー
「音楽療法士」という職業をご存知でしょうか。
日本でもさまざまな場所で「音楽療法」という言葉を聞くことはありますが、実際に利用している人や、どんなことを行うか理解している人はまだ少ないようです。
音楽療法をアメリカで学び、10年以上ホスピスで音楽療法士として活躍してきた佐藤由美子さんにお話を伺いました。
音楽療法士とは
音楽療法は臨床的、かつエビデンスに基づいた音楽の使用法で、音楽を利用して対象者個人の心身の健康向上・回復を図ります。
アメリカにはMT-BCという音楽療法士の認定資格があり、取得するには米国音楽療法学会の承認を受けた大学でカリキュラムを修了する必要があります。カリキュラムには音楽理論や音楽史、ピアノやギターといった実技に加え、心理学や解剖学などの履修も必要です。そのうえ、大学外で6カ月間のインターンシップにも参加しなくてはなりません。
音楽療法は人生のすべての過程で利用できるもの。健康であっても受けられます。そのため、取り入れられている場所も、病院、学校、高齢者施設、刑務所など実に広範囲です。
「クライアントのことをよく知らないと音楽療法はできないので、音楽療法士は専門分野を持っていることが多いです。私の場合はメディカルで、ホスピス緩和ケアですね」
佐藤さんは25歳のときにMT-BCを取得し、ホスピス緩和ケア専門の音楽療法士として働き始めました。音楽療法では歌を歌うほかに、ピアノやギター、アイリッシュハープ、ウクレレ、ネイティブアメリカンフルートなどを利用しているそうです。
「大工さんと一緒なんです。使える道具が多いほうができることが多くなる。米国認定音楽療法士になるためにはピアノとギターと歌ができることが条件ですが、音楽療法士や専門によって利用する楽器はさまざまです」
音楽療法の流れと意味
患者の状態を評価し、何が必要なのかを見極める。プランを立て、行う。音楽療法にも流れはありますが、内容はクライアントの痛みやストレス、家族関係、音楽の好みや反応などによって変化します。そのため「具体的なマニュアルは作れない」と佐藤さん。
佐藤さんは、現在は日本で講演活動も行っていますが、その講演を聴いて、書籍を読んで、連絡をくれるのは医師が多いそうです。
「医療には限界があると知っているからこそ、いろいろと模索しているんでしょうね。体の痛みを薬で緩和しても限度があります。精神的なストレスや不安が体に影響があることは知られていますし、薬と音楽療法を組み合わせて、ホリスティックにアプローチできることに興味を持ってくれるようです」
適切なケアのためには自分と向き合うことが大切
ホスピスというと、ターミナルケアを行う有床施設を思い浮かべがちですが、本来のホスピスとはターミナルケアそのものを指し、在宅や通所の場合も含みます。
日本ではがんとエイズの患者に限定されていますが、アメリカでは余命6カ月と診断された人ならどんな病気の人でもホスピスケアを受けられ、亡くなる人全体の約45%がホスピスケアを受けるそうです。アメリカ全土に5300ほどの施設があり、患者だけでなく、患者の死後は遺族のケアも行います。
“亡くなる人”を相手とする仕事は精神的に影響を受けることも多いはず。佐藤さんはどのようにホスピスで音楽療法士という仕事に取り組んでこられたのでしょうか。
「患者さんが亡くなるのはやはり辛く『もう仕事に行けないかも』と思ったこともあります。基本的に、当たり前のことに気をつけていました。運動・食事・睡眠というような。毎日日記をつけていて、思い出すこと、書くことが自分自身や患者さんの気持ちに気付くきっかけになっていたのかもしれません。適切なケアをするために、冷静に客観的に自分に起きていることに向き合うことが大切なんです」
アメリカでもホスピスで10年以上働くというのはめずらしいことです。医療者に限らず、ソーシャルワーカーや聖職者など、ホスピスに勤務する人は3年前後で燃え尽きてしまうことが多いとか。
続けてこられたのは「環境がよかったから」と佐藤さんは語ります。スタッフがお互いを支え合い、入所した患者が気分良く過ごせるよう心を配っていました。
「スタッフが元気でないと、患者さんのケアはできませんよね。だから、患者さんと直接関わるスタッフのケアはすごく重要です。ホスピスはもちろん病院は日常とは違う場所で、その“非日常”を家に持ち帰ってしまうといろいろと問題が起こるんですよね」
ホスピスのスタッフは「大変なんだろうな」という想像はされても、同じ経験をしている人にしか理解してもらえない。佐藤さんは患者だけでなく、スタッフに対して音楽療法を行うこともあったそう。スタッフが支え合う環境や、セルフケアの方法を見つけておくことが重要なのだと佐藤さんは言います。
「生」を考えるための音楽療法「回想法」
ホスピスでは、痛みの緩和や不安・ストレスの軽減などのほかに「回想法」として音楽療法を利用することがあります。患者の思い出の曲、昔流行した歌などを聴いてそれにまつわる出来事を思い出し、内省することで精神が安定したり自己肯定感が増したりする方法です。
死を目前にした患者が自分の人生を理解するために、これまでの人生を振り返るのは自然で必要なことです。そして、患者が自分の人生の意味を理解することで死への恐怖が軽減できるとも言われています。
ホスピスは死ぬための場所ではなく、これまでの人生を振り返り、残された時間をどう使うかを考える場所。「生きる」ということを強く意識する場所。患者にとってだけでなく、ホスピスは佐藤さんにとっても「生」を考えさせられる場所でした。
死を意識することで生を考える
そのきっかけは、一人の患者さんだったといいます。
佐藤さんが26歳のとき、同い年の男性がホスピスに入所しました。若いせいもあってか病気の進行は早く、骨肉腫と診断されたのはつい1カ月なのに、もう知人が見てもわからないくらいに病み衰えていました。
「すごくいい人だったんです。赤ちゃんが生まれたばかりで、本当なら明るい未来が開けていたはずで。けれど、いい人だから死なないわけじゃない。すごく不公平に感じるけど、これが人生なんだな、と思ったんです。彼に起こるなら、私に起こらないはずがない」
若い佐藤さんにとって、「死」はいずれ訪れるものだとしても、それは遠い未来の話。身近であることを改めて感じたのは、彼の死によってでした。30年後かもしれない、1カ月後かもしれない、もしかしたら明日なのかもしれない。
「常に死を意識させられるから、そういうことがダメな人はホスピスで働くのは辛いかもしれません。ただ、死を意識したことで私は『これからどうやって生きるか、どう時間を使うか』ということに焦点を当てられるようになったんです。だから、とてもショックでしたけど、彼との出会いに感謝しています」
医療には限界があるからこそ音楽療法
日本に帰国してからの佐藤さんは、執筆活動や講演活動などを精力的にこなしています。
「音楽療法の有用性をもっと知ってもらいたいんです。必ずしも効果が目に見えるものではないので説明は難しいですけどね。みんなで歌うことや音楽を聴くレクリエーションが音楽療法ではないし、この症状のときにこの曲、というような決まりもないので」
音楽療法が日本でも受け入れられるようになってほしいと思う反面、佐藤さんは「音楽療法を受けない自由もある」と言います。実際に、佐藤さんが患者に会って最初に聞くことは「音楽療法を受けたいかどうか」です。
患者さんに受けたいかどうかを聞く意味
「嫌だと主張することはエネルギーがいるので、病気で弱い立場になっている人は特に難しいですよね。音楽療法を受けたいか受けたくないか、聴きたいか歌いたいか、全部自由です。治療方法もそうですけど、たくさん情報があって選べる環境が重要なんです。病気で死ぬということはコントロールを失うということ。だから、音楽療法によってその人にコントロールができる環境を作ることが大切です」
人が回復したり癒されたり、成長したりといったことは、自分の力でしかできない。その力を引き出したり、そのための環境を整えたりするのが医療であり音楽療法である。佐藤さんはそう考えています。
佐藤さんは、今後も音楽療法や音楽療法士の認知を広める活動を行う予定です。
医療では届かない場所があるから、カバーする方法があることを知ってほしい。そして、それはただの偶然や気休めではなく、きちんと考えられたセラピーであることを知ってほしい。
佐藤さんの活動はこれからも続きます。
【佐藤由美子】
米国認定音楽療法士。ホスピス緩和ケアを専門としている。米国ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間勤務し、2013年に帰国。著書に『ラストソング 人生の最期に聞く聴く音楽』(ポプラ社)がある。
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