「あなたは私を褒めてくれたことがない」ースタッフを育てる唯一の方法は「褒める」こと
国境なき医師団ナースリレーコラム
ハイチ人ナースの育て方
Vol.3 スタッフを育てる唯一の方法は「褒める」こと
【筆者】看護師 京寛美智子
2010年ハイチ大地震後、現地の看護師を指導するミッションに従事。ハイチ人でも日本人でも後輩指導は大変!「ナースを育てる」コツをお伝えするコラムです。
国境なき医師団(MSF)で現地スタッフを指導する中で、私が重要と思うようになったことのひとつが、ポジティブな思考です。
スタッフのできないことを叱るばかりでは、彼らのやる気を高めることはできません。信頼関係を築かなければ、上司と部下の距離が縮まらず、私ひとりが頑張ってもみんながついてきてくれないこともあります。
海外派遣スタッフと現地スタッフが協働しながら患者をケアする
「あなたは私を褒めてくれたことがない」を素直に受け取れるか
ナイジェリアでの、外傷および性暴力のプログラムで活動中に、問題行動の多い看護師に「あなたは私を褒めてくれたことがない」と言われたことがあります。
とっさに「そんなことない」と答えましたが、正直、内心では「あなたが、褒められるようなことをしないからじゃない!」と思っていました。
でも、その後考えてみて、その姿勢では人を育てることはできない、と気付きました。
できないことを見つけ、注意するのはとても簡単なこと。
どんな状況であっても、褒めるところがひとつもない人はいません。日本とはかけ離れたレベルの看護がなされていても、褒めることは必ずあるはずです。
私には、スタッフの長所を見つけて褒める努力が足りなかったと反省しました。ナイジェリアの活動後も、彼女の言葉を忘れず、褒め上手になるように心がけています。
滴下速度の計算ができない?なら覚えればいい
ハイチでは、簡単な点滴速度の計算ができないスタッフにジリジリしました。何度説明しても、理解が得られない。
そもそも看護スタッフは皆、計算が苦手。500mlの輸液を4時間で終わらせるといったオーダーも、医師や外国人スタッフのサポートなしには滴下速度を割り出せませんでした。
でもそこで、めげていても仕方ありません。
できないなら仕方ない。できるようにするサポートが私の仕事じゃないか・・・と思い、シンプルな滴下速度の表をテントに貼り、一目瞭然の状態にしました。
今までできなかったことについて「なぜ?」と原因を探るのではなく、これからやってみようと思ってもらえるような仕掛けを作ればいいのでは、と思ったのです。
1分間20滴をじっと数えているけれど・・・
滴下速度の表は、分かりやすさが受け入れられたのか、スタッフ皆が理解してくれました。1分間に20滴という速度にするために、15秒で5滴というやり方ではなく、1分間ずーっと滴下を数えるスタッフには少しもどかしい思いもしましたが、点滴の滴下速度調節ができるという目標は達成しました。
現地ナースと医師、海外派遣スタッフ、患者と
できた!と褒めれば成長する
滴下が合っていたら、スタッフに「よくできた」という声かけを続けました。
また、滴下調節ができるようになったスタッフが、得意気に他のスタッフに教えていることもありました。
そんなときも、後からそっと、「すごいじゃない!」という風に褒め言葉を忘れないようにしました。
そうしていると、スタッフの顔が変わってくるのが目に見えて分かるのです。
仕事を覚え、できるようになると褒められる。
褒めることでスタッフのやる気と向上心が生まれたように思います。
私としても、スタッフとの距離が縮まり、コミュニケーションがより円滑になったと感じられて、とても嬉しかった気持ちは忘れられません。
そして私自身も、指導者としてスタッフと共に成長したのか、ハイチでは、「あなたは褒めてくれたことがない」と言われることはありませんでした。
MSFのテント病院内の様子
国を越えて「人を育てる」のに必要なこと
国境なき医師団の派遣先では、私たちのような外国人スタッフは主に、指導者や管理者としてのポストにつきます。
私たちはずっとそこにいて医療を提供できるわけではありません。
だからこそ、国境なき医師団のプロトコルに沿った治療・看護を現地スタッフにしっかりと引継ぎ、私たちがいなくなったあとも医療レベルを保てるようにすることが必要です。
そのためにはまず、現地スタッフに信頼され、受け入れられなければなりません。
任期が半年から1年の私たちより、長年働いている現地スタッフのほうが、よく知っていることや上手くできることも多々あります。
大切なのは、それを認め、まずは人と人としての関係を築くことなのだ、と思います。
そこで必要なのは、挨拶、笑顔、外部の者であるという謙虚さなどです。
そうやって初期の関係作りができたら、次は、褒め上手になることが大切です。褒めながら育てる。これは、国境を越えても、医療という垣根を越えても、「人を育てる」のであれば重要なことだと、活動を通じて実感しました。
【筆者】京寛美智子(きょうかん・みちこ)
徳島県出身、看護師。
1998年、東海大学医療技術短期大学卒業。東海大学医学部附属病院での病棟勤務を経て、2005年より国境なき医師団(MSF)の活動に参加。シエラレオネ、スーダン、ナイジェリア、南スーダン、エチオピア、イエメンなど9度の派遣活動に参加。2011年には東日本大震災の緊急対応にも従事。2013年から2014年にはリバプール大学に留学し、国際公衆衛生学修士号を取得した。1976年4月7日生まれ。
【協力】国境なき医師団 日本
国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としています。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、その対象は多岐にわたります。
MSFでは、活動地へ派遣するスタッフの募集も通年で行っています。
◆看護roo!ポイントでも、国境なき医師団に寄付することができます。
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