「上司ぶる」必要なんてない。全世界共通の「人を育てる極意」とは
国境なき医師団ナースリレーコラム
ハイチ人ナースの育て方
Vol.4 全世界共通の「人を育てる」極意
【筆者】看護師 京寛美智子
2010年ハイチ大地震後、現地の看護師を指導するミッションに従事。ハイチ人でも日本人でも後輩指導は大変!「ナースを育てる」コツをお伝えするコラムです。
国境なき医師団(MSF)の活動では、海外から派遣された私たちは、外国人スタッフとして彼らの上司として仕事をします。
目前の医療ニーズに応えるのと同時に、現地スタッフが医療的知識やスキルを身につけ、私たちが去ったあとに現地スタッフだけで活動出来るようになるのが最終的な目的だと思っていますが、もちろん最初からうまくいくことはありません。
災害地のボランティアでもよく聞くことですが、サポートする側のモチベーションと、現地で生きている人たちのモチベーションがかみ合わないのです。
海外派遣スタッフのチーム(筆者右から2人目)
現地スタッフのやる気を引き出すには
海外から派遣されてきたやる気満々の外国人スタッフが、せっかくフィールドに派遣されたのだからとどんどん物事を推し進めて、現地スタッフがついて来てくれなかったり、拒否したりすることもよくあります。
新しいアイデアを出したり、決めごとをしたりするのはたいていいつも外国人スタッフで、現地スタッフが「またか」と、新提案に受身かつ懐疑的になるのは、よくある話です。
でも活動をしていると、彼らのほうが私より経験があり、知識・技術共に優れた場合もあります。そういう優秀な現地の人材を活かし、他の現地スタッフがそうなるように育てるには、本人たちのモチベーションを上げ、やる気になってもらうことが必要でした。
緊急時なのに名札を作った意味とは
印象に残っているエピソードがあります。
ハイチの現地スタッフのあるリーダーが「看護スタッフの名札を作りたい」と提案したのです。
現場はコレラのアウトブレイク真っ只中という緊急事態。基本的な看護処置もままならない状況の緊急援助活動の中、名札の使用は、必要ではあるけれども、正直なところ優先順位をあげることはできません。
でも、スタッフ同士が名前も知らず、「おい、そこの看護師」と呼び合っているような状況も、確かに問題ではありました。お互いの名前を知り、信頼関係をつくるのも重要。
何よりも、彼女らのやる気をそがず、仕事へのモチベーションを上げることは看護の質の向上につながります。
そのため名札を作るアイデアを採用すると決めたものの、他のスタッフの業務負担を増やすことも難しい。そこで、提案してきた本人にほとんどを任せ、きちんと責任を持って運用するようにお願いしました。
これは、外国人スタッフの指導のもとに現地スタッフが業務を行うという通常の仕事の仕方の中では珍しいことで、若干不安もありました。
地震後、ポルトープランスの街
物資調達担当者には簡単なクリップ付きの名札だけ調達してもらい、あとは本人に渡すと、2~3日のうちに全スタッフが名札を装着するようになりました。
提案した本人が満足そうだったのはもちろん、他のスタッフ同士も名前を知り、心なしかスムーズに業務が行えるようになったと思います。
私にも、国境なき医師団のテープを貼り手書きで「MICHIKO」と書いた名札を手渡してくれました。国境なき医師団で活動を始めて5年、5度目の活動 でしたが、フィールドでもらった初めての名札となりました。
とても印象的な出来事だったので、活動終了後も大切に保管していました。
スタッフの優秀な面を見出す極意とは
名札の話は、些細なことかもしれません。
でも、私にとっては大きな気付きでした。
出来ないことを叱るのではなく、出来ることを見つけて褒めてスタッフのモチベーションを高めること。人を育てる上での基本は、世界共通です。
私のものさしで見るとスキル不足でも、価値観や視点を変えてみると、その人が実はとても優秀な面を持っているということが見えてきたりします。また、現地スタッフが持つその国の中での経験や、知識・技術は、外国から派遣された私たちよりも高い場合も多いのです。
私自身、活動を始めた頃は彼らを指導するのに十分な知識や技術を持っている、という印象を与えるために必死でしたが、経験を重ねるうちに、無理して上司ぶらなくていいと分かりました。
指導することがなくなるのが嬉しい
押し付けるのではなく、理解することによって信頼関係ができ、信頼関係ができて初めて、こちら側からも看護や医療についての指導ができるのだと思います。
指導を受け入れてくれることで、現地スタッフがスキルを身につけて育ち、更に活躍するようになる…指導者として、スタッフに教えることがなくなるというのは、少し寂しい気もしますが、スタッフが育っていくのは頼もしいものです。
ナイジェリアで現地スタッフとして指導した看護師数人は、現在、私と同じ立場の外国人スタッフとなり、別の国の別のプログラムで現地スタッフの指導を担当しています。
軍隊から国境なき医師団に入った、独りよがりな性格だった外科病棟看護師長、知識・技術が豊富なのにいつも上司に指示を仰いでいたER看護師。その彼らが大きく成長し、今や外国人スタッフとして活躍している姿を思い浮かべると、とてもうれしく、頼もしく、つい笑顔になってしまいます 。
地震発生後半年を経ても、ポルトープランスの街には壊れた建物が残る
全世界共通の「信頼関係」を築く方法
この学びは、その後の国境なき医師団の活動でも意識して仕事をしました。
日本に戻っている間の生活・仕事のなかでも、人との関わりあいのうえで役立っています。
たとえば、日本で勤務していた病院で後輩看護師を指導する際、一方的に自分が一番いいと思うやり方を押し付けるのではなく、後輩の意見を聞き、対等の立場で話し合いながら、患者さんへの看護を提供するようになりました。そうすることで、後輩との関係がよくなり、結果的にはより良い看護につながっています。
また、考え方の違う人と一緒に仕事をするときに、相手の意見を聞き、自分の意見も詳しく説明し、それでもどうしても意見が食い違うときには、上司・部下関係なく、お互いの意見の違いを受け入れるようになりました。国境なき医師団の現場とはまったく違う日本の現場でも、信頼関係を築いてお互いを受け入れる、ということの重要性は同じなのだと、改めて感じています。
(終)
【筆者】京寛美智子(きょうかん・みちこ)
徳島県出身、看護師。
1998年、東海大学医療技術短期大学卒業。東海大学医学部附属病院での病棟勤務を経て、2005年より国境なき医師団(MSF)の活動に参加。シエラレオネ、スーダン、ナイジェリア、南スーダン、エチオピア、イエメンなど9度の派遣活動に参加。2011年には東日本大震災の緊急対応にも従事。2013年から2014年にはリバプール大学に留学し、国際公衆衛生学修士号を取得した。1976年4月7日生まれ。
【協力】国境なき医師団 日本
国境なき医師団(Médecins Sans Frontières=MSF)は、 中立・独立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体です。MSFの活動は、緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としています。紛争や自然災害の被害者や、貧困などさまざまな理由で保健医療サービスを受けられない人びとなど、その対象は多岐にわたります。
MSFでは、活動地へ派遣するスタッフの募集も通年で行っています。
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