「白」か「黒」にしか分類できない人たち

 

世の中のほとんどの問題は「程度問題」です。

 

真っ白でも真っ黒でもなく、そこそこグレーで、あとは「黒に限りなく近いグレー」「白に限りなく近いグレー」「どっちとも言えないグレー」などがあり、その程度には濃淡があるのです。

 

しかし、このような、いわば「アナログな」概念を、白黒の2種類にしか分類しない人は案外多いです。

大抵はグレーなのに、それを「真っ白」か「真っ黒」のどちらかにしか分類しないのです。

 

要はゼロか1か、という「デジタルな」分類です。

 

自分と意見が違う人は認めない

 

有名人のスキャンダルなんかが一例です。例えば、不倫。

 

当事者にとっては大きな問題ですから、不倫をされたパートナーや家族が憤慨したり、民事裁判に及んで賠償を請求するのも問題ないでしょう。

あるいは、CMに起用していたスポンサー企業が「企業イメージを毀損した」とその有名人との契約を解除したり、賠償請求することも妥当なことでしょう。

 

しかし、なんの利害関係もない一般人たちが、ソーシャルメディア(SNS)などを用いて執拗にその人物を攻撃し、再起不能にしてしまうのは問題です。

 

確かに不倫は好ましいことではないですが、別に犯罪ではありません。

いや、たとえ犯罪行為であっても日本には刑法があり、法に基づいた罰則規定が存在するのです。

 

その罰則以上に、無関係な人が一方的に当該人物を攻撃し続ける、いわゆる「リンチ(私刑)」を加えることは、果たして許されるのでしょうか。

 

「そんなん、悪いことしたから仕方ないやんけ」というのが、「デジタルな思考」です。

 

「悪いこと」にチェックを入れれば、どんな誹謗中傷も正当化されてしまう。

でも、その「悪いこと」とは、「どのくらい」悪かったのでしょうか。

日本中の人たちが、執拗に攻撃するほどの「悪いこと」だったのでしょうか。

そういう発想こそが「程度問題」というわけです。

 

最近は社会の分断化が進んで、自分たちの意見や考え方に同意しない人たちと、全くコミュニケーションがとれない状態になっています。

あるいは、口を開けば悪口雑言しかでてこない。

 

そりゃ、社会には自分たちと違う意見を持ったり、考え方をする人たちはたくさんいますよ。

 

でも、そういう人たちが存在すること自体を認めず、ひたすらガン無視するか、あるいは悪口しか言えない社会というのはとても寂しくはないでしょうか。

 

医療現場では「何が正しい」「何が正解」かは人それぞれ

 

「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

 

これはフランスの思想家、ヴォルテールの言葉とされています。

いや、ヴォルテールではなく、別の人物の言葉だという意見もあります。あるいは、その議論はどちらでもよい、という意見もあります(笑)。

まあ、真相はともかく、この言葉自体は傾聴に値するとぼくは思います。

 

医療現場でも、けっこう「強い意見」をにします。

まあ、ぼくも結構、強く主張する方なので人のことは言えませんが(笑)。

 

もちろん、主張すること自体は間違いじゃないと思いますが、自説を主張するばかりで、相手の意見に耳を貸さないのは問題です。

 

「患者中心の医療」という言葉が広く知られるようになって久しいですが、そのくせ、実際に医療現場で行われているのは「医療中心の医療」だったりします。

あるいは「健康中心の医療」です。

 

健康は非常に大切な価値の一つですが、価値の全てではありません。

人間はさまざまな価値を持っています。

 

健康はその一つですが、他にもさまざまな価値があるでしょう。

 

例えば、家族。

例えば、金銭。

例えば、名誉。

例えば、快楽。

 

さまざまなものが、一人ひとりの人間の「価値」を形成しています。

 

大切なのは、「価値」の問題は多分に主観がからんでおり、「何が正しい、何が正解」とはにわかに言い難いということです。

 

例えば、金銭と名誉どちらが大事か。

人によって意見が違ってくるのではないでしょうか。そして、それぞれの意見の「どっちが正しい」とは言い切れない。

 

だから、個々の患者さんの価値観を十分に尊重することが大切で、だからこそ「患者中心の医療」なのですが、こと健康と両立しない場合、医療者は患者の価値を全否定しがちです。

 

真面目な医療者ほどそういうピットフォールに陥りがちで、ここは要注意です。

 

自分の治療費よりも、子どもの保育園費用を優先した母親

昔、ある関節リウマチの患者さんを診ていたのですが、どうも経過が良くない。

そこで、効果の高い新しい薬をおすすめしたのですが、頑として断られます。

 

薬のお値段が高いからです。保険診療の3割負担でも、どうしても月数万円の出費になってしまいます。

「そのお金がないと、子どもを保育園に行かせられない」と、その女性患者さんはおっしゃいました。

 

「いやいやいや、病気の治療のほうが大事なんだから、子どもの保育所は忘れて、まずは薬を変えましょう」

「そもそも、子どもを保育所に預ける必要なんてあるんですか?」

 

ぼくはそういうことは言わず、患者さんの意思を尊重しました。

最良の医療は提供できなかったのですが、患者さんの意見や価値のほうがずっと大事だとぼくは思います。

 

もちろん、ここでも「程度問題」です。

 

患者さんが、「もうしんどい。死んでしまいたい」とおっしゃっているときに「ああ、そうですか。でしたら死んでしまいなさい」とは言わないでしょう。

いくら「患者中心」と言っても、何でもかんでも患者さんの意向に従う必要はありません。

 

「程度問題」は答えが出しにくい問題です。

正解を即答することはできませんし、グレーの度合いも無数にあります。選択肢が多すぎるため、難しいのです。

白と黒なら二択問題でシンプルなのに。

 

でも、だからこそ「程度問題」は「大人の問題」です。熟考を必要とする問題です。

医療現場でこそ、必要な思考方法だとぼくは思います。

 

 

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執筆

神戸大学医学部附属病院感染症内科 教授岩田健太郎

1997年 島根医科大学(現・島根大学)卒、1997年 沖縄県立中部病院(研修医)、1998年 コロンビア大学セントクルース・ルーズベルト病院内科(研修医)、2001年 アルバートアインシュタイン大学 ベスイスラエル・メディカルセンター(感染症フェロー)、2003年 北京インターナショナルSOSクリニック(家庭医、内科医、感染症科医)、2004年 亀田総合病院(感染内科部長、同総合診療・感染症科部長歴任)、2008年神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授 神戸大学都市安全研究センター感染症リスク・コミュニケーション研究分野 教授 神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長・国際診療部長(現職)

 

編集:宮本諒介(看護roo!編集部)

 

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