いつか起こるかもしれない危機に備えよう

坂本史衣Fumie Sakamoto

感染症対策

2025年になり、早いもので、21世紀もすでに4分の1が過ぎました。

 

看護roo!の読者にはZ世代が多いと思いますので、聞いたことがないかもしれませんが、20世紀末に「西暦2000年(Y2K)問題」というのがありました。

 

20世紀末に使われていたコンピューターシステムのなかには、西暦年号を下2桁(1999→99)で表すよう設計されているものがありました。こうしたシステムでは、2000年1月1日が「00」と表示されますが、それが「1900年」として処理されてしまった場合、システムの誤作動や停止が起こる可能性がありました。これがY2K問題です。

 

医療分野では、電子カルテや部門システム、医療機器の停止や誤作動をいかに防ぐかが主な課題とされていました。

 

Y2K問題は日常生活と密接に関わっていたため、一般市民の関心も高まりました。一部のメディアでは、経済の停滞やテロ、暴動、さらにはミサイルの誤発射といった事態を予測する過激な報道も見られました。幸い、社会全体がパニックに陥ることはありませんでしたが、食料や防災用品を備蓄したり、旅行をキャンセルしたりする人もいました。

 

そして迎えた2000年1月1日ですが、結果的に大きな問題は発生しませんでした。

出典:厚生省 コンピューター西暦2000年問題 年末年始の状況について

 

2000年問題に対しては、1990年代半ばごろから、政府がリーダーとなって、中央省庁が地方公共団体や民間と連携しながら、システム改修や試験を行い、万一のトラブルに備えてマニュアル作成を進めていました。国民の不安を軽減するための情報提供も積極的に行われました。こうした丁寧な事前準備が功を奏して、Y2K問題を乗り越えられたという総括が行われています。

 

2025年の元旦に起きたテロ事件は防げたのか

それから四半世紀が経った2025年1月1日(現地時間)、米国ニューオーリンズの観光名所フレンチ・クォーター(FQ)を横切るバーボンストリートで、ピックアップトラックが群衆に突入し、少なくとも15名が死亡するという痛ましい事件が発生しました。

 

FBIは過激派組織「イスラム国(ISIS)」の影響を受けた単独犯によるテロ行為として捜査を進めていますが、この事件に関して、ニューヨーク・タイムズ(NYT)が「警備の改善はテロ攻撃を防げたか?」というタイトルで報じた一本の記事が注目を集めています。

記事によれば、FQ行政区は、2016年に南フランスで発生した車両テロを受けて、観光客であふれるバーボンストリートへの車両の進入を防ぐために、可動式のポール(ボラード)を翌2017年までに設置したそうです。ところが、多数の飲食店が並ぶバーボンストリートでは、配送車両のために、ポールをたびたび道路わきに寄せる必要がありました。また、レールに異物が挟まり、元の位置に戻すことができないポールが増えていきました。

 

そして、2019年にFQ行政区は民間警備会社にFQの警備体制に関するリスク評価を委託しました。NYTが今回報じたのは、このリスク評価に関する報告書の内容です。そこには次のようなことが書かれていました。

 

  • FQで起こり得るテロは、車両の突入と銃乱射である。
  • 警備の技術と運用を強化するために、統合的で包括的な計画を策定する必要がある。これはFQ行政区が最初に議論すべきテーマである。
  • 故障しているポールについては、直ちに補修・改善することを強く推奨する。

 

しかし、これらの改善案が実行されることがないまま、テロの日を迎えました

 

報告書には、FQ関係者間のさまざまな思惑によって、ちょっとした改善ですら進まない状況があり、「個人の利益や立場よりも、街の安全を最優先に考えて、関係者全員が同じ目標に向かって協力しあえるようになることを願う」という強いメッセージが残されています。

 

推奨された対策が今回の事件を防ぎ得たのかはわかりませんが、防ぐチャンスが6年前にあったことはわかります。

 

「いつか起こるかもしれない」に備えるということ

『いま、そこにある危機』という有名な小説があります。ハリソン・フォード主演で映画化もされました。私たちは、Y2K問題のように、いま、そこにあることが実感できる危機(安全上の課題)は、力を合わせて解決しようとする一方で、いつか起こるかもしれない危機への備えは、「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だろう」と楽観的に考える「正常性バイアス」が働いて、後回しにしがちです。

 

いつか起こるかもしれない危機に備えることを専門機関が勧める理由は、実際に同様の危機が過去に起きており、備えなかったことによる甚大な被害が発生しているからです。

 

安全には、セーフティSafetyセキュリティSecurityの二つがあります。

セーフティは、意図せずに起こる危険(自然災害、交通事故、転倒・転落、感染)から守ること、セキュリティは悪意によってわざと引き起こされる危険(盗難、連れ去り、なりすまし、暴力、テロ)から守ることです。

 

病院にはさまざまな安全上の課題が潜んでいます。セーフティとセキュリティの両面から、職場にどのような安全上の課題がありそうか、優先順位の高い課題はどれか、どのような対策が必要か、定期的に話し合ってみることが、いつか起こるかもしれない危機から、患者と職員を守ることにつながります。

 

 

最後に、私は子どものころ、ニューオーリンズに6年ほど住んでいました。今回の事件をきっかけに、この素敵な街がより安全になることを願っています。フランス・スペイン植民地時代の歴史を感じる建物。通りに流れるジャズ。郷土料理のガンボスープ、クロ―フィッシュ、ジャンバラヤ。おやつにはベニエとチコリコーヒー。まだ行ったことがない方は、ぜひ一度訪ねてみてください。

ニューオーリンズの街並(PIXTA)

 

 

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執筆

板橋中央総合病院 院長補佐/感染対策相談支援事務所 所長坂本 史衣

聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)卒業. 米国コロンビア大学公衆衛生大学院修了. 2003年より感染制御および疫学資格認定機構(CBIC)による認定資格(CIC)の認定資格を維持. 聖路加国際病院において医療関連感染予防・制御に約20年従事し、2023年11月より現職. 日本環境感染学会理事、厚生科学審議会感染症部会委員などを歴任. 主書に「感染対策60のQ&A」「感染対策40の鉄則」(いずれも医学書院)、「泣く子も黙る感染対策」(中外医学社)、「感染予防のためのサーベイランスQ&A」(日本看護協会出版会)、「基礎から学ぶ医療関連感染対策」(南江堂)など.(プロフィルイラスト:なんちゃってなーす

 

看護roo!編集部 烏美紀子

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