「ドクターX」に学ぶ胃がん手術と外国人患者対応での注意点|けいゆう先生の医療ドラマ解説【24】

タイトル:外科医・武矢けいゆう先生の医療ドラマ解説_学習はドラマのあとで

執筆:山本健人外科医けいゆう

 

医療ドラマを題材に、看護師向けに役立つ知識を紹介するこのコーナー

今回は、『ドクターX~外科医・大門未知子~』第6シリーズの第7話を取り上げます。

(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)

 

けいゆう先生の医療ドラマ解説

Vol.24 「ドクターX」に学ぶ胃がん手術と外国人患者対応での注意点

 

今回登場した患者さんは、世界的な大銀行のCEO、セブン・ゴールドバーグ(アラン・ロワ)氏。

 

診断は、がんのステージIB。

 

東帝大病院で手術が計画されます。

ここで執刀医として選ばれたのが、腹腔鏡手術の名手、加地秀樹(勝村政信)でした。

 

 

胃がんに対する標準的な手術とは?

胃がんに対しては、ステージIなら腹腔鏡手術を選択肢に入れることができます。

これは、胃癌治療ガイドライン(*1)にも掲載されており、標準的な治療といってよいでしょう。

 

一方、術前カンファレンスでは次世代がんゲノム内科部長の浜地真理(清水ミチコ)が手術を批判し化学療法を勧めましたが、もちろんステージI〜IIIの胃がん治療は手術が第一選択です。

 

胃がんには胃を切除する手術を行いますが、切除範囲は大きく分けて、

胃を全てとるか

胃を部分的にとるか

の二つのパターンがあります。

 

もう少し細かく分けると、

・胃全摘術

・幽門側胃切除術

・噴門側胃切除術

・幽門保存胃切除術

などの術式があります(他にも複数ありますが割愛)。

 

胃切除術の術式例

 

胃の切除範囲は、胃がんの部位と進行度によって決まります

腫瘍から十分な距離が取れる位置で切除することと、周囲のリンパ節を十分な範囲でまとめて切除することを目標に、適切な術式を選びます。

 

術前のカンファレンスでは、加地の独断で胃全摘が選ばれましたが、いつものように大門が術中に乱入し、胃を部分的に温存できる術式に変更しました。

なぜでしょうか?

 

 

術式による後遺症の違い

今回、胃がんの位置は「胃体部小弯」でした

 

胃の部位の名称

 

この部位であれば、幽門側胃切除を行うのが一般的で、胃全摘の必要はないでしょう。

胃は3分の1ほど残りますので、術後の食事摂取のしやすさという点でも有利です。

(※厳密には、大門が選んだ幽門保存胃切除はステージIAで選択される術式ですので、本症例では幽門側胃切除を行うのが適切です。施設によっては幽門保存胃切除を選択しないところもあり、メリット・デメリットに応じて対応していますが詳細は割愛します)

 

セブンもラストシーンで、日本のB級グルメが美味しく食べられることを喜んでいましたね。

 

食事関連で起こりやすい後遺症の頻度は、術式によって異なります。

例えば、噴門側胃切除で問題となるのが、胃食道逆流症。胃から食道への逆流を防止する「噴門」を切除するものの、胃は残っているからですね。

症状が強い場合は、胃酸分泌を抑えるような薬が必要になる場合もあります。

 

噴門側胃切除術

 

一方、幽門側胃切除術や胃全摘では、ダンピング症候群が問題になります

「幽門」がないために、食べたものがそのまま小腸に入ってしまい、動悸や冷汗、めまいなどが現れたり(早期ダンピング)、低血糖(後期ダンピング)を起こしたりすることもあるのです。

 

幽門側胃切除術・胃全摘術

 

こうした症状の出現を防ぐため、胃切除後の患者さんは、特に術後早期は少量ずつゆっくりと、回数を分けて食べることが大切です

看護師の立場からも、患者さんが食事摂取の方法に関して十分理解しているかを確認しておく必要があるでしょう。

 

胃は、切除すると再生することはありません。

患者さんは生涯、小さな胃で生活していくことになります。

セブンは、手術直後からおいしくご飯を食べていましたが、手術直後はなかなか食事が進まない方も多くいます。

患者さんによっては、「食べられなくなるのは嫌だから胃を残してほしい」と言われるケースもあります。

もちろん可能な限り胃を残す方法で術式は検討されますが、やはり「根治性」が第一優先

患者さんにその旨を説明し、ご理解いただく必要があるのです。

 

さて、今回は術中に切除範囲を変更したのですが、大門ならそのまま腹腔鏡で続行しても良かったはずです。

なぜ開腹手術に切り替える必要があったのでしょうか?

 

その理由は、悪性高熱症。

腹腔鏡にこだわらずスピードを優先すべきだと判断されたからです。

 

 

悪性高熱症とは?

悪性高熱症は、全身麻酔の重篤な合併症です

全身麻酔10万例あたり1〜2例とされるほど頻度は低いのですが、場合によっては致死的になります。

 

全身の骨格筋が持続的に収縮し、それが筋肉の崩壊を招きます。

呼気炭酸ガス分圧の上昇、筋硬直や不整脈、アシドーシスなどが出現し、急激な体温上昇が起こるのが特徴です

 

加地が腹腔鏡手術を始めた時、腹部の筋硬直のせいで腹腔内がうまく広がらず、難渋しましたね。

 

さらにEtCO2の上昇、アシドーシスの出現を麻酔科医から伝えられ、すっかりうろたえてしまいました。

大門はこの経過を見て即座に悪性高熱症を疑い、すぐに対処(ダントロレン投与)します。

 

実は大門はセブン本人から、父親が虫垂炎の手術後に高い熱を出して亡くなった、という話を聞いていました。

 

原因不明の高熱の出現。悪性高熱症は遺伝性筋疾患であるという事実が頭にあったからこそ、セブンの手術時に即座に対処できた、というわけです。

 

こうした家族歴をきちんと聞き出せなかった加地や原(鈴木浩介)は、のちほど大いに反省することになってしまいました。

 

 

外国人患者の対応

加地や原は、プライドの高さから通訳をつけずに問診に挑み、結局家族歴やアレルギー歴があやふやなまま手術に持ち込んでしまいました。

 

実際、日本語で会話ができない外国人の患者さんが入院されることはよくあります。

看護師側も、言葉が通じない分アナムネの聴取が不十分になりがちで、重要な情報を聞き逃すリスクがあるため、一層慎重に関わる必要があります

 

一方、今回セブンの妻が日本語に長けていたように、家族や知人に通訳ができる人がいる場合は、一見便利なものの、注意も必要です。

 

通訳者は、患者さんが聞かれたくないかもしれない個人情報を知ることになるからです。

「通訳の方に知られたくない」という患者さんの思いもまた、問診が不十分になるリスクを生みます。

 

この点にも十分な配慮が必要でしょう。

 

ナースの学習ポイント

・胃がん手術の概要と後遺症について理解しておこう

・外国人患者との対応において注意すべき点を覚えておこう

 

(参考文献)

*1 胃癌治療ガイドライン 第5版

*2 悪性高熱症患者の管理に関するガイドライン2016

 


【執筆】山本健人 やまもと・たけひと

(外科医けいゆう)

山本健人先生のプロフィール写真

医師。専門は消化器外科。2010年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医、がん治療認定医 など。

「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterInstagramFacebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。

 

図表作成/中山佳之(看護師・イラストレーター)

編集/松下淳史(看護roo!編集部)

 

●今回のドラマ「ドクターX ~外科医・大門未知子~」第6シリーズ(テレビ朝日系)

毎週木曜よる9時 放送

ドクターXPR画像

©テレビ朝日

(過去の放送回:第1~第5シリーズはこちら)

 

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