「大恋愛〜僕を忘れる君と〜」新規治療薬の開発と臨床試験|けいゆう先生の医療ドラマ解説【4】
執筆:山本健人
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医療ドラマを題材に、看護師向けに医学的知識を紹介するこのコーナー。
今回は、現在放送中の「大恋愛〜僕を忘れる君と〜」のワンシーンを取り上げてみたいと思います。
(以下、ネタバレもありますのでご注意ください)
けいゆう先生の医療ドラマ解説
Vol.4 「大恋愛〜僕を忘れる君と〜」新規治療薬の開発と臨床試験
©TBS 医師役の戸田恵梨香さん(右)と、小説家役のムロツヨシさん(左)
本作は医療ドラマではありませんが、主人公の戸田恵梨香さんは医師役、その婚約相手役の松岡昌宏さんもアルツハイマーの基礎研究を専門とする精神科医役です。
今回は、看護師であれば理解できた方が良いと思われる一つのやりとりに着目します。
第1話では、開業医として働く尚(戸田恵梨香)と、研究者である侑市(松岡昌宏)が研究テーマについて語るシーンがあります。
©TBS
侑市の研究テーマは若年性アルツハイマー病。
偶然にも尚はこの疾患に罹患してしまう、という筋書きです。
セリフを振り返ってみます。
尚「今のメインテーマは?」
侑市「若年性アルツハイマー病です」
尚「アミロイドβの生成を抑制することはできるようになるんでしょうか?」
侑市「うーんiPS セルとトランスジェニックマウスレベルでは十分なんですが、いざクリニカルトライアルだとフェーズ3でドロップアウトしてしまうんです」
尚「やっぱり人って特別なんですね」
侑市「アルツハイマーは、すべての人にとって今そこにある危機ですから」
©TBS 戸田恵梨香さんの母親役は草刈民代さん(右)
この一連のセリフでは専門用語が次々飛び出しますが、特に説明はないため、視聴者に理解されることが想定されていません。
「若年性アルツハイマーに関する難しい研究をしている」ということが伝わればいい、という意図ですね。
しかし、看護師であればどうでしょうか?
「マウスレベルでは十分」
「クリニカルトライアル」
「フェーズ3でドロップアウト」
のような、新規治療薬や臨床試験に関わる用語は、ある程度理解できた方がいいと言えます。
薬剤が臨床現場で使えるようになるまで
新たな薬剤が病院で使用できるようになるまでの道のりは、かなり険しいものです。
世界中の研究室で、治療薬として使えるかもしれない物質について日々実験がされており、私自身も今はこうした活動に関わっています。
悪性腫瘍に対する新たな薬剤を開発するケースを例に挙げてみましょう。
副作用も効果も分からない段階からヒトに投与するわけにはいかないので、まずはがん細胞を培養して増やし、試験管レベルでその増殖が抑制されるかどうかを調べます。
(実際には理科の実験で使うような「試験管」ではなく、専用のプレートを使用するのですが)
この実験を「in vitro(インビトロ)」と呼びます。
これで有効性が示されれば、次に動物実験を行います。
たとえばがん細胞をマウスに移植して腫瘍を作り、薬をマウスに投与して腫瘍が縮小するかどうかを調べるわけです。
この動物を使った実験を「in vivo(インビボ)」と呼びます。
これで効果が確認され、かつ安全性も担保できそうであれば、ようやくヒトに投与する試験に挑戦できます。
これが「臨床試験」、英語で「clinical trial(クリニカル・トライアル)」です。
侑市のセリフ、
「iPS セルとトランスジェニックマウスレベルでは十分」
をもう一度見てみます。
「iPSセル」は、ご存知の通り山中伸弥先生がノーベル賞を受賞した功績である「iPS細胞」です。
「トランスジェニックマウス」とは、受精卵に特定の遺伝子を注入して作られる遺伝子導入マウスのことですね。
つまり、このセリフは「in vitro、および、in vivoでは効果が認められている」ということを意味しています。
そのおかげで「クリニカル・トライアル」、つまりヒトを対象とした試験に移行できているわけです。
臨床試験(クリニカル・トライアル)のフェーズとは?
臨床試験は、一般的に第I相試験、第II相試験、第III相試験の3段階で行われます。
これらを英語で、Phase I、Phase II、Phase IIIといいます。
ブラックペアンで話題になった「治験」も臨床試験の一つで、新しい治療法の候補となる薬や新たな機器を厚労省へ申請し、承認を得る目的で行われるものを指します。
第I相試験では、健康成人が被験者になります。
薬がどのように体内に広がって排出されるかを調べ、主にその安全性を確認するのが目的です。
(抗がん剤の候補となる薬の試験の場合は副作用が大きいため、第I相試験でも健康成人ではなくがん患者が対象になります)
第II相試験では、少数の患者さんに対して第Ⅰ相試験で安全性が確認された用量の範囲内で最適な投与方法や有効性、安全性を調べます。
そして第III相試験では、多くの患者さんを対象にして、従来から使用されている薬やプラセボと比較する試験を行います。
ここで有効性と安全性が確認されて初めて、患者さんに実際に使用できる道が拓けます。
(市販後に行われる臨床試験を第Ⅳ相とすることもあります)
侑市のセリフにある、
「クリニカルトライアルだとフェーズ3でドロップアウト」
とは、この第III相試験で従来薬との比較で有効性を示せない、あるいは安全性が担保できない(副作用が許容できない)ため、薬として承認されない、ということを意味しています。
もちろんフィクションではありますが、若年性アルツハイマーの治療薬の開発に侑市が苦労している様子がわかりますね。
臨床試験については、看護師が細かな知識を得ておく必要はありませんが、ここに書いた内容は頭に入れておくと良いでしょう。
・新しい治療薬の開発は、細胞、動物実験を経て、ヒトを対象にした臨床試験に移行する。
・3段階の臨床試験をクリアすると、臨床現場で実際にその薬が使われるようになる。
(参考)
illustration/宗本真里奈
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
山本健人 やまもと・たけひと
(ペンネーム:外科医けいゆう)
医師。専門は消化器外科。平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学大学院医学研究科博士課程。個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医など。
「外科医けいゆう」のペンネームで、TwitterやInstagram、Facebookを通して様々な活動を行い、読者から寄せられる疑問に日々答えている。
※2018/12/10 著者プロフィールを更新しました。
※2019/02/05 連載バナーを更新しました。
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