爪切りで傷害罪!?看護師が刑事責任を問われる
看護師が「爪のケア」で傷害罪に問われ、刑事裁判にまで発展したケースがあることをご存知でしょうか? 最終的には無罪判決が確定しましたが、看護師が療養上の世話で刑事責任を問われる事態に看護界は一時騒然となりました。
前回は、「静脈注射が原因で神経損傷が起こった事例」についてのお話でしたが、今回は、万が一刑事責任を問われたときにどのように自分の身を守ればよいかに焦点を当て、「爪のケアで看護師が刑事責任を問われた事例」についてお話します。
大磯義一郎、谷口かおり
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)
【実際に起こった刑事裁判:爪ケアは傷害罪、看護師が刑事責任を問われる】
看護師のミコトさんは、入院中の脳梗塞の六郎さん(89歳)とくも膜下出血後の後遺症の夕子さん(70歳)の爪ケアを行いました。しかし、足の爪を指先より深く切って爪床を露出させたこと、剥がれかかった爪を覆っていた絆創膏を剥がすときに爪も一緒に取り去ったことが、傷害罪に当たるとして逮捕されてしまいました。
先生、以前、看護師が患者さんの爪ケアを行って、それが傷害罪に当たるとして逮捕された報道が大々的にされたことがあったと聞いたんですが。
看護師さんが行う爪ケアは、療養上の世話になります。それなのに逮捕されてしまうという衝撃的な事件ですね。
療養上の世話は、看護師の業務で、法律でも認められていると学んできました。でも、それが傷害事件として扱われてしまうなんて、仕事をするのが怖くなります。
刑事訴訟は、これまで学んできた民事訴訟とは少し違いがあります。この事件で、何が問題となったのか整理していきましょう。
〈目次〉
- 看護師が行った爪ケアが傷害罪となった要因と背景
- ・(1)六郎さんの右足親指の爪ケアを行うが、軽度の出血を認める
- ・(2)夕子さんの右足親指の爪ケアで、爪の根元が内出血様の状態に
- ・(3)夕子さんの右足中指の浮いた爪を保護していた絆創膏を剥がす際、爪も取れる
- ・(4)第1審では、看護師のミコトさんが行った「爪ケア」は傷害罪に該当するとし、有罪判決
- 医療事故から学ぶこと~爪ケアは傷害罪に該当することがある
- 本件の結末~看護師のミコトさんの爪ケアは正当業務行為が認められ無罪
看護師が行った爪ケアが傷害罪となった要因と背景
一般的な「爪切り」は、資格がなくとも誰もが行える行為です。看護師が行う職務上の「爪切り」は療養上の世話・診療の補助として行うことができると法律で示されています※1。
今回、看護師のミコトさんが行った療養上の世話としての「爪ケア」が傷害罪に当たるとし、第1審では有罪となりました。看護行為として認められている「爪ケア」が傷害罪となった要因と背景をみていきましょう。
memo※1 爪ケア
「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保助看法第31条の解釈について(厚生労働省医政局通知)」参照。
一般的な爪切り:爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、その爪を爪切りで切ること及び爪ヤスリでやすりがけすること(誰でも行える)
爪ケア:原則として医行為でないと考えられるが、病状が不安定であり、専門的な管理が必要な場合には医行為であるとされる場合もあり得る。(看護師or医師)
*本記事では、「通常の爪切り」と、変形や肥厚などの特殊な状態の爪を切ったり、削ったりする「爪ケア」とを区別します。
1六郎さんの右足親指の爪ケアを行うが、軽度の出血を認める
看護師のミコトさんは、6月11日の午前10時ごろ、脳梗塞で入院している六郎さんに点滴の処置を行った際、六郎さんの右足の親指が鉤彎爪(こうわんそう)で人差し指方向に曲がって伸びているのを見て、皮膚の損傷を防ぐために、爪切り用ニッパーで爪床から浮いていると思われる部分を切り進めました。六郎さんの爪はもろく、切ると崩れ、指先よりも深く爪の3分の2ないし4分の3を切除したところで爪床ににじむ程度の出血がありました。
2夕子さんの右足親指の爪ケアで、爪の根元が内出血様の状態に
夕子さんの右足の親指は肥厚爪で全体的に白く変色し、中央付近から先側が何層にも重なったように著しく肥厚していたことから、看護師のミコトさんは、爪切り用ニッパーを用いて徐々に切り進み、指先よりも深く爪の8割方を切除したところ、間もなく、爪の根元付近に幅約1~2ミリメートル、長さ約1センチメートル足らずの線状の内出血様の状態となりました。
3夕子さんの右足中指の浮いた爪を保護していた絆創膏を剥がす際、爪も取れる
また、医師が6月11日に夕子さんを診察したところ、夕子さんの右足中指の爪が浮いたようになっていたことから、自然落下を待つように指示しました。そして、その爪を覆うように縦横に絆創膏を貼って保護しました。同月15日、看護師のミコトさんが、爪の状態を観察するために、保護のために貼られていた絆創膏を剥がした際、爪が取れてしまいました。その時、ミコトさんは気付かなかったのですが、微少な出血の跡がありました。
4第1審では、看護師のミコトさんが行った「爪ケア」は傷害罪に該当するとし、有罪判決
看護師のミコトさんは、六郎さん、夕子さんの爪切り行為に熱中し、指先より深い箇所まで爪を切除し、出血させたこと、夕子さんの絆創膏を剥がす際に粗雑に扱ったために爪も一緒に剥がしたことは、「患者の痛みや出血に配慮しておらず看護行為として行ったものではない」とし、正当業務行為が認められず傷害罪となり、「懲役6月・3年間刑執行猶予」の判決が下されました。
刑事訴訟から学ぶこと~爪ケアは傷害罪に該当することがある
Point!
- 「爪によって保護されている爪床部分を露出させ、皮膚の一部である爪床を無防備な状態にさらすこと」は傷害行為に該当し得る。
- 看護師が看護行為として患者の爪を切って爪床を露出させる行為は直ちに傷害罪の構成要件に該当しない(正当業務行為の判断)。
- 看護師が行う「爪ケア」は客観的には傷害罪に該当し得るとしても、正当業務行為として認められる必要がある。
今回の事例は、「爪によって保護されている爪床部分を露出させて皮膚の一部である爪床を無防備な状態にさらすことは、学説上の傷害※2(身体の生理機能を害すること及び、本人の意志に反してヒトの身体の外形に対して重要な変更を加えること)の見解からも、傷害行為といえる」として、第1審控訴審とも、看護師のミコトさんの「爪ケア」は客観的には傷害罪の構成要件で言うところの傷害行為に当たるとしました。
しかし、控訴審では、「本件のような、看護師が患者の爪を切り、爪床を露出させる行為が(1)看護の目的でなされ、(2)看護行為として必要であり、手段、方法においても相当な行為であれば、正当業務行為として違法性が阻却されるというべきである((2)の要件を満たす場合、特段の事情がない限り(1)の要件も満たすと考える。)なお、患者本人又はその保護者の承諾又は推定的承諾も必要」とし、看護師のミコトさんの爪ケアは看護行為として行ったものであり、本人・家族も「入院診療計画書」への同意をもって爪ケアを包括的に承諾しているとして、正当業務行為であると認めました。
memo※2 学説としての傷害の意義の分類
(1)人の生理的機能の傷害や健康状態の不良な変更(生理機能障害説)
(2)人の身体の完全性を害すること(身体の完全性侵害説)
(3)の生理的機能を害すること又は身体の外形に変更を加えること(折衷説)
本件の結末~看護師のミコトさんの爪ケアは正当業務行為が認められ無罪
控訴審では、1審判決が認めた傷害罪はいずれも事実誤認があるとし、「被告人の行為は看護目的でなされ、看護行為として、必要性があり、手段、方法も相当といえる範囲を逸脱するものとはいえず、正当業務行為として、違法性が阻却されると言うべきである」として無罪となりました。
[参考文献]
1)TKC法律データベース(2018年2月28日閲覧)
2)CBnews.看護師がフットケアで逮捕、「爪切り事件」を考える(2018年2月28日閲覧)
3)日本看護協会.「爪のケア」に関する刑事裁判判決をうけて(平成22年12月)(2018年2月28日閲覧)
[次回]
⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る
[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
谷口かおり
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員
Illustration:宗本真里奈