転倒のおそれがある患者の身体拘束! 裁判でネックになる3つのポイント

看護師さんにとって、医療事故や医療訴訟は決して他人事ではありません。
医療訴訟になった事例を元に、医療事故の予防・対処方法や、看護師さんが知っておくべき医療に関する法律などについて、やさしく解説します。
自分の身は自分で守れるように、実際の現場をイメージしながら読んでください。
第3回は、「転倒のおそれがある患者さんを身体拘束(身体抑制)した事例」についてのお話です。

 

 

大磯義一郎森 亘平
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)

 

 

人物紹介:夜間せん妄の患者さん(阿部さん)、看護師(由佳さん)、看護師(敦子さん

 

注意:登場人物の名前は、すべて仮のものです。

 

【実際に起こった医療事故例③:せん妄状態の患者さんの身体拘束

 

入院中の阿部さん(80歳、女性)は、夜間になると、大きな声で意味不明なことを言うなど、せん妄の症状が見られました。看護師さんら(由佳さん、敦子さん)は、阿部さんがベッドから転倒する危険性があると判断し、阿部さんの両手にミトン(抑制具)を着用させた上で、両手首に上肢抑制帯を付けてベッドの柵にくくりつけました。

 

翌朝、阿部さんには、右手首に皮下出血が、下唇に擦過傷ができていました。

 

注意:登場人物の名前は、すべて仮のものです。

 

先生!? 阿部さんとご家族が、病院を訴えたと聞きました…。

 

そのようですね。由佳さんや敦子さん(看護師)は、阿部さんが転倒して重大な傷害を負わないように身体拘束を行ったんですが、阿部さんやご家族には、そのように受け取ってもらえなかったようですね。

 

いくら転倒防止のための身体拘束でも、患者さんが嫌がっていたら抑制をするべきではないのでしょうか?
阿部さんには、身体拘束をしたことで生じたと思われる外傷もありますし。

 

これは、非常に難しい問題ですね。
実際、身体拘束の訴訟ではどのような点が問題になるか、ここで整理してみましょう。

 

〈目次〉

 

医療事故が発生した背景と原因

以前までは、医療・介護施設では、転倒・転落防止のために、安易に高齢者の身体拘束が行われていました。しかし、身体拘束は、患者さんに精神的苦痛を与えたり、患者さんの身体機能を低下させる危険性があるため、近年では、なるべく身体拘束を減らすべきと考えられています。

 

本件の医療事故の背景の詳細や、看護師さんの対応を一緒に見ていきましょう。

 

1変形性関節症のため入院していたが、歩行機能は回復の傾向に

変形性関節症のため入院していたが、歩行機能は回復の傾向に

 

阿部さん(80歳、女性)は、変形性脊椎症や腎不全狭心症などのため、病院に入院しました。入院当初は、腰痛のため歩行困難でしたが、徐々に軽快し、ベッドから車いすに移乗してトイレに行ったり、手すりにつかまり立ちしたりできるようになりました。

 

2夜間せん妄の症状が悪化し始めた

夜間せん妄の症状が悪化し始めた

 

しかし、入院から1週間程度経過した頃から、阿部さんは、夜間になると大きな声で意味不明なことを言いながら、ゴミ箱を触って落ち着かない様子を見せるようになりました。さらに、トイレで急に立てなくなってナースコールを押したり、汚れたティッシュを便器の中に入れずに自分の目の前に捨てるなど、夜間せん妄の症状がみられました。

 

また、何度もナースコールを繰り返し、おむつを替えてほしいと要求しました。これに対し、由佳さんが説明をしましたが、阿部さんは理解せず、1人でトイレに行った帰りに車いすを押して歩いて転倒したこともありました。

 

memoせん妄は元の状態に戻ることができる意識障害

せん妄とは、意識障害が起こり、頭が混乱した状態のことです。意識混濁や、精神運動興奮、錯覚、幻覚などを伴います。夜間に発症する場合は、「夜間せん妄」と言います。しかし、これらは一時的なもので、元の状態に戻ることができる(可逆可能な)意識障害です。

 

本事例では、入院による環境の変化などが原因だと考えられます。

 

3由佳さんや敦子さんが試行錯誤するも、阿部さんの状態は改善せず

由佳さんや敦子さんが試行錯誤するも、阿部さんの状態は改善せず

 

夜間せん妄が数日続いたため、由佳さんや敦子さんは、消灯前に阿部さんに入眠剤リーゼ®を服用させるなど、阿部さんを落ち着かせるために試行錯誤しました。しかし、何度もおむつの交換を要求したり、車いすに移乗して何度もナースステーションを訪れたり、車いすから立ち上がろうとして大声を出すなど、阿部さんの状態は改善しませんでした。

 

4興奮状態が収まらないため、やむを得ず、身体拘束を行う

興奮状態が収まらないため、やむを得ず、身体拘束を行う

 

阿部さんの状態が改善しないため、由佳さんは、このままでは阿部さんが転倒・転落するなどの危険があると考えました。また、同室者にも迷惑がかかると考えました。そこで、阿部さんをベッドごと、ナースステーションに近い個室に移動させることにしました。

 

しかし、阿部さんの興奮状態は一向に収まらずベッドから起き上がろうとする動作を繰り返したため、ベッドから転落の恐れがあると判断し、ミトン(抑制具)を使用して阿部さんの両手をそれぞれベッドの柵にくくりつけました。

 

5阿部さんが入眠したのを確認し、抑制解除。身体拘束の時間は約2時間

阿部さんが入眠したのを確認し、抑制解除。身体拘束の時間は約2時間

 

身体拘束された阿部さんは、口でミトンをかじり、片方を外してしまいましたが、やがて眠り始めました。由佳さんらは、ナースステーションから時折、阿部さんの様子を伺っていましたが、阿部さんが入眠したのを確認して、もう片方のミトンを外しました(拘束時間は約2時間)。

 

そして、明け方に阿部さんを元の病室に戻しました。このとき、由佳さんは、阿部さんに右手首皮下出血と下唇擦過傷があることに気づきました。

 

この結果、阿部さん、およびその家族が、違法な身体拘束をしたとして、600万円の損害賠償請求を行いました。

 

医療事故から学ぶこと ~ 切迫性、非代替性、一時性の3要件を満たす必要がある

Point!

  • 「切迫性」、「非代替性」、「一時性」の3つの要件が満たされている場合のみ、身体拘束を行うことが可能です。
  • 医療訴訟になった場合でも、上記の3つの要件が満たされていた記録が残っていれば敗訴する可能性は低くなります。

 

「切迫性」についての確認

最高裁判所は、阿部さんが転倒・転落によって、骨折などの重大な傷害を負う危険性は極めて高いと判断しました。

 

このように判断した理由として、阿部さんが高齢(当時80歳)で、4ヶ月前にも他病院で転倒して恥骨を骨折していたことや、本件でも阿部さんはナースコールを繰り返し、由佳さんらの説明を理解しないまま、車いすを押して歩いて転倒したということが挙げられました。

 

切迫性があると判断する上での大切なポイントの一つは、身体拘束を行う以前に転倒があったかどうかです。

 

「非代替性」についての確認

最高裁判所は、由佳さんら(看護師さん)が付き添っていても、阿部さんの状態が好転したとは考え難いと判断しました。また、深夜に長時間にわたって、由佳さんが阿部さんに付きっきりで対応することは困難だと判断しました。

 

このように判断した理由として、由佳さんが、何度も阿部さんを落ち着かせようと努力したが、阿部さんの興奮状態は一向に収まらなかったこと。また、夜間の時間帯では、当直の看護師さん3名で、27名の入院患者さんに対応していたという現場に人的余裕がなかったことが挙げられました。

 

非代替性の要件が認められる大切なポイントは、症状(状態)の改善が難しいかどうか、人的余裕があったかどうかです。

 

皆さんの多くも実感したことがあると思いますが、現在の医療現場では人手が不足することが珍しくありません。理想論だけでなく、時には、現実の医療現場の視点で身体拘束以外の手段が可能かどうかを見極めることも重要です。

 

「一時性」についての確認

最高裁判所は、拘束時間が転倒・転落の危険を防止するための必要最小限度の時間だったと判断しました。

 

このように判断した理由として、ミトンの片方は、阿部さんが口で噛んで間もなく外してしまい、もう片方は、由佳さんが阿部さんの入眠を確認して速やかに外したため、拘束時間は約2時間にすぎなかったということが挙げられました。阿部さんの入眠後、すぐに由佳さんがミトンを外したことが、「一時性」があったと認められた大きなポイントです。

 

一時性と判断する上での大切なポイントは、拘束時間が必要以上に長くなかったか、長時間の拘束のために傷害が生じていないかどうかです。

 

裁判でも必ず問われるため3つの要件の確認は必須

上記の最高裁判所の3要件の判断は、医療現場で働く皆さんにとっては当たり前のことだと思われるかもしれません。しかし、裁判では普段から当たり前のことをしっかりと行っていたか否かが問われます。

 

身体拘束を行う際には、「切迫性」「非代替性」「一時性」の3つの要件が本当に満たされているか、しっかりと確認しましょう

 

本件の結末 ~ 最高裁判所まで争った結果、病院側の主張が認められ、損害賠償は発生せず

本件は、最高裁判所まで裁判が続きましたが、判決が二転三転した点が珍しい裁判でした(地方裁判所と最高裁判所の判決は同じで、高等裁判所の判決のみ異なる)。

 

最終的に、最高裁判所の判決では、看護師さんらが行った身体拘束は、「転倒・転落によって、阿部さんが重大な傷害を負う危険を避けるため、緊急にやむをえず行った行為」だとして、診療契約上の義務違反にはあたらないと判断しました。そのため、病院側の主張が認められ、損害賠償は発生しませんでした。

 

最高裁まで裁判が続くなんて、とても長い時間がかかったんですね。

 

病院や医療者側に明らかなミスがあったならともかく、患者さんのことを考えて行った行為で訴えられるのは精神的にも辛いですね。
時には、身体拘束を行わざるを得ない場合もあるという医療現場の実情をもっと社会に理解してもらい、社会的な合意形成を作っていきたいですね。
第2話では、身体拘束について詳しくみていきましょう。

 

[次回]

第2話:身体拘束は限定的な行為! 切迫性・非代替性・一時性を満たすことが条件

 

⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る

 


[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
森 亘平
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員

 


Illustration:宗本真里奈

 


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