看護師さんや医療機関が負っている、安全配慮の義務と契約を守る義務

看護師さんにとって、医療事故や医療訴訟は決して他人事ではありません。
ここでは、医療事故を起こしてしまったときに看護師さんが知っておくべき医療に関する法律の知識を解説します。
第2話では、「知らない間に患者さんが転倒骨折した事例」から学ぶ、「看護師さんや医療機関が負っている、安全配慮の義務と契約を守る義務」というお話です。

 

 

大磯義一郎森 亘平
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)

 

第1話では、『知らない間に患者さんが転倒骨折した事例』を紹介しましたが、ここでは、医療機関や看護師さんが守るべき義務について解説していきます。

 

看護師さんは、患者さんの安全に配慮する義務があると思います。
ほかにはどんなことがあるんだろう? しっかり覚えていきたいと思います。

 

〈目次〉

 

医療機関が患者さんに負う義務は2つある

医療機関(看護師さん含む)が患者さんに負う義務には、安全配慮義務と、契約を守る義務の2つがあります。

 

患者さんが転倒したり、転落したりする医療事故は、皆さんの施設でもしばしば発生していると思います。医療機関は、患者さんの安全に配慮する義務があるため、第1話『知らない間に患者さんが転倒し骨折! 要介護5の状態になった責任はどこに?』でも、この義務について裁判で争われました。

 

しかし、今回の裁判では、契約違反(債務不履行)についても争われていたんです。こちらも併せて、解説します。

 

安全配慮の義務は果たされていたのか?

地方裁判所は医療施設側の責任を認めた

地方裁判所の判決では、「常に患者さんを見守り、付き添うことは要求されていなくても、医療機関(看護師さん)は患者さんの安全を確認する義務がある」と判断しました。つまり、医療機関は、定期的に巡回看視する必要があると示しました。

 

さらに、巡回看視の間隔が50分間では、患者さんに何かあった際に対処できないため、施設側の巡回看視の間隔は、不適切だと判断しました。

 

*詳細については、参考付録「裁判の判決①(福岡地判)」をご覧ください。

 

高等裁判所は医療施設側の責任を認めなかった

しかし、高等裁判所は、医療施設側の責任を認めないという、地方裁判所とは異なる判断をしました。これは、「転倒は突発的に発生するため、患者さんに常時付き添うこと以外に防ぐことはできないため、事故を防ぐことはできなかった」という考えです。

 

つまり、巡回看視の頻度を増やしても、転倒・転落を回避できないため、医療施設側に責任はないと判断しました。

 

*詳細については、参考付録「裁判の判決②(福岡高判)」をご覧ください。

 

巡回看視の間隔が長くても、安全配慮義務違反ではない

上記の結果から、安全配慮義務について、医療施設側に違反はなかったと判決されました。

 

つまり、巡回看視の間隔が長くても、安全配慮義務違反ではないということです。

 

memo安全配慮義務に関する法律

一般的に、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」(最判昭和57年3月30日民集135号563頁)を行うことが求められる、という判例があります。

 

契約違反はなかったのか?

施設サービス計画書に記載された目標内容が落とし穴

本件では、安全配慮義務の違反だけでなく、医療施設側の契約違反(債務不履行)についても裁判で争われました。これは、山田さんが入所する際に、施設の担当者が提出した施設サービス計画書の内容に違反していると指摘されたためです(表1)。

 

 

表1契約に違反していると指摘された施設サービス計画書の主な内容

契約に違反していると指摘された施設サービス計画書の主な内容

 

表内の3点が契約に違反していると指摘されました。

 

このため、春香さんら(看護師さん)が、山田さんに付き添うという約束があったにもかかわらず、医療施設側がそれを怠ったと、判断されました。

 

memo約束したことを守らなければ債務不履行になる

債務不履行とは、契約(約束)を行ったことによって発生した義務(債務)が、契約の文言どおりには果たされなかったことを指します。本件の場合では、契約時に、医療施設側が山田さんに提案した行為を果たさなかったという点が、債務不履行に当たるのではないかと問題視されています。

 

たとえ実現不可能でも、約束した以上は契約内容を守らなければならないのが原則

医療機関は、契約の内容にかかわらず、その施設の性質にあった安全配慮義務を負います。さらに、個々の患者さんと特別な約束をした場合には、その約束通りの医療・看護を提供する義務があります

 

本件では、施設サービス計画書の記載から、常時、看護師さんが患者さんに付き添うという約束があったとして、裁判で争われました。結果的には、裁判所が、「約束の内容を合理的に解釈すれば、常時付き添う約束をしたとまでは認められない」と判断したため、医療施設側の責任にはなりませんでした。

 

*詳細については、参考付録「裁判の判決③(福岡地判)」をご覧ください。

 

契約にかかわる看護契約書などには実現不可能なことは記載しない

しかし、たとえ現実的に著しく困難であろうとも、一度約束をした以上は、契約として当然守らなければならないというのが、契約の原則です。 入院療養計画書や看護計画書などに、現実的に実行困難なことを「目標として」でも記載してしまうと、それが契約の一部として、医療事故が発生した際に、裁判で争われてしまいかねません。

 

看護計画書などを立案・作成する際には、実現困難・不可能な内容は記載しないように、くれぐれも注意してください。

 

まとめ

本件は、医療施設側の安全配慮義務違反、および医療施設側の債務不履行の2つが争点となりました。

 

前者については、常時、看護師さんが患者さんのそばにいること以外は、転倒を防ぐことができません。そのため、巡回看視の間隔が長かったことが安全配慮義務違反には当たらないと判断されました。後者については、常時、患者さんを監視するということは、金銭的、および人的労力が大きく必要になります。そのため、通常、医療施設と患者の間に取り決められる医療契約の範疇を超えていると判断されました。これら両者の結果から、医療施設側の責任は認められませんでした。

 

しかし、安全配慮義務違反や債務不履行の問題は、うっかりしていると陥りやすい失敗です。くれぐれも、上記について注意して、日々の業務に取り組んでください。

 

[次回]

第3話:Q & Aでわかる 医療訴訟の件数と看護師さんが訴訟に合う件数

 

⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る

 

* * *

 

参考付録裁判の判決①(福岡地判;平成24年4月24日)

「入所者に対して安全配慮義務を負う被告が、認知症かつ転倒の危険がある原告を預かってその自立的な歩行を認めるという前提に立つ以上は、定期的に原告の動静に注意を払うことにより、具体的に予測される危険がある場合には速やかに駆けつけて対処し、実際に事故が発生してしまった場合にも速やかに駆けつけて救助ができるようにしておくことは最低限必要と言える。その意味で、常時原告を見守り原告の歩行に必ず付き添うことまでは要求されないとしても、定期的に原告の動静を確認し、その安全を確認すべき義務が被告にはあるということができる。

 

どの程度の時間間隔を置いて定期的に動静を確認すべきかは、その時の入所者の状況、予測される危険の程度、人員の配置状況にもより一義的に確定し得るものではないが、本件においては、上記のとおり、50分間にわたり、原告の安全が確認されていなかった。その間、被告職員の誰かが、原告の安否に意を払っていた形跡はなく、その間、原告は放置されていたと言ってよい。50分間という時間間隔は、認知症に罹患している入所者に、何らかの事故の危険が具体的に生じ、又は、現に事故が起こった時に、速やかに駆けつけ、対処ないし削る救助できることができる時間とは到底言えないところであり、50分にわたり原告を放置してしまった被告には、この点で、動静確認を怠った過失があるというべきである。」

 

本文解説に戻る

 

参考付録裁判の判決②(福岡高判;平成24年12月18日)

「過失があると認められるためには、過失として主張される行為を怠らねば結果を回避することができた可能性(結果回避可能性)が認められることが必要であるところ、転倒はその性質上突発的に発生するものであり、転倒のおそれのある者に常時付き添う以外にこれを防ぐことはできないことからすると、被控訴人の動静を把握できないという上記職員らの行為がなければ本件事故を回避できたものと認めることはできない。」

 

本文解説に戻る

 

参考付録裁判の判決③(福岡地判;平成24年4月24日)

「確かに、前記のとおり、原告(本文では山田さん)はレビー小体型認知症に罹患しており、歩行の安定を欠いており、転倒しやすい状況にあったもので、そのことを被告(医療法人A)も認識していたことは、被告自身が、原告の転倒防止を目標に掲げていたことからも明らかである。その意味で、被告の職員が、原告に常に付き添うことが最も理想的であることは間違いがない。

 

しかし、だからと言って、原告の歩行の際には被告の職員が必ず付添うべき義務が被告にあると即断することはできない。なぜなら、原告がひとりで歩行することのないように身体拘束を導入するのでない以上(身体拘束をすべきであったとは原告も主張するところではない。)、原告の歩行の際に必ず被告職員が付き添うべきとすることは、被告において、原告のための専従職員一人を雇うにも等しく、極めて大きな費用と労力を要することが明らかであり、入所契約の合理的意思解釈として、その契約の範疇に当然に属するとは言い難いからである。原告と被告の間で締結された入所契約の中にかかる義務が含まれていたと言えるには、その旨の合意が契約の中身として特に確認し得ることが必要である

 

・・・以上に検討したとおり、原告と被告の間の契約内容に鑑みて、被告職員が原告の歩行に必ず付き添う義務までは被告にはないと解される。」

 

本文解説に戻る

 


[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
森 亘平
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員

 


Illustration:宗本真里奈

 


SNSシェア

看護ケアトップへ