遺伝と染色体|子孫をつくる(1)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、生殖についてのお話の1回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、免疫反応の流れについて知りました。
今回は遺伝と染色体の世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
性の違いが死を生んだ
地球が誕生して30億年もの間、世界は単細胞生物のものでした。この単細胞生物の強みは、分裂を続ければいくらでも仲間が増やせること。しかも、その仲間は自分と全く同じ、瓜ふたつの特徴をもっています。
ところがある日、それとは全く違う方法で、子孫をつくる生物が誕生しました。多細胞生物たちは、メスとオスの違いを利用して、それぞれの遺伝子を半分ずつ持ち寄り、それを合体させて、新しい生物を作り始めたのです。
いわゆる有性生殖の始まり、です。このことは、その後の生物に大きなメリットとデメリットをもたらしました。メリットとは、それぞれの個体が多様性をもてるようになったこと。2つの個体の特徴をさまざまに組み合わせることで、変化する環境にも適応できる個体が生まれやすくなったのです。
ところが、それは同時に多くの面倒ももたらしました。子孫を残すにはまず、交尾の相手を探さなければなりません。運よく相手がみつかっても、メスが無事に妊娠・出産できる環境がなくてはなりませんし、子どもが生まれれば、子育てだって、しなくてはならないのです。
もっと大きな転換は、「死」という概念が生まれたことでした。分裂によって「自己」を無限に増殖させていく単細胞生物に、死は訪れません。ところが、ヒトを含む多細胞生物の多くは、生殖によって遺伝子の半分だけを次の世代に伝え、自らは死んでいきます。私たちは「死」と引き換えに、「多様性」という未来を手に入れた、ともいえるのです。
性の違いによらない生殖を無性生殖といい、大腸菌などは、この生殖方法で仲間を増やしているのよ
それにしても、性の違いが死の始まりだなんて……
個体は死んでも遺伝子は死なないので、生命は永遠ともいえます。イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスは、著書『利己的遺伝子』の中で、動物のからだはすべて、遺伝子の乗り物に過ぎない、といっています。つまり、遺伝子は古くなった個体を捨てて、次々に新しい個体に乗り換えているだけだ、ってね
そういわれると、なんだかむなしいな
遺伝にかかわるのは、生殖細胞だけ
親から子へ、その「形質」―顔や手足の形、皮膚や目の色、くせや行動など―が受け継がれる現象を、遺伝といいます。身体の中で遺伝にかかわるのは一部の生殖細胞だけです。体細胞とよばれるほかの細胞は、身体を構成するタンパク質はつくりますが、親の性質を子どもに伝える機能はもちません。
つまり、遺伝子は遺伝子でも、自分と同じものを複製するための遺伝子と、子孫をつくるための遺伝子は、実はちょっと違うのです。
遺伝子は、細胞をつくるために必要なアミノ酸の配列情報が書かれた部分だと習いましたよね。生殖細胞の遺伝子は、これとどう違うんですか?
体細胞の遺伝子は、ナスカさんの両親がもつ特徴を記憶して、それをアミノ酸の配列情報に変えているけれど、次の世代にまでそれを伝える機能はないの。ところが、生殖細胞の遺伝子は、ナスカさん自身の特徴を記憶して、それを子どもに受け渡すことができます。これが大きな違いね
うーん、どうして生殖細胞だけそんなことができるんだろう
それを理解するにはまず、染色体のことを知らなくちゃ
染色体って、DNAがタンパク質に巻き付いた、ネックレスみたいな、あれのことですよね?
ヒトの染色体は合計46体
タンパク質にDNAの糸を巻き付つけ、絡みにくくしたかたまりが染色体です。生殖には、この染色体の数が大きく関係しています。
ヒトの体細胞にある染色体は46本です。このうち44本は、2つずつ対になったおそろいで、常染色体とよばれています。大きい順番に1、2、3と番号が付いています。残りの2本は性染色体で、大きめのX染色体と、小さめのY染色体があります。男性の体細胞ではXYの組み合わせ、女性の体細胞ではXXの組み合わせになっています(図1)。
図1ヒトの染色体
ここで、ちょっと想像してほしいことがあります。
仮に、精子が44本+XY、卵子が44本+XXの染色体をもってそのまま受精したとすると、受精卵は合計88本+XXXYの染色体をもつことになります。ところが、生まれてくる子どもの染色体を調べても、正常な場合、染色体の数は親と同じ、44本+XYか44本+XXです。
これはいったい、どういうことなのでしょうか?
2つの細胞が合体して1つの受精卵ができるのに、染色体の数は1つの細胞分しかない。いわれてみれば、不思議ですね
これには、減数分裂が関係しているの
減数分裂?
成熟した精子や卵子は、ほかの細胞の半分しか、染色体をもっていません。生殖細胞が「成熟する」ということは、核の中の染色体を半分にして、もう半分を受け入れる状態をつくることなのよ
なるほど。それで精子と卵子が受精しても、染色体の数は46本のまま、なんだ
精子の染色体が性差を決める
生まれてくる子どもの性差の決定にも、この減数分裂が関係しています。減数分裂した卵子は必ず22本+Xの染色体をもちますが、精子の場合、22本+Xの染色体をもつものと、22本+Yの染色体をもつものに分かれます(図2)。
図2遺伝子的性の決定
したがって、22本+Xの卵子と22本+Yの精子がくっつけば男の子(44本+XY)、22本+Xの卵子と22本+Xの精子がくっつけば女の子(44本+XX)が生まれてくる、というわけです。
ところで、卵子と精子をつくる生殖器は何か、知っているわね
卵子は卵巣、精子は精巣ですよね
実はその2つ、もともとは同じだっていうことも、知っていたかしら?
卵巣と精巣が、もとは同じ?
男性決定遺伝子──SRY遺伝子とは
生殖器をつくっていく原始生殖腺は、はじめのうちは男女共通です。そのまま発生すると、髄質が退化して皮質が卵巣になり、原始生殖管のウォルフ管が退化してミュラー管が卵管や子宮、腟上部に分化していきます。つまり、原始生殖腺は放っておくと、女性の生殖器を作るようにできているのです。
こうした女性化を防ぐのが、Y染色体です。Y染色体の短腕先端付近には、SRY遺伝子(精巣決定遺伝子)とよばれる男性決定遺伝子があり、妊娠8週目ごろから男性ホルモンのテストステロンとミュラー管抑制因子が分泌され、これらが胎児の生殖器を男性化していくのです。
男性化が始まると、皮質は退化して髄質が精巣となり、ミュラー管が退化してウォルフ管が精巣(せいそう)上体、精細管、精嚢(せいのう)などに分化していきます。
このように胎児のころに男女それぞれの生殖器が形成されることを第一次性 徴といい、思春期になってそれ以外の部分で性差が出てくることを第二次性徴 といいます。
コラム遺伝子にも強弱がある――優性遺伝と劣性遺伝
「目はお母さんに似て二重だけれど、耳はお父さんそっくりだ」なんて、いわれることはありませんか? 両親から受け継いだ特徴は、同じ部位に関して同時に出てくることは、めったにありません。ほとんどは、強い影響力をもつ遺伝子の性質が現れることになります。
たとえば、お父さんの髪の色が黒で、お母さんの髪の毛が茶色がかかっているとすれば、生まれてくる子どもの髪の毛は黒になる確率が高くなります。この場合、髪の色に関して、父方が優性遺伝、母方が劣性遺伝と呼びます(図3)。
図3優性遺伝と劣性遺伝
誤解しないでほしいのですが、優性だからといってその形質が生存に有利なわけでも、劣性だからといって形質として劣っているわけではありません。意味としては「強弱」と考えるとわかりやすいでしょう。
[次回]
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本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版