多細胞生物が備えた物流システム|流れる・運ぶ(1)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、循環器系についてのお話の1回目です。
[前回の内容]
細胞の世界を冒険するナスカ。細胞がたんぱく質やエネルギーを生み出すと同時に自らゴミ処分までしていることをしりました。
今回は、血管の中を旅することに・・・
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
多細胞生物が備えた物流システム
生物のなかには、アメーバやゾウリムシのように、たった1つの細胞だけで生きているものがあります。いわゆる単細胞生物たちです。
彼らの身体には、小型ながら独立して生きていくための、必要十分な装置が備わっています。
では、彼らのような単細胞生物と、60兆個もの細胞が寄り集まった多細胞生物(ヒト)との違いはどこにあるのでしょうか。単細胞生物にはなくて、多細胞生物にはあるもの。それは、細胞が寄り集まってできた組織であり、器官です(図1)。私たちの身体は、似たものどうしの細胞が寄り集まることで、たった1つの細胞ではなし得ない、高度な働きを実現しています。
一つひとつの細胞を人間にたとえるなら、組織や器官はその人間が集まってできた「社会」のようなものです。そして、その社会を支えるためにはどうしても、心臓と血管、血液を使った高度な物流システムが必要でした。
このすばらしく発達した物流システムは、脳から手足の末端に至るまで、すべての細胞を養うに十分な栄養素と酸素を24時間365日、一時も休むことなく供給し続けています。
ここでは、このすばらしい物流システムについてお話します。
画期的だった血液循環説
血液が全身を循環していること、そしてそのポンプの役割を心臓が担っていることは、知っているわよね?
やだなー、先生。私だって、それくらいはわかりますよ
ごめん、ごめん。でもね、それさえ常識ではなかった時代もあるのよ
ほんとですか
ほんとよ。古代ローマでは、血液は循環しないと考えられていました
エッ、循環しない……、どうなるんですか?
血液は肝臓で生まれ、全身に運ばれて消費される。つまり、消えてなくなってしまうと考えられていたの
消えてなくなる……。じゃあ、血液がいまのように全身を巡っていることがわかったのは、いつですか?
1628年にイギリスの医学者であるウィリアム・ハーヴェイが血液循環説を発表してからよ
ウィリアム・ハーヴェイの実験
「血液は循環しない」と考えられていた当時、ウィリアム・ハーヴェイ(WilliamHarvey、1578~1657)はどうやって、循環説を論証したのでしょうか。
やや古い本ですが、中村禎里著の『血液循環の発見―ウィリアム・ハーヴェイの生涯』(岩波新書、1977年)に、その詳細が載っています。
それによると、ハーヴェイはまず、心臓の拡張期に左心室に含まれる血液の量を想定しました。その量に、一定の時間内に心臓が拍動する回数をかけて、その間、どれくらいの血液が送り出されるかを推計しようとしたのです。
すると、驚くようなことがわかりました。計算の結果、30分間に心臓から送り出される血液量は12~25kg程度で、全身中にある血液量より、ずっと多かったのです。
ハーヴェイは、さらに実験と解剖を繰り返します。その結果、1拍動あたり心臓と肺を通過する血液の量を最小に見積もったとしても、食物から供給される量(血液は食べ物から直接つくられると考えられていた)とは比較にならない莫大な量の血液が、動脈や全身に排出されることを確認しました。
ハーヴェイは血液循環説を発表した論文のなかで、静脈にある弁は常に心臓の方向を向いていること、そしてそれは、大きな静脈から小さな静脈には流れない、つまり逆流しないためであることも、指摘しています。
血液は循環している。こんな当たり前のことを確かめるのも、当時は大変だったんですね
そうよ。偉大な発見とはいつも、常識を疑うことから始まるの。ところでナスカさん、心臓って、右と左では役割がまったく違うって知ってた?
えっ、心臓って1つの臓器じゃないんですか
もちろん、外から見たら1つの臓器。でも、右側と左側では、働きが全く違うともいえるわね
どういうことですか
右側は、全身を巡って心臓に戻った血液を受け取り、肺へと送り出す。左側は、肺から心臓に戻った血液を受け取って、全身に送り出す。正常な心臓では、両者の流れが交わることは絶対にないの
心臓の位置と構造
心臓は、胸腔内で左右の肺にはさまれ、横隔膜の上にあり、胸骨中央線より2/3は左に片寄って位置しています。心軸は右上後部(心基部)から左下前部(心尖部)に向かって走っています。心臓は線維性心膜(外層)と漿液性心膜(内層)に包まれています(図3)。
心臓は心筋とよばれる特殊な筋肉でできています。その大きさはちょうど「握りこぶし」くらい。重さは、成人でおよそ300gです。
心房中隔と心室中隔により左右に仕切られた内部はさらに、弁膜によって心房と心室に分かれます。つまり、心臓の中には、右心房と右心室、左心房と左心室という、合計4つの空間があるわけです(図4)。
空間を仕切っているのは、弁とよばれる扉です。右心房と右心室の間にある房室弁は、3つの弁尖からできているため三尖弁ともよばれます。
左心房と左心室の間の房室弁は僧帽弁といい、2つの弁尖からできています。また、右心室と肺動脈の間には肺動脈弁が、左心室と大動脈の間には大動脈弁があります。肺動脈弁と大動脈弁は、半月弁ともよばれます(図5)。
心臓はよくポンプにたとえられますね。でも、このポンプ作用にかかわっているのは、心室と弁の動きだけ。心房は戻ってくる血液を受け取るだけで、ポンプ作用には直接関係ないの
血液を送り出すのはあくまで、心室の動きということですね
そう!
それにしても先生、心臓の右側と左側で、動きがバラバラになったりしないんですか
それなら心配いらないわ。刺激伝導系って、聞いたことないかな
心臓の刺激伝導系
心臓の拍動は、心臓内の特殊な筋肉である刺激伝導系によってコントロールされています。リズムはまず、洞房結節でつくられます。それはやがて周辺の筋肉へと伝わり、やがて心臓全体を同じリズムで拍動させます。洞房結節が作り出すリズムが刺激伝導系を伝っていく順番は、図6のとおりです。
なるほど、これなら乱れる心配はないですね
ただし、心筋に異常があったり、刺激がうまく伝わらなかったりすると、心臓の拍動が乱れることはあります
それってつまり、不整脈?
そうよ。不整脈にもいろいろあって、心拍数が1分間に100回を超えると頻脈、反対に心拍数が減って1分間に60回以下の場合を徐脈とよんでいます
速すぎてもダメ、遅すぎてもダメってことですね
そういうことね
・・・ドックン、ドックン、ドックン・・・
先生、何か音が聞こえてきましたよ
それは、ナスカさんの心音よ
えっ、私の?
心音って、なんだかわかるわよね
心臓が拍動している音のことですよね
そう。ちなみに、あのドックン、ドックンって、どういう音だと思う?
そりゃ、心筋が動いている音に決まってますよ
違うのよ。あれは、弁が閉じる音。診察時、聴診器をあてて心音を聴くでしょう?あれは、そのリズムを聴きながら、心臓に異常がないかどうかを探っているのよ
心周期と心音
心臓では、左右の心房はほぼ同時に収縮し、心房が拡張を始めると、今度は心室が収縮します。1回の拍動で心房と心室が収縮し拡張するまでの過程を、心周期とよんでいます。心周期は、等容性収縮期、駆出期、等容性弛緩期、流入期、心房収縮期の5つに分けられます。それぞれ、心臓がどんな状態を指すのか、図7と合わせて確認してみてください。
ちなみに、聴診器を使って心音を聴くと2つのはっきりした音を確認することができます。先に聞こえるのは房室弁の閉じる音(Ⅰ音)、2つめに聞こえるのは、半月弁の閉じる音(Ⅱ音)です。Ⅰ音はより強くて長く、Ⅱ音は短く鋭い特徴があります。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版