救急車は有料がいいか無料がいいか?

 

どうも、みなさんの薬師寺です。

前回、救急車の適正利用について書かせていただきました。かなり反響が大きくて、2人ほどの読者様から、「わかるー」「言いたいことを上手に言語化していただいた!」などと直接お声をいただきました。

 

まさかこんなマッチ棒の炎上にも近い反応をいただけるとは思わなかったのですが、前回やると言ってしまったので、今回は引き続き救急車の利用について、特に「救急車の有料化」の話題を扱いたいと思います。

 

 

実は救急車は無料じゃない…よ?

さてさて、前回も書いたのですが、日本の救急搬送は限界にも近い状況になっております。

 

出動件数はどんどん増え、救急車の到着までの時間は延びに延び、病院も需要の高まりからいつでも応需できるような状態ではなくなってしまってます。そのため、搬送先選定に時間を要するどころか、119に電話がつながらないというとんでもない状況も見受けられました。

 

一方で、軽症であったり、「さすがに救急車でなくても良いのではないか」という不急の(と大多数の人が考えるだろう…)要請もあったりという状況で、どうやったら必要十分なサービス提供につながるだろうかという視点も生まれているのです。

 

需要・供給バランスを整える方法は二つしかありません。

 

「需要をどうにかするか」もしくは「供給をどうにかするか」です。しかし、供給はどうにもならんということで、需要を下げる議論が活発(?)になされています。

 

需要の高まりを抑える一つの方法として提言されているのが救急車の有料化です。

 

いやこれも前回書いたのですが、本当に意味不明なんですよ。
大前提だと思っているので、改めて強調しますけど、「救急車が無料という発想はおかしいです」

 

救急車は、日本において行政サービスとして税金で賄われています。
窓口支払いがないという意味で「無料」と言われますが、サービス供給側は対価をもらっていますし、何らかの形でみんな税金を払って、みんなの力でサービスの維持をしているわけです。「自衛隊は無料で動いてくれる」とか言ったら変な感じしません?

 

税金を支払って、税金の使い道の一つとしてみんなが必要だと考えるシステムを運用しているという観点がなぜ抜け落ちるのでしょうか?

 

今一度、きちんと税金の使い道について考えれば、有料だの無料だの言うのがナンセンスだと気が付くと思われますので、本当に残念です。モラルに期待できないという現実を見せつけられているようで、気持ちがどんよりと暗くなります。

 

…とまあ、愚痴はこの辺にして、救急車を利用する際に、利用者負担にするのが良いか、それとも現状のように利用者が別途負担することがないようにするか、どちらが良いかを考えてみましょう。

 

救急車が『有料』の国と比べてみよう

現状、救急車を利用するたびに料金を請求される国と、そうでない国が混在しています。
例えば、イギリス、イタリアなどは日本と同じように料金の都度請求はありませんが、カナダ、ドイツなどは、都度約5~6万円の請求がなされます。実はこの5~6万円というのはそれなりに理にかなった価格です。

 

救急車,不適切利用

 

1台の救急車を24時間体制で維持するために、どれだけの人数が必要か考えてみましょう。
4週間は672時間で、3人が常に勤務するとしたら2,016時間分です。
1人40時間/週働くとして、12.6人が必要になります。
1週間に1人が24時間勤務を2回という計算なら、10.5人必要です。

 

次に、1件の出動に対してかかる費用を考えてみましょう。

 

人件費として年間6,000~7,000万円。
さらに、現在、およそ消防が運用している救急車が6,300台くらいで、年間の出動件数が700万件くらいなので、1件あたりにすると5~6万円です。
つまり、人件費を受益者(受診患者)負担で賄っていることになるのです。

 

ただ、オーストラリアや米国の州によってはその倍やそれ以上の金額を徴収されていたり、フランスやシンガポールでは重症度や緊急度が低い場合には支払いが生じたりするなど、さまざまなやり方、価格帯が存在しています。

 

……と、このように世界を見渡してみると、唯一の正解らしきものはありません。料金を都度支払うとなると、どのくらいの価格にするのかという点をみんなで考えなくてはなりませんが、多くの人が納得する線引きができるでしょうか?

 

正直、薬師寺には思いつきません。志ある政治家が自らの政治生命を賭けて、エイヤっと決めてしまえば右に倣うのが日本人でしょうけど、これは一筋縄ではいきません。

 

では、価格帯は置いといて、都度支払いにするメリットとデメリットを考えてみましょう。

 

救急車を都度払いにするメリット・デメリット

まずはメリットですが、税金以外に行政サービスを担保する財源が生まれます。サステナビリティ(持続可能性)を考えれば、無理のない運用は重要です。

利用者負担にすると、需要を抑制することができるかもしれません。ただ、「できるかもしれない」だけで、「できないかもしれない」ということもあり得るわけです。

 

例えば、米国では医療保険で救急搬送代金が賄われるものの、個人負担もある程度あります。それでは不適切利用がないかというと、実はそうでもないのです。
何をもって不適切とするか線引きが難しいのは確かですが、少なくとも軽症の救急搬送がないかというと全くそんなことはありません。呼ぶ人は呼びます。どのくらい減れば満足いくか、目安を設けておく必要がありそうです。

 

また、米国を参考にするなら、救急車を呼ばなかった場合に、waik-inで救急外来を受診することが考えられます。
結局、通院手段が変わっただけで救急外来への物理的な負担は変わらないため、救急車の受け入れのハードルの高さは変わらないかもしれません。

 

救急要請をしにくくするメリットを最大化するのであれば、walk-inだろうと救急車だろうと、受診患者さんをまずトリアージして、急がないのであれば待ち時間を許容していただく。病院としてそういった受診のあり方を変えていくことも求められているような気はしています。

 

ではデメリットについて考えてみましょう。これは3点ほど考えられます。

 

まずは、利用控えすぎ問題
本来救急車を呼ぶべき人が過度に救急要請を控えてしまい、不利益を被るかもしれないことが考えられます。
本来軽症で済んだ人が、我慢して重症になってから搬送されてしまうと、トータルで考えると医療費が増え、社会保障費の増大につながるかもしれません。

 

2つ目の問題は、誰が救急車を呼んだのか問題
本人が要請すれば本人が払えば良いのでしょうけど、例えば周囲の人が救急車を呼んだ場合。本人が一過性意識消失などで意思疎通が取れないような時は、意識が戻るまで待つべきでしょうか? 搬送中に意識が改善して、搬送をやめてくれと言い始めたら、その場で下ろすのでしょうか? 
安易に救急車を要請した他者に陰性感情が生まれかねません。世知辛すぎません?

 

3つ目の問題は、過度のサービスを要求されかねない問題
「金払っているのに○○してくれないのか!?」「金払っているのに希望する病院に搬送できないのか!?」などと言う人が発生するだろうことは容易に想像できます。
救急車で来た軽症の人を優先的に診療しなければならない空気が生まれることでしょう。

 

 

新時代の『救急外来』に求められていること

薬師寺としては、今のままで良いなどとは思いませんが、メリット・デメリットあれこれ考えた結果、現状のシステムをいかに上手に利用していくかを考えるのが日本に合っているのではないかと考えています。

 

呼べば救急車が来てくれる、適切な医療が適切な時に適切な場で提供され、そしてそれを税金の範囲で賄える。
そんな体制を維持するために、日々我々も変わっていかねばなりません
工夫というほどではありませんが、薬師寺が普段、配慮していることを記載して今回のコラムを終えます。

 

まずは、とりあえず救急車を受けること。さまよえる救急車は1台でも減らす努力をしています。

 

同時に、自力で病院に来られそうな雰囲気であれば、必ず診療することをお伝えして、搬送を辞退していただいています。「安易に救急車を呼ぶな、でもあとは知らん」では無責任すぎます。

 

そして、待てる患者さんは待っていただく方針としております。緊急度の高い患者さんをできる限り救命救急センターに送り、緊急度が低ければ、どんなに重症度が高くてもお待ちいただくのです。このトリアージの質を高めていくことこそ、新時代の救急外来に求められていることだと個人的には考えています。

 

執筆

薬師寺慈恵病院院長薬師寺泰匡

富山大学卒。初期臨床研修中に日本の救急医療の課題や限界に触れつつ、救急医療の面白さに目覚め、福岡徳洲会病院ERで年間1万件を超える救急車の対応に勤しむ。2013年から岸和田徳洲会病院の救命救急センターで集中治療にも触れ、2020年から薬師寺慈恵病院に職場を移し、2021年1月からは院長として地方二次救急病院の発展を目指している。週1回岡山大学の高度救命救急センターに出入りして、身も心もどっぷり救急に浸かっている。呼ばれればどこにでも現れるフットワークの軽さが武器。呼んで。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

 

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