その「タイパ」、結局は「時間の無駄」じゃない?

本当に「タイパ」になってるの?

皆さんは「タイパ」という言葉を聞いたことがありますか?

 

交通系ICカードみたいな名前ですが、そういうのとはなんの関係もなく、「タイム・パフォーマンス」の略で、時間効率を上げたいという若い世代の言葉です

 

もっとも、「time performance」という英語はないので、いわゆる和製英語ですね。

ほんまは、英語では「time efficiency」と言います。

まあ、若い読者の皆さんは「そんなことは知ってるよ!」と思うかもしれませんね。

 

で、具体的にどういうのがタイパなのかといえば、動画の再生スピードを早めたり、家事をしながら同時進行で動画を観たりという行動を言うのだそうです。

 

前者はスピードアップのタイパ、後者はいわゆるマルチ・タスキングですね。
あ、「multitasking (あるいはmulti-tasking)」はちゃんとした正しい英語ですよ!

 

ただですね、『タイムマネジメントが病院を変える』(中外医学社)や『1秒もムダに生きない』(光文社)といったタイムマネジメントの本を書いてきたぼくとしては、いささか不満です。

 

これって本当にタイパになってるの?

 

単に再生スピードを上げるだけではタイパにならない

個人的には、映画を観るときは再生スピードを上げたりはしていません。

 

なぜかといえば、再生スピードを上げてしまうと、その映画を本当に楽しむことができなくなってしまうからです。

 

特に沈黙とか、「間」といったものを有効に使った映画については、再生スピードが速まるとその良さが激減してしまいます。
古い映画だと『第三の男』のような名画は、再生スピードを上げると台無しです。

 

最近の映画では……そうですね。
例えば、2022年のアカデミー賞を受賞した日本映画『ドライブ・マイ・カー』とか、音楽が効果的に使われた『コーダ あいのうた』や『グリーンブック』です。
嘘だと思ったら、再生スピードを変化させて見比べてみてください。

 

同じ理由で、映画の「あらすじ解説動画」なんかを見てしまうと、これも映画が台無しです。
映画は、映画として観るからいいのであって、「あらすじ」だけ見て面白さが享受できるのであれば、大金をかけて映画を作る必要はないのです。

 

ちょっと古い映画になりますが『ユージュアル・サスペクツ』なんかは、あらすじを予習しちゃったら映画は台無しです(まじで)。

 

また、基本的に文学や、歌舞伎、文楽、能狂言のような伝統芸能は、再生スピードを上げるのは価値を下げるだけなのでやらないほうが良いです。

まあ、文学とか伝統芸能については「あらすじの予習」が理解を助けてくれることもあるので全否定はしませんが。


それよりも「タイパ」で大事なのは、観る必要もないコンテンツを観ないことだと僕は思います。

 

YouTubeとかでは、中身の薄い、視聴時間に見合わない動画がいっぱいです。

こういった動画は次に「おすすめ動画」が表示されるので、延々といつまでも見ることが可能です。

暇つぶしには役に立つと思いますが、要するに非生産的な無駄時間ですので、再生スピードを上げて視聴しても、少しも生産性は上がっていません。

 

要するに「タイパ」の意味はないのです。

 

はっきり言うならば、価値の低いコンテンツを大量に消費すること自体が時間の無駄だとぼくは思うのです

 

なに? そういうコンテンツを消費しておかないと、友人との会話についていけない? 

 

そういう会話が、そもそも「時間の無駄」になっているかもしれませんよ。

 

ぼくが再生スピードを上げて聞くもの

とはいえ、再生スピードを上げるのが有効なこともあります

 

ぼくは院内の講習系の動画については、ほとんどオンデマンドで再生スピードを上げて聞いています。

こうしたコンテンツは中身が薄い(多くは既知の情報)ですし、ぶっちゃけ、しゃべるのも上手じゃない講師の方が多いです。

 

義務なので仕方なく聞いていますが、「正直聞く意味あるの?」という内容のほうが多いです。

 

こういうのは再生スピードを上げて、リモートで、自宅で、家事をしながら聞くのが正解だと思います。

 

ときどき、こういう義務系レクチャーを「対面じゃないとだめだ」とか言う困った人がいますが、噴飯ものです。
ましてや、業務時間外にそういう企画を突っ込んでくるのは本当に困ります。

 

誤解してもらっては困りますが、勉強自体はとても大事なんです。

 

しかし、医学医療界においては、その勉強の方法について吟味や訓練が不十分なんですね。

 

なかには素晴らしいレクチャーをする達人もいますから、こういう方のお話は耳の穴かっぽじって、正座して(笑)、背筋を伸ばして、一言一句逃さぬよう丁寧に聞き入ったら良いのです。

 

が、悲しいことにこういう達人は珍しいのです。

下手なレクチャーを聞くくらいなら、教科書を読んだほうがずっと効果的な勉強法です。

 

「タイパ」の本質は、コンテンツの質の吟味

というわけで、「タイパ」の本質はコンテンツの質の吟味にあります。

 

良いコンテンツを選び取ること。
それを丁寧に感受すること。
良いコンテンツに出会えば、その感銘、記憶は何十年後も残ります。

 

2時間の映画鑑賞が、何十年間も効果をもたらすのです。
これぞ「タイパ」です。

 

くだらない映画を再生スピードを上げて1時間で観て、次の日にすっかり内容を忘れるようでは、それは単に「1時間を無駄に過ごした」に過ぎないのです。

 

皆さんが、良いコンテンツに出会えますように。

 

執筆

神戸大学医学部附属病院感染症内科 教授岩田健太郎

1997年 島根医科大学(現・島根大学)卒、1997年 沖縄県立中部病院(研修医)、1998年 コロンビア大学セントクルース・ルーズベルト病院内科(研修医)、2001年 アルバートアインシュタイン大学 ベスイスラエル・メディカルセンター(感染症フェロー)、2003年 北京インターナショナルSOSクリニック(家庭医、内科医、感染症科医)、2004年 亀田総合病院(感染内科部長、同総合診療・感染症科部長歴任)、2008年神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授 神戸大学都市安全研究センター感染症リスク・コミュニケーション研究分野 教授 神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長・国際診療部長(現職)

 

編集:宮本諒介(看護roo!編集部)

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