「居場所がない人」と「居場所探し」|Dr.ヤンデルのちょっとお茶でも(3)

病理医ヤンデル / 市原 真

病理医

タイトルイラスト

先日、仲良くさせていただいている書店員さんとZoomでお話ししていたら、彼がこんなことを言いました。

 

「最近、うちの本屋に、けっこう若いお客さんが来てくださるんですよ」

 

――あら、いいじゃないですか。若いってどれくらいですか? 20代くらい?

 

「いやもっと若いね。高校生とか大学生とか。20代前半くらいの人もけっこう来るけどね」

 

――へえー。本、売れてますか。それとも立ち読みが多いのかな。

 

「けっこう買ってくれてるよ」

 

――それはよかったですね。

 

「うん。ただね、ちょっと、モヤっとすることを言うお客さんも増えてきてさ。ここだけの話だけど」

 

――おっ、それ、守秘義務、だいじょうぶですか? 話さないほうがよいのでは?

 

「大丈夫大丈夫。そんな、具体的な話はしませんよ。簡単に言うとね、最近の若い人たちって、すぐ、『居場所がない』って言うのよ」

 

――ああ。

 

「理想の居場所とか、本当の自分ってやつ、そういうのを探すことにすごく熱心でね」

 

――なるほど。わかりますよ。

 

「わかる? そうなんだよ。ちょっとしたブームなのかもね。でもさあ、あまりにたくさんのお客さんが似たようなことを言うから、私、なんだかちょっと、モヤモヤしてきちゃってね」

 

――あら、モヤりましたか。

 

「そうだね。思い出してみれば私も若いころは、ここではないどこかが自分の居場所なんじゃないかとか、ずいぶん探した気もする。でもさあ、そんなに居場所探しって、大事なのかなあって、今の私なんかは思うんですよ」

 

――ほう、なるほど。

 

「本当は、理想の居場所なんてどこにもなくて、今いる場所でやりくりしていくしかないってことをさあ、まあ、若いうちはわからないかもしれないけれど、われわれ大人は、いずれ教えていったほうがいいんじゃないかなって、思ったりもするんだよ。

 

でも、お客さんに直接アドバイスするほどではないかなと思ってさ。なんだかモヤモヤするんだよね」

 

 

「居場所探し」は若い人限定か?

本日は「居場所」の話です。

 

私はこの日、書店員さんのおっしゃることを、確かにごもっとも、と思いました。

 

「居場所探し」に、あんまりとらわれないほうがよいのではないか、ということです。確かにね。そのときいる場所でがんばればいいんだ。

 

ただ……。ちょっとだけ、心に引っかかるところがありました。

 

それは、「若い人はすぐ居場所を探してしまう」の部分です。これ、「若い」を付ける必要があるのだろうか、と疑問に思いました。「人はすぐ居場所を探してしまう」ではだめなのかな?

 

なぜ、「若い人」限定なのだろう。

 

居場所がなくポツンとしている人のイラスト

 

かくいう私はもう若くないですが、いまだに居場所探しをしているような気がします。今の職場にとりたてて大きな不満があるわけではないですけれど、「もし来年から違う場所で働くとしたらどんな暮らしになるだろう」と妄想することはしょっちゅうです。

 

「◯◯大学からオファーが来たときに引き受けていたら、今ごろどうだったのかな」

「北海道から本州の病院に転職したら、どういう生活になるだろう」

 

これだって、いわゆる「居場所探し」ではないでしょうか。

 

私生活についても、なじみの居酒屋のひとつやふたつ開拓しておきたいという気持ちは、ここ20年来ずっと持ち続けています。ふらりと喫茶店に寄るような生活にあこがれるとか、休みの日にもう少し趣味がほしいといった気持ちも、「自分探し」の延長のような気がするのです。

 

別に若者の特権じゃないと思います。

 

「若い人はすぐ探すけれど、大人になればきっとわかるよ、もっと落ち着くよ」なんて、少なくとも私には、言う資格がない。

 

大人の中でもとりわけ私だけが落ち着いていないということでしょうか。

 

違うと思います。

 

周りの大人を思い返してみると、結構な割合の人たちが、いくつになっても居場所を微調整したり、自分をアップデートしたりし続けています。

 

人間は、(全員ではないにしろ)いくつになっても居場所を求めてウロウロするし、年齢とは関係なくずっと自分を組み換えようとします。

 

それなのに、世の中には、「若い人はあせらないで。居場所なんてそのうち見つかるよ」とか、「若い人は自分探しもいいけど、まずは目の前にあることをもくもくとやってみることだ」とか、「若い人へ。配られたカードで勝負するしかないです」とか、「若い人へ。青い鳥はこんな身近にあるんだよ」みたいなアドバイスがあふれている。

 

なんだか不自然だな、と思いました。

 

ついでに言うならば、若者が今いる環境でじっと何かに没頭している姿を見ると、「今いる場所で満足せず、向上心を持って、どんどん上を目指すべきだ」とか、「おそれずに新しい世界の扉を開けに行こう」みたいなアドバイスをしたりもします。

 

居場所を探していたら今いる場所でがんばれといい、ひとつの場所にじっとしていたら飛び出せという。

 

もはや、真逆の助言ですよね。

 

本当に大切なことは、「居場所を探したがっている人」のことも、「今いる場所で輝きたいと思っている人」のことも、両方分け隔てなく、「よーしそれでいいと思う、がんばれ。応援しているよ」と認めることではないかと思うのですが。

 

 

「本当の居場所ではない」と悩んでいたら

さて、あらためて、「居場所がない人」について。

 

若いかどうかはもはや関係がありません。全年齢の方に向けてお話しします。

 

今いる場所が自分の本当の居場所じゃないのではないかと、お悩みの方がいらっしゃったら。

 

あくまで私の経験則なので、あなたにそのまま当てはまるかどうかはわからないのですが……。

 

その悩み、たぶん、20代はおろか、40代になっても形を変えたままずっと続きます。きっと50代、60代となっても続くと思います。

 

私たちはたぶんそういう性分です。

一生探索したい。

心の中にスナフキンを飼っている。

 

そして、悩みが終わらないイコール苦痛かというと、必ずしもそうではないです。

 

たとえ今、居場所が見つからないことがつらくても、そのつらさはだんだん癒えていく。鈍い痛みは落ち着いていくと思います。

 

人間ってうまくできているんです。たとえば、変な体勢で眠ってしまって、腕がしびれたり足がしびれたりしそうになっても、自然と寝返りを打って、無意識に居心地をよくしようとするじゃないですか。

 

それと一緒で、私たちはいつも、「今よりも、もうちょっとだけ居心地のよい場所」を探し、「今よりも、もうちょっとだけマシな自分」に向かってじわじわと姿勢を変え、にじり寄っていきます。

 

そのような「居場所探しムーブ」を、若さ故の過ちであるかのように語るのは、ちょっとずれているんじゃないかと。

 

だって、「今いる場所で輝きなさい」と言っているあの中年も、よく見てみると、その人自身の居場所をずっとリフォームし続けているのですから。

 

スナフキンのように旅に出るイラスト

 

「居場所がない人」へ。

 

いいよ、どんどん探そう! 終わらないけどずっと探していいと思う! 「本当の自分」にはなかなか出会えないかもしれないけれど、「探し続けたいと思う自分の本性」に真っ直ぐ向き合うことができれば、その痛み、たぶんいずれラクになる。

 

……心のスナフキンを大事にするコツですか?

 

それはですね、なるべく荷物を小さくしてあげることです。引っ越しがラクになるからね。それではまた。

 

 

執筆

病理医ヤンデル(市原真/いちはら・しん

病理専門医。1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒、国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)任意研修後、JA北海道厚生連札幌厚生病院病理診断科。現在、同科主任部長。医学博士。著書『対比で読み解く超音波画像×病理組織像』(医歯薬出版)、『新人ナースあるあるの森』(日本看護協会出版会)、『病理医ヤンデル先生の医者・病院・病気のリアルな話』(大和書房)、『はじめまして病理学』(照林社)など。ThreadsInstagramブログ

 

編集:烏 美紀子(看護roo!編集部)

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