なぜ広がらない?看護師特定行為研修制度|リポート◎10年で10万人目指すも、1年半で583人…

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2015年10月にスタートした「特定行為に係る看護師の研修制度」。制度開始から1年半が経ったものの、研修修了者数や指定研修機関の数は伸び悩む。制度が普及しない要因には、制度の認知度が低い、受講してもメリットがない、職員を研修に出す余裕がない――など、様々な課題が横たわっている。

 

写真 特定行為研修の受講者が講義を受けている場面

提供:洛和会音羽病院

 

末田 聡美=日経メディカル

 

高度な医学的知識や技術を持った看護師が医師の判断を待たずに必要な処置などを行えるようにするための「特定行為に係る看護師の研修制度」(特定行為研修制度)<関連記事:看護師特定行為研修って何?(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)>。5年間に渡る紆余曲折の議論を経て、ようやくの船出となった同制度だが、研修修了者の養成は進まず、現場の反応は薄いままだ。

 

京都府で唯一の「指定研修機関」である洛和会音羽病院(京都市山科区)の教育研修室室長の滝麻衣氏は、「2016年度は、急性期や在宅など様々な現場を想定して8つのプログラムを作り、院外に向けて研修受講者の募集を出したが、外部からの応募者は一人もいなかった」とため息をつく。

 

特定行為研修制度に制度創設時から関わっている全日本病院協会副会長の神野正博氏も、「我々は指導者講習会やeラーニング用の教材を提供しているが、あまりに研修の進みが低調で焦りを感じている」と話す。

 

実際、6月26日に開催された「第13回医道審議会 保健師助産師看護師分科会看護師特定行為・研修部会」では、「特定行為に係る看護師の研修制度」の現状が報告されたが、そのお粗末な実績に、委員からは抜本的改革を求める声が相次いだ。

 

部会での報告によれば、2015年10月の制度開始から2016年度3月末までの研修修了者は583人(2015年度259人、2016年度324人)。583人の修了者の就業場所はほとんどが病院で523人。診療所は5人、訪問看護ステーション15人、介護施設5人、その他24人、不明8人だった。制度スタート時に厚生労働省は、団塊の世代が75歳以上になる2025年までに約10万人の養成を見込んでいたが、その目標には到底届かないことが明らかになった<関連記事:看護師特定行為研修、制度見直しに向け検討へ(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)>。

 

また、特定行為研修を実施する「指定研修機関」は300施設を目標としているものの、2017年3月29日現在、25都道府県に40機関にとどまる。「就業しながらなるべく身近な環境で研修を受けられる体制を目指す」(厚生労働省医政局看護課)というコンセプトからは程遠い状況だ。国は指定研修機関の設置や運営を財政的に支援する事業を行ってきたが、指定研修機関の数の増え方が低調なことから6月14日に、内閣官房行政改革推進本部による「平成29年度行政事業レビュー」でも厳しく指弾され、補助事業の見直しを迫られている。

 

無理して受講させるモチベーションはなし

鳴り物入りで始まったはずの特定行為研修制度は、なぜこんなにも広がっていないのか。

 

まず制度の認知度が上がっていない現状がある。厚労省が2017年1~2月に7896機関(病院、有床診療所、介護施設、訪問看護ステーションなど)に行った調査では、約7割の回答施設が特定行為研修を「知っている」と回答したが、有床診療所や介護施設に限ってみると認知度は約5割にとどまっていた。

 

制度を熟知し、看護師や医療機関が研修の必要性を感じたとしても、コストや補充人員が工面できないという課題に直面する。研修を受講するには、6カ月~1年近くにわたる研修の間、研修受講者を「研修」扱いにして通常業務から外すなど勤務上の配慮が必要になる上、研修受講には数十万円のコストがかかる。しかも研修を受けられる指定研修機関が十分ではない現状では、職場から通えないケースも少なくない。

 

医療機関側が、そもそも研修を受講させる必要性を感じてないケースもある。研修を終えた看護師を雇用しても、診療報酬上のメリットがないからだ。将来的には、効率的な医療が提供できるようになったり、特定行為研修修了者の早期発見によって患者の病状悪化を食い止められ、在院日数の低下などにつながる可能性はある。特定行為研修修了者の献身的な活躍で、患者の評判が上がって患者数が増える、といった成果も期待できるかもしれない。だが、現時点では、特定行為研修修了者がいくら活躍しても、医療機関に対する直接的なインセンティブは何もない。その結果、研修修了者に十分な手当てが支払われているケースはごく一部だ。

 

給料増が期待できないとなれば、看護師側のモチベーションも上がりにくい。「看護師の業務負担が増えるだけ」(ある急性期病院の看護師)、「医師不足の地域では、以前から医師の具体的な指示の下で、看護師が特定行為に当たる手技を実施しているケースは少なくない。わざわざ研修を受けさせなくてもよいという考えもあるだろう」(埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センター副センター長の内田美恵子氏)といった指摘もある。

 

このような課題が山積している状況で、ギリギリの人員で業務を回している看護職場が、無理をしてまで看護師を研修に送り出さないことは、容易に想像できる。

 

「この人何者?」と思われる研修修了者

制度開始から1年半が経過した今春は、初期の研修修了者が医療現場に出始めたところ。だが、特定定行為研修を修了した看護師が職場に戻っても、活躍の場が確保されているとは言えない実態もあるようだ。

 

現実には、特定行為研修を修了したからといって、現場ですぐに能力を発揮できるわけではない。その後も継続的に医師から指導を受け、スキルアップを継続できる環境がないと、研修で学んだ技術や判断力を磨けないからだ<関連記事:医師を待たずに緊急時のカテーテル交換(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)>。特定行為研修の必要性を理解し、協力してくれる医師と、そうした環境を整えてくれる看護部のサポートが不可欠だが、その体制づくりがまだ不十分な医療機関が大半だ。

 

実際、特定行為研修修了者からは、「研修を修了したものの、院内の医師から協力が得られず習得した手技を行う機会が得られない」「研修を修了しても、以前と同様に看護師として病棟に配属されているので、役割や業務内容は変わらない」「理解ある医師の下で指導を受けながら特定行為を行っていたが、その医師がいなくなり、できなくなった」――といった声が聞こえてくる。研修の指導を担っているある看護師は、「現場任せにせず、国が主導して制度の趣旨を周知してくれないと、医師からも看護師からも研修修了者の役割について理解が得られず、『この人何者?』と冷たい目で見られて終わってしまう」と訴える。

 

では、こうした山積する課題をどう解決すればよいのか。

 

まず第一に、研修修了者の貢献を診療報酬などできちんと評価し、待遇や報酬に反映する、といった制度面での手当てが不可欠だ。看護師個人や医療機関の高いモチベーションに依存しすぎていれば、早晩制度が破綻することは目に見えている。

 

また、研修を希望する看護師が受講しやすいように、これまで以上に、働きながらでも研修を受講しやすい環境を整えることも重要だ。手始めに、受講にかかる費用を国や自治体が補助したり、職員を研修に送り出している間の代替要員を派遣することが必要だろう。そして何より大切なのは、国が主導して特定行為研修制度の認知度を上げ、その医療機関や介護施設ごとのニーズを明確にし、ニーズに基づいて特定行為研修修了者の養成を行うこと。そして、研修を終えた看護師が現場で存分に活躍できるよう、患者や家族、他の医療スタッフにその役割を理解してもらうべく、国が積極的な広報活動を行うことも求められよう。

 

厚労省が4月にまとめた「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」報告書(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)でも、特定行為研修については、養成数を増やすために制度の現場での認知度向上を図ることや、より受講しやすいような研修方法・体制の見直しを進めること、そして研修制度の対象となる医行為を拡大することを求めている。 

 

6月26日に開催された、前出の第13回医道審議会 保健師助産師看護師分科会看護師特定行為・研修部会では、特定行為研修制度を普及させるための課題として、(1)指定研修機関および研修受講者の確保、(2)認知度の向上――の2点を提示し、その解決策として、(1)医療関係団体などによる特定行為研修の取り組みの推進、(2)都道府県における計画な取り組みの推進、(3)特定行為制度の認知度の向上――の3つを提案した<関連記事(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)>。現在実施している特定行為に関する実態調査の結果を踏まえて今秋以降に具体策の検討を始め、2019年を目途に取りまとめることとしている。

 

6月26日に都内で開催された医道審議会保健師助産師看護師分科会 看護師特定行為・研修部会。

 

また部会でも、診療報酬上の評価については多くの委員から要望があり、全日本病院協会の神野氏は、「2018年度の診療報酬改定に向けて、協会として要望していく。一項目でも診療報酬に反映されれば、制度は一気に広がるのではないか」と話している。

 

厚生労働省医政局長の神田裕二氏は、「在宅現場など、地域の医療現場で特定行為を担える人材を養成することが重要と言われながら、ほとんど受講者がいない実態には、制度を立案した立場としては忸怩たる思いがある。より多くの方にこの制度を受講してもらうことは医療現場にとってメリットが大きいと考えており、今後も制度の本質的な議論についてはさらに深めていく必要がある」と話している。 

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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