「身体拘束」と「徘徊・失踪」のはざまのジレンマ

弁護士で医師の山崎祥光です。

この連載では、世間で話題になっているニュースについて、「看護師さんがおさえておくべき観点」をわかりやすく解説します。

 

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「身体拘束」と「徘徊・失踪」のはざまのジレンマ

看護師の皆さんは、認知症の患者さんが最近特に増えているなと感じているのではないでしょうか。

認知症高齢者が増える中、家族介護にも限界があり、医療機関、介護施設などがカバーする範囲が広くなってきました。

 

 

それに伴い、患者・入所者が「転倒・転落」や「徘徊・失踪」した場合に、医療機関・介護施設の責任を問われるケースも増えています。

 

今年(2016年)も、認知症の患者・利用者に対する注意義務を怠ったとして施設が賠償を求められる事例が相次ぎました(※脚注)

 

その一方で、転倒・転落を防ごうと身体拘束をしたことが違法であるとして、やはり医療機関・介護施設の責任が問われるケースもあります。

 

「安全確保」と「人権侵害」のはざまのジレンマの中で、看護師はどうすればいいのでしょうか。

今回は徘徊・失踪リスクに関して裁判例を示しつつ、取るべき対応を示します。

 

【看護師がとるべき対応】

以下の2点を明示し、徘徊や転倒・転落と身体拘束・行動制限の間のジレンマについて患者・利用者・家族に情報提供するとともに身体拘束・行動制限の方針につき同意を得ておく。

 

1)徘徊や窓からの転落などを確実に予測・予防することは不可能であること。

 

2)身体拘束・行動制限に関し、患者・入所者の人権の観点から行動の自由を最優先するのか、身体の安全を最優先にするのかの病院・施設の方針

 

 

 

 

安全確保と人権侵害のはざまのジレンマ

認知症患者や精神疾患患者を中心に、入院患者・入所者が病院・施設から失踪してしまったという話は昔からあります。

徘徊・失踪に関するトラブルは2種類です。

 

【1】「徘徊・失踪」が起きてしまった場合

現実に徘徊・失踪が起きてしまった場合(特にその後死亡などの重大な結果が生じた場合)に、病院・施設の対応が不十分だったと責任を問われるもの。

 

【2】「身体拘束が違法」という責任を問われる場合

現実には徘徊・失踪が起きていない段階で、閉鎖環境への入院・入所や身体拘束が違法なものだったとして責任を問われるものです。

 

これらのトラブルの根底には医療機関や介護施設への過剰な期待もあり、「あの時ああしておけば防げたはず」という「後知恵」での責任追及の要素があります。

 

 

【1】「徘徊・失踪」が起きてしまった場合

この場合は、原告から「より厳重な見守り・監視を行うべきだった」とか、「身体拘束をするべきだった」と主張されることが多いです。

 

実際に「徘徊・失踪」が起きてしまったという事実を基に議論が進行する場合には、「徘徊・失踪」に対するリスクを上げる方向の事実(過去の徘徊歴、危険行動、指示に従わない、など)がクローズアップされやすくなります(図1)。

 

 

図1 「徘徊・失踪した」という事実を基に議論が進行する場合

残念ながら、現在の医学・看護学でも徘徊や失踪を確実に予測することは困難です。

しかし、病院・施設からの徘徊、特に「失踪」という事態は一般人にとっては衝撃的であり、「徘徊や失踪を完全には予防できない」、との医療者の考えは十分理解されにくいところです。

 

そのため、「身体拘束した場合に問題が生じうること」がイメージされづらいまま、「現実には徘徊や失踪が生じてしまった」との結果に強くとらわれて議論が進行するリスクがあります。

 

 

【2】「身体拘束が違法」という責任を問われる場合

もし、「徘徊・失踪」を確実に予防しようとすれば、閉鎖環境への入院・入所、鎮静や身体拘束が必要ですが、このような手段は患者・入所者の人権を侵害することにもなります。

 

そのため、拘束等の必要があり、他の手段がない場合に限り、最小限度でしか行ってはならないとされています。

 

しかし、「身体拘束が違法」という責任を問われる場合の議論では、まだ徘徊・失踪が生じていないために「徘徊・失踪のリスクを下げる方向の事実」(指示に従う、明らかな危険行動なし、など)がクローズアップされやすくなります。

 

 

図2  身体拘束をしたという事実を基に議論が進行する場合

そのため、身体拘束をしなかった場合に「徘徊・失踪」というトラブルが発生しうることはイメージされづらいままです。

 

原告側からは、「常時監視すべき」という主張がなされることも少なくありませんが、病院・施設の人員の状況も踏まえるとできる対応には限界があり通常そのような義務は認められません。

 

医療者は「徘徊・失踪」への対応について、不十分なマンパワーを背景に、安全の確保と人権侵害のはざまでジレンマに陥っています。

このような状況で医療者は、患者・入所者の人権・行動の自由を最優先に考えるのか、身体の安全を最優先にするのか、方針を選ばなければなりません。

そして、このジレンマの難しさを踏まえて病院・施設がどのような方針をとっているのか、その方針の中で患者・入所者がどのようなリスクを負っているのか、特に家族に情報提供して理解を促す必要があります。

 

 

判例を基に考える

先日(2016年3月23日)、この分野で問題のある裁判例が出たので紹介します。

この分野では、これまで見てきたように、「個別の患者さんのリスクをどのように評価するか」「リスクを踏まえてどのように対応すべきか」が問題になっていましたが、この裁判例では「個別の患者さんのリスクにかかわらず一律に閉鎖環境にすべき」とでもいうようなルールを打ち出した点で突出した結論です。

 

(筆者注)裁判例は特定の事案についての判断で、通常は原告の損害賠償請求が認められるかどうか、という判断にとどまり、過失をどのように主張するかも原告に委ねられており裁判官による判断のばらつきもみられます。それを前提にお読みください。

以下、事件の概要は下記に準拠ます。

東京高裁平成28年3月23日判決(事件番号平成26年ネ第5371号)

東京地裁立川支部平成26年9月11日判決(事件番号平成25年ワ第2306号)

(TKCローライブラリーより)

 

【事案】

介護老人保健施設の認知症専門棟に短期入所中の認知症患者Aが、食堂窓のストッパー(ある程度以上窓が開かないようにする器具)を壊して窓から抜け出し、転落死した事案です。

 

 

【1】1審での議論

入所者が食堂の窓をこじ開けて外に出ることを予見することはできなかった(予見可能性がなかった)と判断し、原告の請求を棄却しています。

注意義務の前提には、予見可能性が必要ですが、裁判所は以下のような事情を総合的にみると入所者が食堂の窓をこじ開けて外に出ることを予見することはできなかった(予見可能性がなかった)と判断しています。

 

(理由)

・徘徊が強かったこと

・帰宅願望が確認されたこと

・エレベーターに乗り込む、ドアを開けろなどと大声を出す、戸をたたくなどの行動は見られたものの職員や家族の声掛けや説得で落ち着きを取り戻したこと

・それまで入所者が窓をこじ開けたり窓から外に出るような行動を取った形跡は伺われないこと

以上から注意義務違反はありませんが、各注意義務についても裁判所が判断を示しています。

 

(原告側の主張1)

病棟廊下を徘徊するAを認識したことから、自室で入眠るなどするまで適切に見守り・誘導・説得などをすべきだった。

 

(裁判所判断)

Aは廊下を徘徊しているだけで、エレベーターや階段を使って階下に降りようしているわけではなかったことなどから、帰宅願望があることを知っていても、入眠するまで見守り・誘導・説得等をする義務はない。

 

(原告側の主張2)

食堂に入れないように施錠しておくべきだった。

 

(裁判所判断)

オリンピック開催中で食堂テレビで観戦する他の利用者もいたことから食堂を開放していたもので、施錠していなかったことを過失とするのはあまりに行き過ぎた主張である(裁判所は、「Aのためのみに施設があるのではないと認識すべき」とまで言っています)。

 

(原告側の主張3)

食堂の窓をこじ開けたり抜け出したり転落したりすることがないようにより確実な転落防止策を施すべきだった。

 

(裁判所判断)

プラスチック製のストッパーを破損しにくい金属製のストッパーに取り換えていたのであるから、十分な管理をしていた。

 

 

【2】特異な判断となった控訴審の判決

原判決を変更し、被告に約1956万円の賠償を命じました(遺族の一部が訴訟を起こした事案で、損害約2664万円の2/3が認められました)。

 

1審では原告は「安全配慮義務」という注意義務のみを主張していたようですが、控訴審では以下の主張が追加されました。

 

(原告側の主張4)

ストッパーは窓をコツコツと当てていくと簡単にずれるので、この窓は「介護施設の認知症専門棟の窓として通常有すべき安全性を欠き」、被告は民法717条に基づく損害賠償責任を負う 

 

(裁判所判断)

「認知症患者の介護施設においては、帰宅願望を有し徘徊する利用者の存在を前提とした安全対策が必要とされ」「上記のような利用者が、2階以上の窓という、通常は出入りに利用されることがない開放部から建物外へ出ようとすることもありうるものとして、施設の設置又は保存において適切な措置を講ずべき」とし、本件ストッパーは窓をコツコツと当てることでずらすことができるものであり、ストッパーの本来の使用方法でもない(窓を閉めた状態で使用するストッパーだった)ことから、窓の開放制限措置としては不適切で、通常有すべき安全性を欠いていたと判断しています。

 

なお、民法717条の責任についてはAの行動につき具体的な予見可能性は不要です。

(原告側の主張1については、控訴審もAは廊下をゆっくり歩行するだけで不穏な様子も訴えなかったこと、限られた当直職員によりA以外にも48名の入所者の介護を行わなければならなかったことから、Aが認知症専門棟を抜け出さない限りは、しばらくAに自由に行動させたからといって安全配慮義務違反はない。と判断しています)

 

 

認知症患者は「閉鎖病棟」に入れるべきなのか

紹介した東京高裁の判決は、(少なくとも認知症専門棟であれば)、「窓も含めて病棟から絶対に出られない構造にしなければならない」というに等しい結論を出しています。

読みようによっては、「認知症患者の介護施設」一般にこのような構造を求めているようにも解釈でき、人権保護、高齢者の自主性の尊重という点からは非常に恐ろしい内容です。

 

ここでのポイントは、「患者・入所者のリスクに合わせての対策」ではなく、一律に閉鎖環境に置かなければならないというルールの構造にあります。

 

高齢者に対しても身体拘束などの自由の制限は最小限にしよう、という流れ、精神科病院での閉鎖病棟入院への制限がされているという実情に真っ向から反するもので、「リスクの高い認知症高齢者は病棟に閉じ込めなければならない」という発想に立つもので、きわめて異様な判断です。

この判決を踏まえると、認知症専門棟の窓は施錠するか、ほとんど開かないようにする、それこそ刑務所のように柵を外につけるなどしなければなりません。 

 

裁判所に問い合わせたところ幸いにして本件は現在上訴中とのことで、当職は最高裁がこの控訴審判断を覆すことを強く望んでいます。

 

一宮拘束訴訟といい、JR認知症事故訴訟といい、高等裁判所がこのように特異な判決を出して医療現場を混乱に陥れ、「司法リスク」ともいうべき状況を生み出しています。

 

現時点で高裁がこのような内容の判決が出ていることは、参考に知っておいてください。

 

最高裁の判断が確認できたら(1年以上かかることも稀ではありません)また紹介いたします。

 

 

まとめ

入院患者・入所者の徘徊・失踪や転倒・転落のリスクを確実に評価する方法はなく、身体拘束・行動制限との間でジレンマが生じます。

 

残念ながらこのジレンマは一般に理解されているとは言い難く、医療・介護現場への過剰な期待もあり、どちらに転んでも医療従事者が責任追及をされかねない状況です。

 

医療従事者としては、このジレンマへの理解を求めるとともに、病院・施設がどのような方針(行動の自由と身体の安全のどちらを最優先するのか)を情報提供し、特に家族に「心構え」をしておいてもらうことが必要です。

 

このような状況で、患者・入所者の個別の状況は無関係に、閉鎖環境に閉じ込めるべきとするかのような裁判例が出ました。

今後の最高裁の判断に注視が必要です。

 

 

(脚注)

1)2016/3/23  東京高裁 1956万円 支払い命令

「判例を基に考える」に詳述

 

2)2016/9/11 福岡地裁 2870万円 支払い命令(毎日新聞

徘徊癖があった認知症の女性(当時76歳)が通所先のデイサービスセンターから抜け出し、そのまま死亡したのは施設側の責任として、女性の夫ら遺族3人が施設を運営する社会福祉法人「新宮偕同(かいどう)園」(福岡県新宮町)を相手取って計約2964万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福岡地裁(平田直人裁判長)は2016/9/9、施設側の過失を認めて計約2870万円の支払いを命じた。

 

 

3)2016/11/2  長崎地裁 4000万円 請求(毎日新聞

認知症だった女性(当時68歳)が入所先のグループホームから抜け出し、徘徊(はいかい)中に死亡したのは、施設側が注視義務を怠ったためだとして、女性の遺族が施設を運営する諫早市の有限会社「和敬会」に損害賠償約4000万円を求める訴訟を長崎地裁に起こした。提訴は9月28日付。

 

 


山崎祥光(やまざき・よしみつ)

弁護士・医師(弁護士法人 御堂筋法律事務所 大阪事務所)

医療者・病院側に立っての弁護士活動を行っており、医療紛争や医療訴訟を中心に、監査対応、警察対応や日常の法律相談なども行っている。

共著に『「医療事故調査制度」早わかりハンドブック』(日本医療企画)。委員として『医療事故調運用ガイドライン』(へるす出版)編集。

 

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