ホスピスと緩和ケアの違いと共通点―アメリカと日本での経験から

音楽のあるホスピスから

Vol.4 「ケア」の意味を考える

私は2002年からアメリカのホスピスで音楽療法士として活動し、2013年に帰国して以来、国内の緩和ケア病棟や在宅で患者さんを看ています。

 

講演などを通じて出会った多くの方々から、これまでにさまざまなご質問をいただきました。

 

「日本とアメリカでは、ホスピスや緩和ケアがどのように違うの?」

「日本人の患者さんの音楽療法に対する反応は?」

 

今回は、皆さんからよく受ける質問をご紹介しつつ、「ケア」の意味を考えていきたいと思います。

 

 

 

Q.「ホスピス」と「緩和ケア」の違いは何ですか?

ホスピスと緩和ケアは、どちらも「患者さんに苦痛がないよう、医療だけでなく心のケアを提供すること」を目的としていますが、両者は異なるものです。

 

ホスピスケアは「余命の短い患者さん」に提供されるもので、緩和ケアは「早期のがん患者さん」にも提供されるもの。それがホスピスと緩和ケアの最も大きな違いです。

 

 

Q.「ホスピス」と「緩和ケア」を混同している人が多いのはなぜですか?

緩和ケアは「苦しみを和らげる」という意味なので、実際はホスピスでも「緩和ケア」が行われます。そこが混乱しやすい点です。

 

日本ではさまざまな形で緩和ケアが行われていますが、これも両者の区別を曖昧にしている原因といえます。

 

がんの治療を受けている病院や自宅で緩和ケアを行うケースもあれば、「緩和ケア病棟」で行うこともあるのです。

 

ただ、実際に緩和ケア病棟に入院しているのは、余命の短い患者さんです。

 

つまり、緩和ケアそのものは「余命に関係なく提供されるもの」なのに、緩和ケア病棟には「もう治らない末期の患者さん」が入院しているということです。

 

なので、いくら「緩和ケアは余命の短い人のためのものではない」と言っても誤解が生じるのだと思います。

 

日本の緩和ケア病棟は、アメリカで言う「ホスピス病棟」なのです。混乱を招かないためにも、日本では緩和ケア病棟をホスピス病棟と呼んだほうがいいのでは、と思っています。

 

 

Q.アメリカでは「ホスピス」や「緩和ケア」はどのように行われていますか?

アメリカの場合、ホスピスケアは「6カ月以内の余命宣告を受けた人」であれば、どんな病気の人でも受けられます。

 

中には余命よりも長く生きる患者さんもいますので、実際には6カ月以上ホスピスケアを受けている人もたくさんいます。

 

一方、緩和ケアは余命に関係なく受けることができ、こちらも病名を問いません(日本ではホスピスケアも緩和ケアもがん患者とエイズ患者が中心です)。緩和ケアチームが病院や老人ホームなどの施設でケアを提供します。

 

アメリカでは緩和ケアよりもホスピスケアのほうが普及しています。これは、65歳以上であれば政府が提供するメディケアからホスピスケアの費用が支払われるため(個人負担がないため)です。

 

また、ホスピスケアは病棟、自宅、老人ホームなど、さまざまな場所で提供されるので、患者さんやご家族のニーズに対応しやすいというメリットもあります。

 

 

Q.アメリカは医療保険などのシステムが整っていない印象ですが、実際はどうですか?

保険システムが整っていないのは事実です。「貧しい人が医療にアクセスできない」という大きな問題を抱えています。

 

それを正すためにオバマケアが導入されましたが、貧しい人たちにとっての優しい医療システムとなるまでには、時間がかかるでしょう。

 

ただ、ホスピスケアに関してはシステムが整備されていて、多くの人に利用されています。実際、亡くなられる約45%の人がホスピスを受けています。

 

これは病死以外の人も含めて考える割合なので、かなり多くの人がホスピスを利用していることになります。

 

 

 

Q.ホスピスには「キリスト教」のイメージがありますが、実際はどうですか?

イギリスや日本ではキリスト教に関連したホスピスが多いようです。それに対してアメリカでは、宗教を表に出すホスピスが少ないです。

 

なぜかというと、アメリカのホスピスの方針はあくまでも「患者さんの信仰を支えること」にあるからです。

 

その人のビリーフ(信じ方)が何であれ、それを尊重することが大切なので、ホスピス側としては宗教に関して中立的な立場をとります。

 

 

Q.日本とアメリカでは、患者さんの反応は違いますか?

セッションをする上で、患者さんやご家族の人種・宗教・地域性・年齢など、さまざまな要素を考慮しなければいけません。

 

それによって、死との向き合い方や音楽との関係が異なってくるからです。これはどの国の活動についても同じことがいえます。

 

死生観や音楽との関わりは、国の差より個人差のほうがはるかに大きいです。日本での活動では、医療における患者さんやご家族へのアプローチの違いを感じます。

 

 

Q.例えば、どんな違いがありますか?

日本では、医療者と患者さんやご家族がオープンに話し合うことがまだまだ難しいと感じます。

 

病名告知さえしていなかった時代もそんなに昔ではありませんから、正直な会話ができるようになるまで時間がかかるのかもしれません。

 

対照的に、アメリカでは患者さんやご家族に必要な情報や知識を与えることによって、本人が主体的に病気や治療と向き合うことを大切にします。

 

そうすることで、患者自身がエンパワーメント(empowerment)する(人が本来持っている力を引き出す)と考えるのです。

 

 

Q.近年、「エンド・オブ・ライフ・ケア」という言葉を聞きますが、どういう意味ですか?

エンド・オブ・ライフ・ケア(End-of-Life Care)とは、「人生の最期に提供されるケア」のことです。アメリカではホスピスケアと同じような意味で使われています。

 

日本ではホスピスケアの対象はがん患者が中心なので、すべての病気の患者を含むエンド・オブ・ライフ・ケアとは大きく違います。

 

それぞれの言葉の意味を考える上で重要なのは、ケアを「医療」と訳さないことだと思います。ケア(Care)は「思いやる」という意味で、「治す」ことを意味するキュア(Cure)とは異なります。

 

ホスピスケア、緩和ケア、エンド・オブ・ライフ・ケアは、いずれもホリスティック(全人的)なケアの提供が目的。

 

患者さんを1人の人間として捉え、体だけでなく心のケアやスピリチュアルケアを行うことを重視します。

 

つまり、治すことではなく、思いやることが目的なのです。

 

これを実践するには、医師や看護師だけではなく、その他さまざまな職種がチームとして患者さんやご家族に関わる必要があります。

 

 

 

Q.ホスピスや緩和ケアでの音楽療法の役割とは何ですか?

今「心のケア」のお話をしましたが、体の痛みは薬で解消できても、心の痛みやスピリチュアルペインは薬では対応できません。そういった痛みのほうが、実は治療が難しいのです。

 

スピリチュアルペインを説明すると長くなりますが、簡単に言えば、自分らしく生きられなくなった悲しみや、人生を振り返ってやり残したことへの後悔、大切な人との関係を修復できない苦しみなどです。

 

そうした気持ちを乗り越えたり、問題を解決したりするためには、患者さん自身が取り組まないといけません。

 

それができる環境を提供するのが、音楽療法士の役割です。

 

患者さん自身で回復・成長するために、音楽を使ったリラクセーションや回想、カウンセリングなど、さまざまな介入を行います。

 

 

大切なのは「死を知らない」という謙虚さ

最後に、皆さんから最もよく尋ねられる質問をご紹介します。

 

「ホスピスや緩和ケアの仕事で気をつけていることは何ですか?」

 

患者さんから学ぶ姿勢を忘れないことです。この仕事を始めて14年になりますが、今でも分からないことがたくさんあります。

 

自分は死を経験したことがないので、患者さんの気持ちを根本的に理解することはできません。

 

それを隠さず、謙虚な気持ちで接することが大事だと思っています。そうすると彼らは心を開いてくれますし、たくさんのことを教えてくれます。

 

 

【佐藤由美子】

ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州シンシナティのホスピスで10年間音楽療法を実践。2013年に帰国。帰国後は青森県在住。15年からは青森慈恵会病院の緩和ケア病棟で音楽療法士として働いている。著書に『ラスト・ソング』(ポプラ社)がある。ハフィントンポスト(日本版)でBlog「佐藤由美子の音楽療法日記」を掲載中。

 

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