動脈と静脈|流れる・運ぶ(3)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、循環器についてのお話の3回目です。
[前回の内容]
血管の中を冒険中のナスカ。心臓が1日10万回も収縮を繰り返していることを学びました。
今回は、身体中に張り巡らされた血管について。動脈と静脈の違いとは・・・?
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
からだに張り巡らされた交通路
人間社会の交通路には、高速道路もあれば、車の入れないような細い路地もあります。身体に張り巡らされている交通路も、これと同じようにさまざまです。
高速道路に相当するのは、大動脈や大静脈などの太い血管です。急いでモノを運ぶにはこの高速道路を利用するのがいちばんですが、高速道路は個々の家々までは走っていませんね。細胞という目的地へ向かうには、国道や県道などの幹線道路を抜け、最後はどうしても、細い路地を進まなければなりません。身体の中で国道や県道に相当するのは、動脈と静脈、もしくは細動脈や細静脈です。細い路地にあたるのは毛細血管。血液と細胞の間の物質のやりとりはすべて、この毛細血管を介して行われます。
道路ついでにたとえると、動脈は「下り路線」、静脈は「上り路線」ということもできます。この場合、起点となるのは心臓です。
下りの毛細血管では、運んで来た酸素と栄養素を荷下ろしし、個々の細胞へと届けています。反対側、上りの毛細血管では、細胞が出したゴミ(二酸化炭素や老廃物)を受け取り、心臓へ戻ろうとしています。トラックは同じでも、下りは運送業者、上りはゴミ収集車に変身するようなイメージでしょうか。
うーん、困ったな
何が困ったんですか
解剖学では心臓を起点にして、そこから出る血管を動脈、そこに戻る血管を静脈と名づけています。でもね、これって必ずしも流れている血液とは一致しないのよ
どういうことですか
解剖学的には、心臓から肺へ向かう血管は動脈。でも、そこに流れているのは?
全身を流れて心臓に戻ってきた血液だから……静脈血だ
そう。動脈なのに、中身は静脈血という矛盾が出てくるの。同じように、肺から心臓へ戻る肺静脈も、流れている血液は動脈血なの
たしかに、ややこしいですね
これはあくまで例外よ。覚えてもらうしかないわね
動脈と静脈
動脈と静脈は、単に呼び方が違うだけじゃなく、構造上の違いもあるのよ
静脈には、逆流しないように弁があるんでしたね
そうなの。それに対して動脈はまるで、弾力性のあるゴムのよう。勢いよく血液が流れてきても、その弾力で受け止められるようにできているの
動脈のなかでもっとも太いのは大動脈です。成人だと水まき用のホースと同じくらいの太さです。動脈壁は弾性線維をたくさん含み、この線維は、孔のあいたシートを何層にもつくります(図1)。内臓を動かす平滑筋細胞がこのシートの間に挟まって、ゴムのように伸び縮みすることを可能にしています。
静脈の壁は、動脈に比べて薄くできています。静脈の中の血液は、身体を動かしたときにできる小さな圧力の差を利用して、静かに流れていきます。
脚の血液はどうやって心臓に戻る?
心臓よりずっと低い位置を流れる血液がどうやって心臓に戻るのか、不思議に思ったことはありませんか。
静脈には、血液を常に心臓の方向に流すための弁があります。しかし、積極的に血液を押し出す力はありません。心臓より下にある血液、とくに脚の血液を心臓に戻すのは、おもに筋肉の動きです。身体を動かすと筋肉の収縮が血管を圧迫し、血液を心臓のほうへと押しやります。静脈には弁があるため、逆流する心配はありません。筋肉が弛緩(しかん)すると血管も弛緩し、今度はその中に血液が充満します。そして再び、筋肉が収縮すると、今度はその血液が押し出されるのです。これを筋肉ポンプといいます(図2)。
よく歩くと、筋肉の収縮と弛緩が繰り返されるため、静脈内の血液の流れがよくなり、下肢から心臓への血液の戻りが促進されます。そのため、ふくらはぎの筋肉は「第2の心臓」ともよばれています。長時間立ったまま、もしくは座ったままの状態を続けていると、こうした筋肉ポンプが作用せず、下肢にある静脈の流れが滞ります。ひどい場合は、うっ血や静脈瘤(じょうみゃくりゅう)を起こします。
血液を押し出す力は、血圧よね?
知ってますよー。血管にかかる圧力のことですよね
そう。ただし、血管は血管でも動脈にかかる圧力のほうね。静脈の場合は静脈圧とよんで区別しています
静脈圧か、知らなかった
手足の静脈は温度が低くなりがち。だから、動脈にからみつくように走りながら、動脈から熱をもらってるの
へえ、なかなか賢いですね。静脈ってやつは
血液の温度を維持して、体温を下げない工夫なの
血圧とは──最高血圧と最低血圧
蛇口からホースに向かって勢いよく水を流せば、ホースはピンと張った状態になります。これを血管に置き換えると、心臓が送り出す血液の量(心拍出量)が多く、血管壁が強く押されている状態―つまり、血圧が高いということになります。このとき、誰かが誤ってホースを踏んでしまったとしましょう。すると、踏まれる手前のホースはピンと張りつめた状態になりますが、踏んだ先に水は流れず、ホースはぐんにゃりしてしまいます。このぐんにゃりしているのが、血圧が低い状態です。
血圧はこのように、血管を流れる血液の量(心拍出量)と、それを押し戻そうとする血管の力(血管の抵抗)によって決まります。どちらが増えても血圧は高くなりますし、どちらが減っても、血圧は低くなります。
心周期で血圧を測ると、心臓が収縮して血液を押し出している間に、最も圧力が高くなります。これを収縮期血圧もしくは最高血圧といいます。反対に、血圧がもっとも低くなるのは心臓が拡張するときで、こちらは拡張期血圧もしくは最低血圧といいます。
その基準、どうやって決めているんだろう?
大規模な調査データをもとにWHO(世界保健機関)やISH(国際高血圧学会)が基準をつくり、それに従って日本高血圧学会が高血圧治療ガイドラインを定めています
血圧ってたしか、測定時の姿勢や状態で変わるんですよね
そうよ。それに、看護師や医師の白衣を見ただけで緊張して血圧が高くなっちゃう患者さんもいるらしいの。白衣高血圧とか、仮面高血圧とかよばれているわね
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版