音楽回想法で安らかな最期を―死に逝く人に起こる「回想」とは?
ホスピス緩和ケアを専門とする音楽療法士・佐藤由美子さんのコラム第7回。今回は、音楽を用いて回想をサポートする「音楽回想法」についてお届けします。
音楽のあるホスピスから
Vol.7 死と向き合う患者を音楽でサポートする
【佐藤由美子】
ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。15年からは青森慈恵会病院の緩和ケア病棟で音楽療法士として働いている。
回想(ライフ・レビュー)という言葉を聞いたことがありますか?
回想とは、簡単に言えば人生を振り返り、自身を省みることで、人生の危機に接したときに起こる現象です。死とは、言ってみれば人生最大の危機ですから、末期の病気を患う患者さんは、必ず回想を経験すると言えるでしょう。
本人が意識してもしなくても、これまでの人生で起こったことや、健康だったころはあまり考えなかった昔の思い出が自然とよみがえってくるのです。
音楽で感情を呼び起こす「音楽回想法」
高齢の方が昔の話をするとき、一般的に「また思い出にひたっている」とか「現実逃避している」などと否定的に見られがちですが、アメリカの精神科医ロバート・バトラーは、回想には極めて大きな役割があると唱え、その重要性を世に広めました。
人は、過去を振り返り、自らを省みることで人生の意味に気づき、現状を乗り超える力を得ることができます。また、回想によってやり残したことをやり遂げたり、逆に「やり残したことはない」と実感する人もいる。だからこそ、回想という過程は、死と向き合う人が穏やかな最期を迎えるにためにとても重要なのです。
私はホスピスを専門とする音楽療法士として、多くの人々の回想の過程に関わってきました。というのも、音楽には、記憶やそれに伴う感情を呼び起こす力があるからです。
皆さんも昔よく聴いた曲を耳にして、当時のことが鮮明に思い出された経験はないでしょうか? 当時の気持ちがまるで昨日のことのように感じられることが。
こういった音楽の力を使うのが私の仕事なのですが、音楽を用いて意図的に回想の過程をサポートすることを「音楽回想法」といいます。ただ音楽を聴いてもらうこともあれば、一緒に唄ったり楽器を弾いたりすることもあり、そのようなアプローチが回想につながることがあります。
『トロイメライ』がよみがえらせた過去の記憶
2016年、青森の緩和ケア病棟で荒井さん(仮名)という末期の肺がんを患う85歳の患者さんと出会いました。
元看護師で退職後も活動的だった彼女にとって、寝たきりの生活は想像以上に苦痛なものでした。明るかった彼女は怒りっぽくなり、「まるで別人のようになってしまった」と家族は嘆いていたのです。
ある日、私が彼女を訪問すると、荒井さんは『トロイメライ』が聴きたいと言いました。それは昔、彼女の父親がバイオリンでよく弾いていた曲でした。次の週、私がハープで『トロイメライ』を弾くと、彼女はシーツで顔を覆って静かに泣きました。
その曲とともによみがえったのは、子どものころに過ごした旧満州での思い出だったのです。
「昔はあまり考えなかったけどね、今はあのときのことが頭に浮かんで眠れない日もあるの……」
過去の記憶に悩まされていた荒井さんは、病棟に滞在した3カ月の間、何度も満州での出来事を語り、つらかった過去の記憶をたどりました。
その中で唯一、彼女の支えとなったのは、父親の思い出でした。『トロイメライ』を聴くたびに、彼女は目を輝かせ、幸せそうな笑顔を見せたのです。
患者さんが安心して回想できる環境を
「今でも父が弾いていた曲を聴くたびに、まるで父がそばで見守っていてくれるような気がするのよ」
荒井さんは、「死ぬ前に『トロイメライ』を流してほしい」と家族に頼み、その後安らかに息を引き取りました。
このケースからもわかるように、回想によってよみがえる記憶は必ずしも楽しいことばかりではありません。悲しい思い出や考えたくない記憶ほど、人生の最期に思い浮かぶものなのです。
だからこそ、音楽によって記憶を刺激するだけでは不十分で、患者さんがつらい過去と向き合うとき、安心して気持ちを表現できる環境をつくることが大切です。
回想は死と向き合い、生きるための力になる
回想は死に直面した人にとって自然なプロセスであり、荒井さんのように他界した家族との思い出や、その姿かたちが鮮明に思い浮かぶことも稀ではありません。
すでに亡くなった人だとしても、愛する人の存在を近くに感じられることが、死と向き合いながら生きるという現状を乗り越えるための力になるのです。
このテーマについては新刊『死に逝く人は何を想うのか』(ポプラ社)で、他の患者さんのケースと合わせて詳しく紹介していますので、参照いただければと思います。
【佐藤由美子】
ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州シンシナティのホスピスで10年間音楽療法を実践。2013年に帰国。帰国後は青森県在住。15年からは青森慈恵会病院の緩和ケア病棟で音楽療法士として働いている。著書に『ラスト・ソング』(ポプラ社)、『死に逝く人は何を想うのか』(ポプラ社)がある。ハフィントンポスト(日本版)でBlog「佐藤由美子の音楽療法日記」を掲載中。
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