“ケアする側もされる側も癒やされる”現役医師の音楽ユニット「Insheart」インタビュー
看護師として「私にできることなんて何もない…」と無力感を感じたことはありませんか?
同じように葛藤したことをきっかけに、音楽活動を始めた現役医師がいます。
「Insheart(インスハート)」のお二人です。
形成外科医でボーカルとバイオリン担当のToshi(左)、精神科医でギターと作曲作詞担当のJyun(右)の二人組音楽ユニット「Insheart(インスハート)」。現役の医師として働きながら、週末はライブで全国を飛び回っている。
「ケアする側もされる側も癒やされる」、お二人ならではの音楽についてお話を聞きました。
取材・文/白石弓夏(看護師・ライター)
研修医時代に感じた葛藤から活動をスタート
――Insheartとして活動を始めたきっかけを教えてください。
Toshi:僕たちは元々、同じ大学の音楽サークルで活動していたんです。今とは違って、激しいロックバンドのコピーをしていまして…。
いわゆる“ヘドバン”ですね、頭を振ったり、シャウトしたりしてました(笑)
――え!?今のお二人の優しい音楽性からは想像もつかないですね。
Toshi:そうなんです(笑)
当時は「誰かのために」ではなく、自分が楽しむための活動でした。
大学を卒業してしばらくは、音楽とは無縁の生活をしていたんですよね。
その後、医師として救急外来などの臨床現場で働くようになりました。
そのときに感じた葛藤がきっかけで音楽活動を再開したんです。
――どのような葛藤だったんでしょう?
Toshi:「命が助かっても、心は閉ざしたままの患者さんがいる」という現実をまのあたりにしたんです。
救急で命が助かって、車椅子で動けるまでに回復したとしても、なかなか元気が出ない。
“処置”だけでは届かない部分があると痛感しました。
患者さんたちに何かできることはないのかなと、漠然と思っていました。
Jyunと話をするうちに、「僕たちには音楽があるじゃないか」と思い立って。
院内でコンサートをしてみるのはどうかと、事務部や院長に相談し、活動を始めました。
――すごい行動力ですね。相談したときに、反対はされなかったんですか?
Toshi:それが全然で。すんなりと事が運びました。
――実際にコンサートをしてみて、反応はどうでしたか?
Toshi:患者さんに「よかった」と言ってもらえることが多くて。その言葉をいただくことが一番嬉しいですね。
患者さんだけではなく、支える家族の方にも大勢来ていただいているんですよ。
毎日病院に来て、子どものお見舞いをしているお母さんから「コンサートを聞いて、優しい気持ちに戻ることができました。娘に笑顔で接していこうと思います」と言われたことがありました。
毎日仕事も忙しく大変な状況で、娘さんに優しくできなかったこともあったそうなんです。
もちろん、人間なので良いときも悪いときもあると思いますが、少しでも僕たちの音楽が届いたのならすごく嬉しいな、と。
――私も小児科病棟で働いていたとき、闘病するお子さんとそのご両親を大勢見てきました。「自分は看護師なのになんて無力なんだろう」「もう少し何かできることはないのか」と悩むことが多くて。
看護師も葛藤を抱える患者さん・ご家族を目の前で見てきているので、そうした方たちの心が音楽で少しでも癒されるならとても嬉しいです。
Toshi:役に立てているなら嬉しいですね。
院内で演奏を重ねるごとに、終演後に直接感想をもらったり、ときには相談されることも増えていったんです。
そのような反応をいただいたことがきっかけで、院外でのコンサート活動にも広げていきました。
現場にいるからこそ伝えられるメッセージ
――曲のテーマはどのように決めているのですか?
Jyun:僕は精神科医なので、臨床で、自殺願望をもつ方と接する機会があります。
もちろん、治療には全力を尽くしますし、医療機関を受診いただくことは大前提です。
でも、それだけではなく+ αのアプローチで「できることはないか」という思いをもっていました。
そうやって、身近にある命の大切さを改めて考え、作った曲が『瞳の中のあなた』です。
『瞳の中のあなた』
Jyun:おこがましいかもしれないけど、「この曲が今日と明日の懸け橋になれるのなら」という思いで作りました。
――「今日のあなたが明日のあなたにつながるように、私は隣にいる」という歌詞が、看護師の私の心にも深く刺さりました。
ケアする側も癒やされるのはどうしてなんでしょう…。
とにかく、音楽のもつ力がすごいので、看護師仲間にもぜひ聞いてみてもらいたい曲だと思いました。
毎日忙しくて忘れてしまうんですけど、病院って実は壮絶な場所ですよね。
いろんな生と死や、それを見守る人であふれている。
Jyun:僕が働いている精神科や高齢者病棟でも、自殺の問題があったり、お看取りがあったり、命について深く考えさせられる場面の連続です。
現場にいる僕らだからこそ伝えられるメッセージがあると思っています。
一番大きなテーマは「命について」
Jyun:また別の話なんですが、ホスピスでお母さんを亡くされた姉妹のエピソードを基に作った曲があります。
お母さんが亡くなってとても悲しんでいたけど、時の流れとともに少しずつ癒えていった過程を話してくださいました。
命はなくなっても「お母さんは私たちとずっと一緒にいるんだ」と思えたことを伝えてくださったんです。
他にも『わたしへのさよなら』という曲は落水洋介さんという方のエピソードを基に作りました。
落水さんはPLS(原発性側索硬化症)の診断をされた方です。
診断されてしばらくは「死にたい、死にたい」という気持ちと、「家族がいるからどうしよう」という強い葛藤を抱えていたそうです。
今では、前向きにさまざまな活動をなさっているのですが、落水さんがどういう思いで、どうやって自分と家族と向き合っていったのかを曲に込めました。
『わたしへのさよなら』
――「支えるでも支えられるでもなく」という部分、胸に迫るものがありました。看護師の仕事もまさにそうだな、と。
Toshiさんはこれらの歌詞を表現するボーカルとして、歌うときに意識していることはありますか?
Toshi:僕の場合、きれいに歌うことよりも「相手のために歌う」ことを意識しています。
相手の心に届けるためには、自分自身が詞に入り込んだ状態じゃないといけないと思うので、自然とそのときの感情で歌っている感覚です。
あくまでも医師の仕事がメイン
――Insheartとしてこれからやりたいことはありますか?
Jyun:根本の目的が、「患者さんやご家族の心を救いたい」ということなので、あくまでも医師の仕事がメインで、音楽と二軸でやっていくことは変わりありません。
Toshi:元々医師をしていて「足りないところを音楽で支えたい」と始めた活動なので、今後も地道に続けていくだけです。
最近はメディアの取材も増えてきていますが、まずはInsheartの活動を知っていただければな、と思っています。
その方の人生を救うと言ったらおこがましいですけど、一人でも知ってくれて、曲を聴いてくれたら、というのが僕たちの希望です。
Insheartの二人が考える寄り添うことの意味
――ユニット名の「Insheart」という言葉は、「あなたの心に寄り添う」という意味があるそうですね。
最後に、お二人にとって「寄り添う」とはどのようなことか教えてください。また看護師に向けてメッセージをお願いします。
Jyun:寄り添うとは基本の傾聴や共感…と、言葉で言うと簡単ですけどね。
相手もわかりますよね…。
言葉だけで「そうなんですね」と言われているのか、ちゃんと自分のことをわかろうと思って聞いてくれているかって。
人と人とのやりとりなので、ただテクニックを使うだけじゃなくて、ちゃんと相手を理解したいという気持ちがあるかどうかが大きいと思います。
病院だと身体のケアが優先されがちで、心はなかなかケアされない、及ばないことも多いかもしれない。
そういったときに看護師さんの役割って大きいと思います。
だから、「これからもよろしくお願いします」という気持ちです。
Toshi:歌声で寄り添うことが僕の役割だと思っています。
でも、普段の臨床で、患者さんの一番近い場所にいるのは看護師さんですからね。
医師は至らないところもたくさんありますし、看護師さんの仕事は大変だと思うけど、いつもすごく頼りにしています。これからも一緒に頑張っていけたら嬉しいです。
――Toshiさん、Jyunさん、ありがとうございました!
Insheart(インスハート)
形成外科医でボーカルとバイオリン担当のToshi、精神科医でギターと作曲作詞担当のJyunの二人組音楽ユニット「Insheart(インスハート)」。現役の医師として働きながら、週末はライブで全国を飛び回っている。
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