指示通りに動くのは「信頼関係」があるからとは限らない|「犬を訓練すること」の難しさ

災害救助犬&セラピードッグのおさんぽ日記【3】

髙木美佑希(Takaki Miyuki)
日本レスキュー協会・災害救助犬トレーナー

 

前回、新米ハンドラーである私とJとの出会いと服従訓練について紹介しましたが、今回は服従訓練についてもう少し詳しくお話したいと思います。

 

「とにかく楽しく!」を目指した訓練
できていたのは「信頼」ではなく「ご褒美」が目当てだった?!
「そもそも犬ってなんだ?」原点に戻ってみた
ちょこっと豆知識

Q 災害救助犬になるまでどのくらいの期間がかかるの?
Q 災害救助犬と警察犬の違いは?

 

 

「とにかく楽しく!」を目指した訓練

Jが服従訓練で最初にした内容は脚側行進です。
これは、「あとへ」というハンドラーの号令で、犬がハンドラーの左横について歩く方法です。

 

 

以前の訓練士がある程度訓練をしていたため、Jは脚側行進の「形」の理解はほぼできていました。
当時、まだ訓練の経験も浅かった私は、上司から「まずは3歩歩けるようになることを目標に」と言われ、私は教えられたように毎日Jの訓練に励みました。

 

Jとの関係性がまだ十分ではないことは分かっていたので、訓練は「とにかく楽しく」するように心掛けました。
たとえば、犬が横について歩きやすいように、私がご褒美のボールを左脇に挟みながら歩き、Jが指示通りにできれば「そうそう、すごいね」と褒めてボールを与えます。
訓練をしながら、「これでいいのかな?」という不安はあったものの、Jは私の「あとへ」という号令でしっかりと歩いてくれていました。

 

ボールを見ながら脚側行進を行うJ。「それ、ボクの?」

 

できていたのは「信頼」ではなく「ご褒美」が目当てだったから?!

こういった訓練を重ねるうち、Jは目標の3歩もあっという間にできるようになりました。
私は少し自信もつき始め、すっかりJとの関係性が作れてきたのだと感じ始めていました。
そこで、訓練をレベルアップさせようと、今まで左脇に挟んでいたご褒美を外してみることにしました。この時、私は初めて訓練の難しさを知りました。

 

左脇に挟んでいたボールを外し、これまでと同様に「あとへ」という号令でJを左横につかせようとしました。最初こそJは、今まで通り楽しそうに歩いてくれていました。しかし、少し歩いた地点でJの歩く速度は遅くなり、表情も沈んできました。
明らかに、Jの様子が変わっていたのです。

 

この時、私は初めて、私とJとの関係は信頼関係にあるのではなく、まだ「ご褒美がもらえるから」という関係に過ぎないということに気付きました。

 

あくびをするJ。あくびは、犬がストレスを感じてる時によく出る。

 

脚側行進を行う時は、犬は常にハンドラーの動きを意識していなければなりません。
走りたくても、止まりたくても、匂いが気になっても、好きな子(犬)が前を通っても、自由に行動することはできないのです。
だからこそ犬に、そういった感情を我慢してでも「ハンドラーと訓練している方が何よりも楽しい」と感じさせ、犬から信頼されなければいけません。

 

Jはまだ私を信頼しておらず、ご褒美が見えなくなった途端、「ご褒美がないならやりたくない」とどんどん意欲を失ってしまったのです。

 

そして、まだ新米だった私は、こういう時、どう対応すればいいのか分からなくなってしまいました。
注意をすればいいのか、するならどのように注意したらいいのか、いつご褒美を与えたらいいのか、どのように声掛けしたらいいのか…。
これは、私とJにとって最初の壁となったのでした。

 

「そもそも犬ってなんだ?」原点に戻ってみた

どうJに接していけばいいか分からなくなった私は、上司の訓練を見学し、アドバイスをもらうことにしました。

 

しかし、犬の訓練はスポーツのようなものです。柔軟な対応が必要になることが多く、また感覚的な要素も多くあります。たとえば、
「ご褒美を与えるタイミングは犬がぐーっと集中している時に」
「訓練は(犬が)飽きないように、変化をつけること」
「脚側行進で犬がついて来ないときは、叱るのではなく『チョンチョン』とリードで合図を送る」
…などといったアドバイスも、専門学校や大学で犬のトレーニングを学んでない私にとっては、なかなか理解できず、上司から教えられたように実践してみても、その都度課題や疑問が新しく残る毎日でした。

 

指示通りにできてご褒美のボールをもらってゴキゲンのJ。「うまくできたでしょ? なでてなでて~!」

 

こういった毎日の中、訓練を通して犬の表情や行動を見ているうちに、私は、ふと「そもそも『犬』って何だ?」と疑問を持つようになりました。
身近にいる動物だけど、実際、私は犬についてほとんど分かっていませんでした。
犬の歴史、体、行動、病気…犬のことを分かっていないのに、犬との信頼関係を築こうなんて、難しい話だったのです。

 

そう気付いてから、私は訓練と平行して、自分で犬についての勉強を始めました。

災害救助犬になるまでどのくらいの期間がかかるの?

日本レスキュー協会では、2か月半~3か月ごろの子犬から育成を初めます。その後、現場で活躍できるようになるまで、一般的に2~3年の月日を費やします。

 

また、日本レスキュー協会所属の災害救助犬の引退は8歳と定めています。8歳という年齢は、人では約60歳くらいです。
危険な災害現場で働く災害救助犬にとって無理は怪我のもと。体力や嗅覚の衰えも考えられるため、まだまだ元気そうに見えても、大体8歳前後で引退させています。
なお、引退後は里親さんを探し、一般のご家庭で余生をゆっくり過ごしてもらいます。

 

 

災害救助犬と警察犬の違いは?

災害救助犬と警察犬、どちらも、「どこにいるか分からない人を捜すため」に訓練された犬です。しかし、災害救助犬と警察犬は大きく2つの違いがあります。

 

一つ目は「においのたどり方」です。
災害救助犬は、空気中の人の汗や呼気など「におい(浮遊臭)」をたどります。対して警察犬は、捜す対象の人のにおいを覚えさせ、「足跡のにおい」をたどります。

 

二つ目は、「捜す対象者の違い」です。
災害救助犬は、人を特定せず誰でも捜すことができます。対して警察犬は、捜索前ににおいを覚えさせた人のみを捜します。

 

こういった違いがあるため、災害救助犬と警察犬では、働く場所や訓練方法も異なります。

 

 

【髙木美佑希 たかき・みゆき】

認定NPO法人日本レスキュー協会所属、災害救助犬トレーナー。
大学生時代、災害救助犬に興味を持った。ネット上だけではなく、実際に働いている人と話したり、「現実」をきちんと知りたいと思ったことがきっかけで
2014年4月、日本レスキュー協会へ入職。
災害救助犬訓練士を目指し、現在に至る。

 

日本レスキュー協会 Japan rescue
認定NPO法人日本レスキュー協会

災害救助犬(レスキュードッグ)の育成・派遣を中心に世界規模で活動するNGO団体。国際救助機関として、災害時には国内外問わず、広く活動している。
また、災害救助活動のほか、セラピードッグの育成・派遣や捨て犬・捨て猫の保護など動物福祉・愛護活動も行っている。

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