せん妄の薬剤鎮静を安全に実施するために
『せん妄のスタンダードケア Q&A100』より転載。
今回は、せん妄の薬剤鎮静について解説します。
せん妄の薬剤鎮静を安全に実施するために
せん妄の薬剤鎮静は,せん妄の病態の回復にとっては諸刃の剣です.しかし,患者さんの安全を図り,原疾患のすみやかな検査・治療・ケア,術後の合併症防止,周囲との穏やかな交流を図るためには,その選択や方法,手技に習熟しておく必要があります.
表1のように,せん妄に対する向精神薬使用には,初期鎮静と定期投与,内服の可不可によって,4通りのパターンがあります.また過活動型,低活動型でも,使用する薬剤は異なります.一律に注射ではないことを理解しましょう.
一般病棟で緊急性の高い切迫した精神運動興奮状態を呈したせん妄患者さんに対して行われることのあるベンゾジアゼピン静注方法については注意が必要です.高齢者や全身状態の不安定な患者に行うと,呼吸抑制などの合併症を引き起こす可能性が高くなります.そのため,直ちに非経口投与を選択するのではなく,向精神薬の内服の可能性を探るべきであり,そのうえでベンゾジアゼピン静注方法の実施を,利益と危険性を勘案して慎重に判断し,安全性を最大限確保した手順や環境下で実施する必要があります.
表2は,ベンゾジアゼピン静注方法について,千葉大学医学部附属病院多職種せん妄ケアチームによって作成された共通研修資料から抜粋しました.
まず注意点は,ベンゾジアゼピン注射薬のせん妄への使用は適応外であることです.
たとえば,フルニトラゼパム(サイレースⓇ,ロヒプノールⓇなど)静注用製剤の効能効果は『全身麻酔の導入』『局所麻酔時の鎮静』であり,同名の内服薬の効能効果にある『不眠症』の適応はなく,せん妄で不眠の患者さんに対して内服薬の代替として注射薬を用いるのは適応症の混同といえます.また,ミダゾラム注射液(ドルミカムⓇ)の効能効果は『麻酔前投薬』『全身麻酔の導入及び維持』のほか,『集中治療における人工呼吸中の鎮静』が認められていますが,集中治療でかつ人工呼吸中という制約が明記されており,一般病棟でのせん妄は該当しません.
厳密に添付文書に従うと,一般病棟でのせん妄にベンゾジアゼピン注射薬は使用できません.
しかし実際は,緊急性が高く,その利益が危険を上回ると考えられる場合『医師の裁量』として実施されています.
そのため,表2の1.で示したように,事前に,せん妄に対してこの方法を行う可能性と危険性を十分,患者本人・家族に説明し了解いただく必要があります.そして,実施の際は医師が,患者さんの状態を診察し,使用の可否を判断し,投与あるいは投与を指示し立ち会います.「不穏時,不眠時サイレース1A点滴」のような指示をしてはいけません.事実,日本総合病院精神医学会の『せん妄の治療指針』1)では,投与者を明記していませんが,実際のアクシデント事例では,「投与時に医師がベッドサイドから離れていたこと」が問題視されています2).
3.の希釈方法については,添付文書では,『注射用蒸留水にて2倍以上に希釈調製し,できるだけ緩徐に(フルニトラゼパムとして1mgを1分以上かけて)静脈内に注射』とあります.私たちは調製のしやすさと,より細かく投与量を設定できるように,10倍希釈を推奨しています.点滴については,静注よりも安全という根拠は乏しく,むしろ投与中,投与後の患者観察が不十分となる危険もあることや,投与法が明らかになっているフルニトラゼパムの医療事故報告はすべて点滴投与事例である事実3)から,例外的な方法とすべきです.
続いて,投与実施の際の重要な要件は,4.に示した事前の蘇生や呼吸管理の準備,6.の少量の静注を繰り返し患者さんが入眠した時点で投与を中止する『滴定静注』,そして,7.の投与後の15分おきに90分までのバイタルモニター監視です.この監視間隔は1992年に発表され4),その後,フルニトラゼパムを含む薬物鎮静により蘇生後脳症となった精神科入院患者さんの損害賠償に関する東京高等裁判所の判例で,医療側の『経過観察義務違反』を認める根拠の1つとなりました5).
本コラムで述べた薬剤選択や手技は,現在のわが国の添付文書上の保険適用外の用い方が含まれており,また,今後の臨床知見や有識者や学術的なコンセンサスにより改変される可能性があることをお断りします.
これらの資料をうのみにすることなく,それぞれの施設の対象患者さんの特徴や,施設の強みと限界を十分把握したうえで,複数の関係者で,より安全な運用方法を検討していただきたいと思います.
[文献]
[Profile]
渡邉 博幸 (わたなべ ひろゆき)
千葉大学社会精神保健教育研究センター
*所属は掲載時のものです。
本記事は株式会社南江堂の提供により掲載しています。
[出典]『“どうすればよいか?”に答える せん妄のスタンダードケア Q&A100』(編集)酒井郁子、渡邉博幸/2014年3月刊行