腸鉗子|鉗子(11)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『腸鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

 

〈目次〉

 

腸鉗子は腸管の切断・吻合時には欠かせない鉗子

外側から一気に挟む腸管専用の鉗子

腸鉗子は、その名のとおり、腸管を把持するための鉗子です。

 

把持部が特殊な形状で、組織を挫滅させることなく、均等な圧力で腸管全体を把持することができます(図1)。

 

図1把持部が大きい腸鉗子

 

把持部が大きい腸鉗子

 

ほかの鉗子に比べ、把持部が大きく、腸管を優しく挟みます。

 

腸管を固定・把持するだけでなく、腸管内にある内容物の漏洩を防ぐ

腸鉗子は、腸管を固定・保持することで、その後の操作を行いやすくします。十二指腸吻合や、腸管吻合の際には、腸鉗子で両端を固定・保持して吻合を行います。

 

また、腸管の切離時には、腸鉗子で腸管の断端を把持することで、内容物の漏洩を防ぐために使用されます。

 

腸鉗子の誕生秘話

腸鉗子には人名がついている型がある

腸鉗子がどのようにして開発されたのかについては、詳細はわかりません。しかし、腸鉗子にはたくさんの種類があり、それぞれに“○○型”のように型名が入っています。この“○○”には人名が入りますが、筆者が調べたいくつかのものについては、その人名は、実在の人物のものであることがわかりました。

 

有名な医師の名前がついている3つの型

腸鉗子の型には、たくさんの種類があります。そのなかで、最もポピュラーな3つの型には、いずれも医師の名前がつけられています(図2)。

 

図2有名な医師の名前がついている3つの腸鉗子

 

 

A:ドヤン(ドワイヤン)(型)、Bメイヨーロブソン(型)、C:コッヘル(型)。
メイヨーロブソン型とコッヘル型は形状が似ているように見えますが、把持部の断面の形状は異なっています。

 

(『高砂』一般外科手術器械 総合カタログ. より写真引用)

 

ドヤン(ドワイヤン)(型)(図2A)

この腸鉗子は、ユージーン・ルイス・ドワイヤン(Eugene-Louis Doyen;1859-1916)が開発したものだと、筆者は推測します。

 

フランスの外科医であるDr. ドワイヤンは、新しい医療技術の考案に力を尽くした、非常に革新的な人物だったと言われています。電気を利用した医療を始めたり、伝染病治療のための新薬を世に出したり、新しい器械を開発したりと、当時としては、珍しい人物だったと言えます。その革新さ故、周囲に理解されにくかった面もあったと言われています。

 

メイヨーロブソン(型)(図2B)

この腸鉗子は、アーサー・メイヨー・ロブソン(Arthur Mayo-Robson;1853-1933)が開発したものだと、筆者は推測します。

 

イギリスの外科医であるDr. メイヨーは、胆管の手術や整形外科領域におけるパイオニアと言われています。“メイヨー・ロブソン体位”や“メイヨー・ロブソン点”、などその名を多く残しています。また、後年は英国婦人科協会会長も務めていました。

 

コッヘル(型)(図2C)

この腸鉗子は、エミール・テオドール・コッヘル(Emil Theodor Kocher;1841-1917)が開発したものだと、筆者は推測します。

 

Dr.コッヘルは、コッヘル鉗子を開発したことでも有名な、本コラムでもおなじみの医師です。Dr.コッヘルの研究対象や治療分野は多岐に渡っていて、若い頃に研究を始めたことも地道に研究を続けていました。1909年には、甲状腺疾患治療の功績でノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

腸鉗子の特徴

サイズ

腸鉗子は、成人の腸管操作で使用されることが多い器械です。そのため、一般的なサイズは22cm~30cmです。メーカーにもよりますが、小さいものでは13cm程度、大きいものでは28cm程度のラインナップがあるようです。

 

形状

腸鉗子の全体の形状は、ほかの鉗子類と同じX型です。特徴的な部分は把持部の幅で、10mm程度と広くなっています。これは、消化管の一部にかかる負担を軽減させるために、圧を分散させています。また、消化管組織を挫滅させないために、把持部の中央に隙間があり、先端だけが接触する形になっています。

 

なお、把持部の形状は、直型と反型(曲型)があります(図3)。

 

図3腸鉗子の把持部の違い

 

腸鉗子の把持部の違い

 

A:曲型、B:直型。

 

memo腸鉗子の把持部に施された工夫

腸鉗子の把持部の内側には、メーカーや型によって、縦溝やドベーキータイプの溝など、さまざまな溝があります。低侵襲でありながらも、確実に組織を把持できるように工夫が施されています。

 

*参考:ドベーキー鑷子

 

材質

腸鉗子は、ステンレス製です。

 

製造工程

腸鉗子が製造される工程は、ほかのX型鉗子と同じように、素材を型押し、余分な部分を取り除いていきます。さらに、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

腸鉗子の価格は、一般的なサイズのもので、1本あたり6,500円~18,000円程度です。価格の幅がかなり広いのは、把持部内側の加工や、形状そのものにバリエーションがあるためだと考えられます。

 

寿命

腸鉗子の寿命は明らかではありません。使用時、どの程度の圧をかけて使用したのか、使用頻度はどの程度であったかなどが影響してきます。また、洗浄方法や滅菌過程での取り扱い方も、腸鉗子の寿命に影響を与えます。

 

腸鉗子の使い方

使用方法

小腸の穿孔箇所を部分切除した端々吻合の場合などは、腸鉗子の使用が欠かせません。穿孔部位を同定し、腸間膜の結紮処理()の後、小腸に腸鉗子をかけて腸を切離します。小腸断端を消毒()した後、腸鉗子を並列して、小腸後壁を結節縫合()していきます(図4)。

 

図4腸鉗子の使用例

 

腸鉗子の使用例

 

腸間膜の結紮処理の後、小腸を腸鉗子で把持します。
小腸を腸鉗子で把持したまま、小腸断端を消毒します。
小腸断端を結節縫合するため、把持している腸鉗子を並列させます。

 

類似器械との使い分け

腸鉗子は、腸管を把持することに特化した鉗子です。そのため、用途が同じ器械類はありません。

 

禁忌

腸鉗子は、腸管を安全確実に把持するために工夫された鉗子です。そのため、目的外での使用には注意が必要です。

 

memo腸管以外の組織(肝臓)に使用されるまれなケース

肝外側区域切除の際、肝臓の外側区域が、薄くなっている菲薄化(ひはくか)した状態の場合は、腸鉗子で肝臓を把持することによって圧迫止血の効果が得られます。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

腸鉗子と胃鉗子の違いは全体の長さから判別

腸鉗子は、外観に特徴があるため、取り間違えることはなさそうです。

 

腸鉗子によく似た鉗子として、胃鉗子(直型)がありますが、胃鉗子と腸鉗子は全体の長さが違います(胃鉗子>腸鉗子)。そのため、把持したい部分の幅(内容物が無い状態)を考えると、どちらを使用すれば良いのか、長さの違いからわかります(図5)。

 

図5腸鉗子と胃鉗子の全長の比較

 

腸鉗子と胃鉗子の全長の比較

 

腸鉗子(A)に比べ、胃鉗子(B)の方が長い作りになっています。

 

使用前はココを確認

腸鉗子のラチェットは、ほかの鉗子よりも長くできていて、さまざまな径の消化管に対応できる仕組みになっています。使用前には、ラチェットのかかり具合や噛み合わせを確認しておきます。

 

ネジ留めタイプの腸鉗子の場合は、ネジの緩みが無いかも確認しておきましょう。

 

術中はココを確認

器械出しの際は、腸鉗子の先端部分を上にして、親指・人さし指・中指の3本で持ち、ドクターの手のひらにしっかりと当てて、手渡します。その際、ラチェットは、1段だけかけておきましょう。

 

使用後はココを注意

ドクターから腸鉗子が戻ってきたら、使用前に確認した箇所について再確認しておきましょう。破損や変形など問題がある場合は、次に使用することができません。問題が無ければ、次の指示に備えて付着物などを拭いておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄の手順は、胃鉗子と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落としておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは先端の溝が引っかからない場所に置く

腸鉗子は胃鉗子と同様、基本的には分解することできません。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持っておきましょう。特に把持部は、横からの力に弱く、余分な圧力により歪みが生じます。きちんと整頓して並べるようにしましょう。

 

ただし、腸鉗子はサイズが長く、広げるとそれだけで洗浄ケース(カゴ)が一杯になることもあります。その場合は、ほかの器械と分けて、洗浄ケース(カゴ)に入れるなどの工夫が必要です。

 

滅菌方法

ほかの器械類と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。なお、滅菌完了後は、非常に高温になっているため、ヤケドをしないように気をつけましょう。

 

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 腸鉗子、胃鉗子(カタログ).
  • (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
  • (3)下間正隆, 中村隆一. まんがで見る手術と処置-カラー版(エキスパートナースMOOK14). 東京: 照林社; 1998.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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