今、「うきうきしていない」あなたへ

原田奈穂子

看護師・大学教員

 

2024年の春をあなたはどのような気持ちで過ごしているでしょうか。

 

Spring passes and one remembers one’s innocence.
――Yoko Ono
(春が過ぎ、人は無邪気だったころを思い出す)

 

 

こんにちは。原田奈穂子と申します。
現在は、大学で看護学の教授や災害時の支援者への支援についての研究、実践などを行っています。

 

冒頭の文は、アーティストであり、音楽家、平和運動活動家でもあるオノ・ヨーコの名言です。
ここでいう「無邪気(innocence)」とは、「新しい環境を迎えたときの「うきうきした気持ち」「期待する気持ち」のことだと思ってください。

 

今回は、勉学のお話については少し横に置いておいて、オノヨーコのいう春に感じる無邪気さ、すなわちこの「イノセンス(innocence)」について、綴ってみようと思います。

 

「はち切れそうな誇らしい気持ち」がないとダメ?

「イノセンス」は、人の成長とともにうつろうものだと私は感じています。

 

冒頭の文にあるように、「春が過ぎ去るころに無邪気だったことを思い出せる」のは、単純な「無邪気さ以外」の感情に気が付けるようになった人だけではないでしょうか。

 

つまり、これを読んでいる皆さんのような世代になってから初めて持てる、「春の心持ち」なのだと私は考えています。

 

「無邪気さ以外」の感情に気が付く前…皆さんがまだ小さかったころの「春の心持ち」は、幼稚園や小学校という新しい、それまで経験したことがない世界に飛び込んでいくイノセンス(うきうきした気持ち)に溢れていたのではないでしょうか。
それまでは憧れでしかなかったランドセルやスクールバッグを手に入れた時の、あの満足感や誇らしい気持ちを、今年、同じだけ持ち合わせている看護学校の新入生や新人看護師はどれだけいるのでしょう。

 

少しうがった見方かもしれませんが、私は、「はち切れそうな誇らしい気持ちを持っている」小学校1年生が全体の95%いるとしたら、看護学校の新入生や新人看護師は33%くらいのような気がします。

では、残りの看護学校の新入生や新人看護師は、なぜ、そのような気持ちになれないのでしょうか。

 

 

例えば、あなたがこの春、第一希望の進路に進めたり就職できたりしているなら、不安よりも期待や誇らしい気持ちの方が大きいかもしれません。

 

しかし、それに伴う引っ越しや転居などの新しい環境への不安に加え、細々とした日常のやらなくてはならないことや課題などが目の前に山積していくにつれ、期待に膨らんでいた風船は、あっという間にしぼんでいくかもしれません。

 

また、第一希望の進路や就職先でない人、そもそも、看護師になりたかったわけではない人もいるでしょう。

 

ジェンダーギャップ指数が146か国中125位であり1)、女性の社会参画がASEAN諸国よりも低い日本では、看護職は女性が手に職が付けられる職として常に上位に君臨し続けています。
大学で教えていると、「看護を学びたい」のではなく、手に職を付けたいから看護を選ばざるを得ない人たちも少なからずいるように感じます。

 

人は成長するに従い、世界は思っているほどきらきらしていたり、清らかなものではなく、もっともっと複雑で、何ならどろどろしてることに気づかざるを得ません。
その気付きは、「手放しで何かに期待すること」を少しずつ、確実に諦めさせるのです。

 

そして、この「諦めのような気持ち」が、手放しで何かをする勢いのようなもの―小学1年生の「はち切れそうな誇らしい気持ち」や、オノ・ヨーコのいう「イノセンス」を奪っていくような気がしてならないのです。

 

「昔はもっと春はうきうきしてたのになあ」

 

あの無邪気だったころのあなたの気持ちはどこに行ってしまったのでしょうか。
あの気持ちを持てなくなったあなたは、駄目なあなたなのでしょうか

 

 

「両価性」を受け入れてみる

私は、「春が過ぎ去るころに無邪気だったことを思い出せる年齢」になってから看護を学ぶことこそ、「看護学」という『学問』を臨床につなげることができるような気がします。
つまり、純粋な気持ち(イノセンス)を持てなくなったからこそ、同じような他者の気持ちを理解することができるのではないかと思うのです。

 

「イノセンス」を持てなくなっているのは、看護職だけの話ではありません。

 

看護職がかかわる患者さんの多くも、イノセンスの部分が小さくなっている人な気がします。疾病や障がいが、人が自分自身に対して持つ自信や、未来への期待、確信といった「イノセンス」を確実に弱めることは、簡単に想像ができます

 

そのような患者さんへ、「春が過ぎ去るころに無邪気だったことを思い出せる年齢になった」あなただからこそ、上手にかかわることができるのではないでしょうか。

 

世の中は綺麗で輝かしいものばかりではなく、ありふれていてつまらないことにも溢れている。でも、どちらにも価値がある

 

人の気持ちにも、自信に満ちた瞬間もあれば、どこにも自信を見出すことができない瞬間もある。でも、どちらの気持ちも持つ自分を受け入れることができる人は、他者に対してもその人の両価性を受け入れることができると思うのです。

 

純粋に、期待に胸を膨らませていた昔のあなたと、新しい生活や学びに自信や期待を持てない今のあなた。その両方がいて初めて、「春が過ぎ去るころに無邪気だったことを思い出せるあなた」になるのではないかなと思います。

 

 

今は、そんな気持ちを楽しむ余裕はないかもしれません。
でも、その時々の「自分の気持ち」を素直に感じ、否定するのではなく、受け入れていってほしいなと思います

 

かく言う私が感じる春のイノセンスといえば、軽やかな気持ちなど微塵もなく、4月が終わってしまいそうなことに、さらに焦燥感が上乗せされているという、人に言うには大変お恥ずかしい心持ちです。

 

新学期の講義や演習の準備に加え、継続している研究や論文執筆なども気になる毎日です。そんな慌ただしい中に行った新入生や新学期ガイダンスを、学生さんにぼんやり聞き流されているように感じた私の被害妄想を消化するために、これを書いたのかもしれません。

 

 

執筆

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学学域 教授原田奈穂子

千葉市生まれ。1998年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)を卒業後、聖路加国際病院と2次・3次救急の臨床に関わる。2005年、ペンシルバニア大学修士課程に進み、成人急性期ナースプラクティショナー課程を修めた後、ボストンカレッジ大学博士課程に進学。博士2年目の2011年春に東日本大震災が発生し、3月14日に帰国し災害医療支援に従事したことを契機に、国内外の人道支援と支援者支援について実践と研究に取り組む。現在は、2025年5月に東京で開催されるWADEM(世界災害救急医学会)2025の運営委員として、世界中の災害有識者を日本に招致し、災害時の医療と健康支援の更なる発展に繋げるべく準備に当たっている。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

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