「患者さんの食事を楽しいものに」見た目も味もおいしい「摂食回復支援食」開発秘話【後編】
摂食機能が落ちた方のための「ソフト食」を製造・販売されている、イーエヌ大塚製薬さんへのインタビュー。前編では、摂食回復支援食「あいーと」開発の経緯についてお聞きしました。
こんなに進化しているソフト食! 見た目も味もおいしい「摂食回復支援食」開発秘話【前編】
後編では、利用者からの声や、今後の取り組みについてお話を伺います。
硬い牛肉も、スプーンで楽につぶせるほどやわらかく
「ちょうどいい食べやすさ」への挑戦
イーエヌ大塚製薬では、同社の摂食回復支援食「あいーと」の新商品が出るたびに医師に食べてもらい、評価やコメントをもらっているといいます。例えば、魚と栗を使った料理の場合、魚のやわらかさに対して、栗が固すぎるというような意見が出るそうです。また、一言でやわらかいといっても幅が広いため、もう少しやわらかい食品もほしいというような要望も寄せられます。
「実際に食べる方はうまく噛めない、飲み込めない方です。そのため、やわらかくても、口の中でまとまりにくいと食べづらくなります。また、粘りが強すぎて、口の中でくっつきやすくなるのも難しい。そうした物性的な面は研究課題の1つです。ご協力いただいている病院でお話を伺う機会はあるのですが、患者さんにどれぐらい受け入れられているかはもっと知りたいところですね。特にやわらかさや粘りについては、病態により異なりますし、個人差もあるので、看護師さんをはじめ、お食事をサポートしている方が担当の患者さんを見ながら提供しているケースも多いと思います。それだけに可能なら食事状況ももっと間近で見てみたいですし、お食事のサポートをする看護師さんの声もぜひ聞いてみたいです」
食事を通じて生き甲斐を提供
実際に同社の摂食回復支援食「あいーと」を試食させてもらったところ、まず、和食のコース料理さながらの見た目とメニューの豊富さにびっくりしました。言われなければソフト食だとは全く気づきません。
彩り豊かで、さながらコース料理のよう
しかもスプーンを入れると、すっと入り、簡単につぶすことができます。特に煮物のレンコンは見た目と実際のやわらかさのギャップに驚かされました。もちろん、味つけもしっかりされ、和食料理店で食べているような気持ちにさせてくれます。
力を入れなくても、簡単につぶせます
発売後、看病や介護をしている方から手紙をいただくことも多いそうです。中には「90代の母が食べられる食材が徐々になくなっていく中で、あいーとを出したところ、ゆっくりでも完食してにっこり笑ってくれた」というエピソードもあるようです。
「『ご家族のコミュニケーションのお役に立てたと』感じる機会が多く、本当にやっていてよかったと思います。介護施設などでアンケートをとると、ご利用者さんの一番楽しみなのは食事だそうです。楽しく食べることで、気持ちも前向きになり、リハビリにも積極的になれるというお話も伺いました。また、ある施設で認知症の女性の方に『あいーと』を出したところ、ニンジンをよけて食べたので、スタッフはそこで初めてニンジンが嫌いだと気づいたそうです。脳への刺激をはじめ、いろいろな面でプラスの作用が働くことを期待しています。この仕事を通して、食事が楽しく食べられることが生き甲斐につながるのだと改めて感じています」
課題はサラダやお寿司などの生もの
発売当初、利用者の多くは高齢者と想定し、メニューは和食中心でした。しかし、患者さんや病院の管理栄養士、自宅での利用者などからの「洋食もほしい」「和食だけでは飽きてしまう」という声を受けて、徐々に洋風、中華のメニューも増えていきました。
現在メニューは37種類。開発当初はやわらかくすることが難しかったエビ、海藻などの食材についても開発を続け、エビチリ、ひじき煮などのメニューも作れるようになりました。
利用者からの声に応え、いろいろなメニューを開発
「今、特にニーズが高いのが、お祝いのメニュー、ハレの日のメニューです。昨年、今年と限定でおせちの販売をしたのですが、たいへん好評でした」
一方で、現状ではまだ商品化できていないものもあります。
「めん類がほしいという声は多いのですが、食べる際に麺を刻んで短くしすぎるとめん類らしさが出ませんし、長さを残すと食べる難しさがあるんです」
他にも商品化が難しい料理はあります。その1つが生のサラダで、キャベツやホウレンソウなどの葉物野菜は、やわらかくした後に形を維持するのが難しいそうです。
そもそも、「あいーと」は酵素をしみ込ませた後に加熱しているため、生ものが難しく、要望の多いお寿司などは今後の課題となっています。
さまざまな観点から研究を行い、品質向上に努めています
現在、販売数の3割が病院や高齢者向け施設、7割が自宅での利用で、病院では全国約200件で採用されています。ただ、病院では給食費の限度額が決まっているため、市販品を毎食使うことが難しいという事情も。そのため、施設によっては術後のみや行事食に利用しているところも多いそうです。手術後に回復を早めるために「あいーと」を取り入れるだけでなく、院内の食堂の一部に「あいーとレストラン」を設けている病院もあります。
「今後はもっと気軽に利用できるように少しでも価格を下げられる努力をしていきたいです。そして、商品の完成度もさらに高めていきたいですね」
現在、他のメーカーでもソフト食の開発に力を入れており、さまざまな商品が発売されています。売れ行きも伸びているそうです。技術の進歩、メーカーの開発の努力によって、笑顔の患者さん、元気になる患者さんが増えるといいですね。
こんなに進化しているソフト食! 見た目も味もおいしい「摂食回復支援食」開発秘話【前編】
■お話を伺った方
北村 研さん(イーエヌ大塚製薬株式会社 マーケティング本部)
「おいしさを追求する仕事をしたい」と、2005年中途入社。入社2年目に先輩と2人で「あいーと」を担当し、以来、現在まで商品開発に携わっている。
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