小さなケアに思えることでも患者の回復につながっている|本当に知りたいナイチンゲールの看護の話【5】
右:小南吉彦さん(現代社 社主、ナイチンゲール看護研究所 顧問)
左:金井一薫さん(ナイチンゲール看護研究所 所長)
「看護って一体何なのか…?」というナースなら一度は感じたことがあるお悩みを中心に、ナイチンゲールを長年研究しているご夫婦にお話をうかがっているこの連載。
今回は、ナイチンゲール看護論をより広く、特に若手看護師に届けるべく発刊された『新版 ナイチンゲール看護論・入門』(金井一薫 著、現代社)について伺います。
聞き手/坂本綾子(看護roo!編集部)
―― 前回インタビューの反響がすごくて…!
特に第2回『「看護」と「看護でないこと」ってどうやってみわける?』に多くの感想が寄せられました。
「明日からの実践に生かしたい!」「そういうことだったのか…」など、Twitterでも多くの意見が交わされていました(Twitterモーメント:ナイチンゲールにちなんだ記事が看護師に大反響)。インターネットならではの双方向性だなと思います。
ナイチンゲールの看護論は、現場の看護師にこそ、取り入れてほしいものです。
特に若い看護師に届いてほしいですね。
―― 記事に「わかりやすい!ぜひ続けてほしいです!」というコメントが書き込まれたり、現場でナイチンゲールの看護論が求められていることがわかります。
今回の新刊では、「何が看護で」「何が看護でないか」という考え方はもちろん、ナイチンゲール看護論について最新の生命科学の知見を取り入れて解説し、より実践で使いやすいようにまとめています。
『新版 ナイチンゲール看護論・入門』(金井一薫 著、現代社)と、看護roo!のマスコット「かんごるー」
新刊の編集は私が担当しました。
特に若手の看護師さんに読んでほしいという思いで、フォントや文字の大きさ選び、レイアウトなどのデザイン面には半年ほど時間をかけました。
本屋さんで本を開いて見たときに、「読みたい」と思ってもらえる本になったと思います。
「看護のものさし」とは?
―― 今回はナイチンゲール看護論に基づいた「看護のものさし」についてお話をお伺いできればと思います。
わかりました。
新刊で詳しく解説していますが、ここでは概要をお伝えしますね。
『看護覚え書』には、自分の行ないが「看護であったか」「看護でなかったか」を判定する「ものさし」の発想が存在することは、前回詳しくお話しました。
この発想を看護実践の場で活用しやすいようにと考案したのが「5つの看護のものさし」です。
『新版 ナイチンゲール看護論・入門』(金井一薫 著、現代社)p.121を基に編集部作成
臨床現場で「自分の行ないが看護であったか、なかったか?」を判断するために、この5つのものさしを使います。
1つ目は、自分が行なったことが「生命の維持過程(回復過程)を促進する援助」であったか、という判断基準です。
患者さんの体内では、日々、生命を維持するための回復の機能が働いていますよね。
「その機能が安定して発動している状態をめざして、生活環境を整えること」それが看護の一番大切な役割です。
―― 前回記事で知ったのですが、ナイチンゲールは看護の役割を「生活を整えて患者の自然治癒力の発動を助けること」と定義しているんですよね。
そうです。その考えに基づいています。
2つ目と3つ目のものさしは、患者の周囲にある「マイナス現象」にフォーカスしています。
2 生命体に害となる条件・状況をつくらない援助
3 生命力の消耗を最小にする援助
今、患者を消耗させているものが、患者の周囲に存在しないか?
看護師は患者の生命力の消耗を最小にするようにはたらきかけているか?
と考えながら、患者とその環境を観察し、適切な看護につなげていきます。
この具体例は、「2時間置きの痰の吸引」を例に、前回記事で詳しくお話した部分です。
4つ目と5つ目のものさしは、「プラスの現象」を発見するときに使います。
4 生命力の幅を広げる援助
5 もてる力、健康な力を活用し、高める援助
患者さんの良いところ、つまり「もてる力」を発見していく「眼」をもって看護にあたってほしいと思います。
「もてる力」とは?
―― 「もてる力」は、たとえばどのようなことを指すのでしょうか?
「もてる力」は、ナイチンゲールが健康について定義している文章のなかに、見てとることができます。
健康とは、良い状態をさすだけでなく、われわれが持てる力を充分に活用できている状態をさす
ナイチンゲール著「病院の看護と健康を守る看護」(湯槇ます 監、薄井坦子・小玉香津子 他訳「ナイチンゲール著作集・第2巻」現代社、1974、128頁)
ここで言う「もてる力」とは、嚥下ができる、とか、上体を起こすことができる、とか、「身体機能」のことだけではありません。
たとえば、骨折のリスクがあるために「一人で動くことが危険」とされている認知症の患者さんがいるとしましょう。
センサーマットが置かれますが、昼夜を問わず離床してしまい、頻回に看護師が対応しなければならない状態です。
問題解決思考の看護展開のみでは、「動き回る危険な患者」とアセスメントされます。
そして、「動き回る」という問題点を解決するために、たとえば身体拘束など、動かないようにする方法がとられてしまいがちです。
しかし、「もてる力」に着目して「もてる力探し」を活用した看護展開では、「歩く力や歩きたいと思う気持ちが十分にある患者」という捉え方をします。
「歩きたい気持ち」という患者のもてる力を活用し、高める援助を考えていくのです。
たとえば、理学療法士と協働し、日中の歩行訓練を安全に行う環境を整える。
また日中、院内の庭園まで一緒に行ってみるという計画があってもよいでしょう。
うまくいけば、骨折のリスクを下げたり、夜間の不眠・不穏を改善できるかもしれません。
看護師のアセスメントは症状の「問題点探し」になってしまう場合が多いのかなと思います。
そうですね。
徘徊も、看護の現場では「それ自体が問題」になってしまうことが多いでしょう。
ただ、徘徊が「問題」になると、「問題」を解決するために、歩かないようにするしかないんです。
そうではなくて、「歩く力や歩きたいという気持ち」というもてる力を、どう高めるのか考える。
「何もできない人」「問題がある人」と捉えるのではなくて、もてる力を探し、もてる力によって回復力を高める支援につなげていってほしいと思います。
実際にこの考え方を取り入れた病院では、ベテランの看護師さんでも「今までなんで気づかなかったんだろう。目からウロコ」といった感想が多く聞かれるよね。
アセスメントが「問題点探し」になっちゃうと、つらいし、看護がおもしろくなくなってしまうんです。
そういった意味でも、「もてる力探し」を実践にぜひ取り入れてもらいたいです。
いま改めて「ナイチンゲール看護論」が必要なワケ
―― 『ナイチンゲール看護論・入門』の初版(1993年)から26年を経た今、なぜ新版を出すことになったのでしょうか?
26年前に書いた本ということで、生理学の知見の部分に古くなっている表記があります。
もっと新しい知識を使って正確に伝えないといけないし、最新の知識をもっと取り込んで説明するべきだと考えました。
特に「病気とは回復過程である」という『看護覚え書』序章の有名な一文。
これについて、新刊では最新の生命科学に基づいて、どう読み解くかを解説しています。
「病気をどうみるか」そしてそれを「看護の実践にどう活かすか」が新刊のメインテーマの一つになっているよね。
そうですね。
具体的に、体の中をどうみれば「病気とは回復過程である」とわかるか、というテーマが私のナイチンゲール研究にとっての最大の関心事でした。
病気をみる看護の視点が定まらないと、「病気を持った人にこう関わる」という看護の答えが出てこないのです。
今の医療界では、病気はいつでも医学の視点でみていますが、それでは医師と同じ動きになってしまう。
看護師は看護の視点で病気をみつめることが大事です。
新刊では、最新の研究で病気をみつめる看護の視点を詳しく解説しています。
明日の看護に生かせるお守りとして
―― 最後に、臨床で頑張る若手看護師にメッセージをお願いします。
看護師にとっては、ほんの小さな日常のケアだったとしても、「看護のものさし」に照らし合わせて、それが看護であるなら、必ず患者さんの回復につながっていきます。
そのことをこの新刊を読んで実感してほしいですね。
たとえば、カーテンを開けて陽光を入れる、患者さんとの世間話に明るい話題を取り上げる、時間をみつけて手浴や足浴をするとか、そのようなことであってもです。
ものさしを使い、軸ができれば、それは立派な看護だと胸を張って言えるようになりますよ。
新刊を看護に生かせるお守りとして活用してほしいと思います。
イラストもマンガもない本ですけど、ぜひ手にとってみてほしいなと思います。
明日の看護に必ず役立つはずです。
―― 金井さん、小南さん、ありがとうございました!
イラスト/渡部伸子(rocketdesign)
取材時撮影/木村さちこ(看護roo!編集部)
●新刊
金井一薫 著
新版・ナイチンゲール看護論・入門
―『看護覚え書』を現代の視点で読む―
●ナイチンゲール看護研究所
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●主な経歴
1966年8月
現代社を設立
1968年4月
『看護覚え書』(第1版)を出版
1973年2月
『看護覚え書』(第2版)を出版
1974年6月~1977年3月
『ナイチンゲール著作集Ⅰ~Ⅲ』を出版
1981年5月
『フロレンス・ナイチンゲールの生涯』を出版
●主な経歴
1993年1月~2008年3月
日本社会事業大学社会福祉学部 福祉援助学科 講師・助教授を経て教授
2008年4月~2009年3月
東京有明医療大学設立準備室
2009年4月~2013年3月
東京有明医療大学 看護学部看護学科 教授・看護学部長
2013年4月~2015年3月
東京有明医療大学 看護学部 看護学科 特任教授
2015年4月~
東京有明医療大学 名誉教授
2017年10月~
徳島文理大学大学院 看護学研究科 教授
2019年6月
『新版 ナイチンゲール看護論・入門』発行(現代社)
著書・論文多数
※最終更新日:2019/10/03
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