真っ白だった認知症棟をアートで飾った|医療・介護・アートがつながる新しい認知症ケアへ

アートに触れ、笑顔の高齢女性の写真

写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

病院や介護施設で芸術やデザインを取り入れたホスピタルアートが増えているように、「医療・介護」と「アート」の距離は以前よりも近くなっていますよね。

 

最近では欧米を中心に、アートの創作や鑑賞を通じて認知症の人のQOLの向上を図ろうとする取り組みも注目されています。

 

いったいどんな取り組みなのでしょうか?

 

認知症の人向けのアートプログラムを展開している一般社団法人アーツアライブ(東京)代表の林容子さん(尚美学園大准教授)にうかがいました。

 

 

認知症棟は何もない真っ白な空間だった

アーツアライブ代表・林容子さんの写真

アーツアライブ代表の林容子さん(国際シンポジウム「アートを通した“認知症フレンドリー社会”の構築」、2018年10月8日、東京・国立新美術館)

 

 

「この棟は見なくてもいいですよね」

 

20年ほど前、ある介護施設で企画されたアートプロジェクトの打ち合わせのため、現場を訪れた林さんに施設内を案内していたスタッフがそう言いました。

 

その場所は、認知症の入居者が暮らす専門棟

当時はまだ「痴呆棟」と呼ばれていました。

 

「ここの壁にアートを飾ったりしても意味がないだろう」と、認知症の専門棟は“ごく当たり前”に「アートの場」から外されていました。

 

「見ると、その棟には本当に何もありませんでした。

 

以前は花や観葉植物を飾っていたそうですが、入居者が葉っぱを食べてしまって以来、すべて撤去紙も食べちゃうから展示はNG

 

その真っ白な認知症棟を見て、私たちは『絶対にこの場所でやりたい』と言いました」(林さん)

 

アートで飾られた認知症棟の壁や床の写真

写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

このプロジェクトで林さんたちは、入居者とスタッフが互いに撮影した顔写真を、異食しないように大きな布にプリントして壁に掲示。徘徊して下しか見ない入居者さんもいるからと、床にも絵を飾りました。

 

「すると、彼らの徘徊パターンが変わったんです。ひとつひとつの絵に、じっと立ち止まってくれるようになりました」

 

 

患者・利用者が「個」を出せるアート

1999年から美大生や若手アーティストとともに、医療や介護にアートを取り入れるプロジェクトを展開してきた林さん。

 

これまで54のプロジェクトを病院や介護施設で企画し、参加した高齢者らは延べ2000人ほどに上ります。

 

施設の障子をキャンバスにして入居者の思い出を絵に描くプロジェクトでは、「車椅子に座る今の自分の姿を、思い出の風景の中に入れてほしい」というリクエストが飛び出しました。

 

バラの形のろうそくを一緒に作り、庭いっぱいに灯すプロジェクトでは、居室に閉じこもりがちだった入居者たちが外に出て明かりを眺める様子がみられました。

 

介護施設で亡くなった女性は、棺に入れるような私物を何も持たず、家族の見送りもなく、ただニンジンの彫刻だけを持って旅立ちました。美大生と一緒に作ったそのニンジンを、女性はいつも巾着に入れて大事に持ち歩いていました。

 

アートプログラムで製作された障子絵の写真

「赤いピアスを着けて車椅子に乗った現在の私」が思い出の風景の中で遊ぶ(写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

アートプログラムで高齢者とともに作ったろうそくが灯された庭の写真

入居者にほとんど眺められることのなかった施設の庭がろうそくの明かりで飾られた(写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

こうした活動を通して得た気づきを、林さんは

 

「施設や病院では、同じ時間に同じような食事をし、同じ空間で同じように生活する。そんな中で、患者さんや利用者の方たちは、アートを通じてコミュニケーションし、『個の表出』ができるのだと感じました」

 

と話します。

 

 

アートの価値を医療、介護の現場へ

認知症の人向けに行っているアート鑑賞プログラムの写真

アーツアライブが行っているアート鑑賞プログラム。絵を指差しながら積極的に話す参加者の姿がよくみられるという(写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

林さんが代表を務めるアーツアライブでは現在、認知症の人と介護者を対象にした対話型のアート鑑賞プログラムを展開しています。

 

ニューヨーク近代美術館(MoMA)が認知症のために開発したメソッドを基にした、日本独自のプログラムで、少人数のグループで数点の絵画を見ながら感じたことを自由に語り合うというもの。

 

国立西洋美術館で毎月開催しているほか、これまでに全国15か所の美術館で開催。外出が難しい認知症の人たちのため、介護施設や認知症カフェにも出張しています。

 

認知症のためにコミュニケーションが難しくなっていた人たちが、家族や介護スタッフも目を見張るほど生き生きと話す姿に、林さんはアートが与える力を感じています。

 

 

アートの効果を「エビデンス」で示す必要も

国際シンポジウム「アートを通した“認知症フレンドリー社会の構築」の写真

シンポジウムでは、欧米での実践事例やアートの効果を科学的に評価する方法についても話し合われた

 

しかし、アートが本当に認知症の人たちに良い効果をもたらすのでしょうか?

 

林さんは「医療や介護の現場で取り組みを推進するには、ただ『楽しい』だけではないという、きちんとしたエビデンスが必要」と指摘します。

 

そこで、国立長寿医療研究センターとの共同研究を実施(2013年度経済産業省地域ヘルスケア構築推進補助事業)。軽度認知障害(MCI)で鬱スケール5以上の高齢者38人に3か月間、24回のアートプログラムに参加してもらい、一般的な健康講座に参加した38人と比較する検証を行いました。

 

その結果、アートプログラムに参加した群では、認知症のリスクとなるうつ状態が改善。短期単語記憶能力の向上も見られました。

 

「参加者へのインタビュー調査やアンケートでは、物事に積極的になったり、外出や人との会話が増えたりといった行動変容の傾向もみられました。

 

こうしたアートの価値を、医療・介護業界にいかにわかっていただくか。どう情報を届け、認知症の方、高齢者の方に参加していただくか。これからの課題です」

 

 

医療と介護、アートが連携する認知症ケアへ

認知症の人や支援者が一緒にアートを鑑賞している写真

写真提供:一般社団法人アーツアライブ

 

2025年には約700万人に達すると予想される認知症患者。ますます重要になってくる認知症ケアに向けて、医療・介護の分野とアート分野が連携する必要性を林さんは訴えています。

 

「地域包括ケアの社会で求められるのは、社会のさまざまな資源が有機的につながっていくこと。医療は医療だけ、介護は介護だけ、アートはアートだけという社会モデルではないと思います」

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

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