病気のせい?看護師のせい? 患者の暴力・ハラスメントへの向き合い方

患者・家族からの暴力・ハラスメントに、看護師はどう向き合えばいいのでしょうか。

 

医療現場の暴力・ハラスメント対策に詳しい関西医科大学看護学部教授の三木明子さんに話を聞きました。

 

 

 

 

なぜ看護師が狙われるのか

日本看護協会の2017年調査によると、過去1年間に暴力・ハラスメントを経験した看護師は約半数。そのうち加害者が患者・家族だったケースも相当数に上っています。看護師が暴力・ハラスメント被害に遭う、その背景は?

 

まずは、看護師の9割が女性であるということです。

 

生物学的な体格差の問題もあれば、ジェンダーの問題もあって、女性はパワーで支配されやすい傾向があります。

 

もう一つ、看護という業務そのものにも特徴があります。

 

看護師が処置やケアをする際は、どうしても患者さんのパーソナルスペースに侵入し、身体に直接触れます。しかも患者さんのプライバシー保護のために個室やカーテンで仕切られた“密室”で行われますよね。

 

看護師と患者さんは、物理的・心理的な距離が近くなりやすいという側面があるのです

 

 

従事する人の多くが女性であること、ほかの人の目が届きにくい空間で身体的な接触を伴うケアをすること。確かに、ほかの職種にはあまりない条件ですよね。

 

ええ。ただ、こうした条件があるからといって暴力やハラスメント行為をする患者さんは、ごくごく一部。当たり前の話ですけど、大多数の患者さんは善良な方です。

 

看護師の暴力・ハラスメント被害についての話は、一部の例が患者全体の問題であるかのように拡大して受け取られたり、看護師と患者が対立するような構図になったりしがちですが、この点は、注意する必要があると思います。

 

 

患者さんには、そもそも強いストレスがかかっています

 

健康な状態であれば必要のない入院や通院をする中で、ずっと眠れていない、痛みがある、不安や悩みを抱えている、食事が摂れないなど、いろいろなストレスがあるでしょう。病室という限られた空間では発散の方法も限られます。

 

そんなときに誰も見ていない環境があり、「看護師は自分よりも弱い立場だ」と判断したら、強い態度に出る人もいるということです。

 

そして、患者の理解と受容が大事だと教育を受ける看護師は、そうした患者の態度や行為も拒否するのではなく、まず受け入れる、理解するという立場に立ちます。

 

これは看護師が患者・家族から被害を受けた場合に特徴的な点であり、暴力・ハラスメント行為をエスカレートさせる要因ともなり得ます。

 

 

「病気のせいだからしかたない」ではない

病床で患者のケアをする看護師のイメージ写真

 

「患者さんだからしかたない、病気のせいだからしかたない」と考える看護師さんも少なくないかもしれません。でも、三木先生は「それは誤った考え方だ」とはっきりおっしゃっていますよね。

 

例えば、「痛みでイライラしていた」という状況を考えてみましょう。

 

このイライラはあくまでも二次的なもので、厳密には病気の症状とは言いません。痛みでイライラがあるなら痛みをコントロールすべきという問題であって、「痛みでイライラしているのだから、患者さんが暴力をふるったり暴言を吐いたりしても受け入れよう」ということとはまったく別の話です。

 

もし患者さんが誰に対しても暴力をふるい、暴言を吐くのではないとしたら、なぜその看護師を狙ったんでしょうか?

 

恐らく自分より立場や力が弱いという判断が作用したはず。だとしたら「病気のせい」ではないんです

 

患者や症状の理解と、暴力の容認は違います

ここの切り離しができていないと病気を原因にしてしまいがちです。

 

 

病気のせいだからと考えることで、被害に遭った自分を納得させようという心理もあるんでしょうか?

 

それで無理に納得する必要はないですよね。

それに、本当の意味では患者さんのためにならないと思います。

 

患者さんも一人の市民であり、社会人です。どんなに眠れなくて痛みがあってストレスがあったとしても、「暴力はいけない」ということに違いはないはずです。

 

もしも患者さんからの暴力を受けたのが、別の入院患者さんだったら?

 

しかたないとは言いませんよね。

 

患者さんだから暴力をふるっていい、看護師だから暴力を受けてもいいと、属性によって暴力の事実が変わるわけではありません

 

 

認知症や精神疾患の患者さんからの暴力・ハラスメントの場合は?

 

自分の身が危険だと判断したときはその場を離れるなど、まずは被害に遭わないための回避策を選んだ方がいいと思います。

 

ただ、それも患者さんによって、また症状によって波があるはず。そこは患者さんの状態を見て、今は伝えるべきだと判断したら、通常通り、ダメなものはダメだという言葉や態度は示していいと思います。

 

 

 

「看護師の対応が悪かったから」は本当?

 

「対応に問題があったから暴力やハラスメントを招いた」とする考え方もよく聞かれます。特に若い看護師さんは、未熟な自分が悪かったのかも、と考えやすいかもしれません。

 

例えば「おまえの採血は下手だ」と大声で怒鳴られたとき、仮に患者の言い分に一理あったとしても、過剰に自分を責める必要はありませんし、暴言を受け入れる理由にもなりません

 

確かに、もうちょっと違うかかわり方、声の掛け方をしたら避けられた被害だったかもしれませんが、誰だって最初はうまくいかないものですし、いきなりベテラン並みにできるわけはないですよね。

 

もしも看護師側の対応やケアの質に反省する部分があるんだとしたら、それはチームでフォローし合うべきことです。特に若手には、たくさんの先輩ナースがいるんですから!

 

 

でも残念ながら、「あなたの対応に問題があった」「なぜもっと注意して回避できなかったのか」と、被害に遭った看護師を逆に責めるような職場もあります。

 

問題意識を持って取り組む医療機関や事業所は少しずつ増えていますが、まだまだその認識に至っていない組織もあると思います。

 

大事なのは、被害とはその人にとっての被害であるということ。

 

「わたしの被害」が否定されない、「あなたの被害」を否定しないことが大切です。

 

まずは「大変だったね」という一言でいいんです。その上で、被害者の落ち度を責めることのないように状況を確認すること、必要に応じて具体的な対策を取ることが組織には求められます。

 

被害者をさらに傷つける二次被害については、もっともっと理解を広めていかなければいけないことです。

 

 

被害に遭った看護師が「たいしたことじゃないかも…」と、被害を小さく考えることもあります。

 

被害者自身が被害を過小評価することはあってもいいんじゃないでしょうか。

 

被害に遭った事実に自分自身が耐えられないとか、報告して誰かがショックを受けたりするのを見たくないとか、過小評価したいという心理的な防衛が働いているのであれば、それはそれが必要なときなんだということです。

 

ただ、組織としては速やかな事実確認と被害の拡大防止を図ることは必要なので、事実の報告はきちんとすべきです

 

そして、いつか時期が来たときには聞いてもらえる環境、話せる環境があってほしい。心に無理がかかっていると、やっぱり体調が悪くなったり、休職や退職につながったりしますから。精神的な傷は、それこそ何十年もたってから影響が現れることもあります。

 

管理者は無理に聞き出す必要はありませんが、「大丈夫?」「しんどかったら担当変えるよ」と、こまめに気を配ってくれるといいですよね。

 

 

病院が守ってくれない…そんなときは

顔を手で覆って泣き悲しむ女性のイメージ写真

 

暴力やハラスメントには組織としてきちんと対応するのが原則だと思います。ただ、体制が不十分な職場もあるのが現状で、管理職の立場でもない若手の看護師が被害に直面したら、どうすればいいんでしょうか?

 

自分にとって信頼の置ける人、自分のことを責めないような、自分をよく知ってくれていて安心できる人に話しましょう。

 

家族でもいいし、看護師以外の友人でもいい。自分が傷ついているかどうかは、実は自覚できないものです。誰かに話してみて初めて気付くこともあります。とにかく話した方がいいんです。

 

職場の体制が整っていれば速やかに報告しましょう

 

報告するのが自分のため、患者さんのため、病院や事業所のためになります。身体的な被害があれば、きちんと受診してカルテを残すという行動もフォローしてくれるでしょう。

 

でも、職場側にそうした体制がなければ、報告しても具体的な動きは出てこないでしょうし、業務上の配慮も期待できないでしょう。その場合は自ら受診してカルテに証拠を残すといったことが必要になります。

 

そのためには日頃から職場の先輩や同僚とコミュニケーションを取って、いざというときには支援してもらうということが大切ですね。

 

 

暴力やハラスメント行為をしてきた患者さんに対しては?

 

複数対応にしてもらう、担当を変えてもらうなどはできると思います。

 

また、患者さんの病室に行こうとすると激しい動悸がするなど、急性のストレス反応が出ていたら「もう無理」というサイン。きちんと医療機関を受診し、診断書を書いてもらって、職場で必要な対応をしてもらうべき状況です。自分自身のサインを見逃さないでください。

 

どの職場でも、どの人も、悪質な行為には毅然として「NO」と言わなければいけません。

 

そんなふうに守ってくれない職場だったら…。

 

極論を言えば、もうその職場を辞めるしかないのでは?

 

本来なら辞める必要はありません。きちんと組織として対応されていれば辞めなくていいし、何の落ち度もない人が辞めなければいけないなんて筋が通らない。

 

けれども、自分を守るにはそれしかないとしたら、そうせざるを得ないでしょう。

 

貴重な人材を失うのか、院内の暴力・ハラスメントにしっかり対策を取るのかー。これは組織の問題です

 

例えば訪問看護では、暴力・ハラスメント対策への事業所側の意識が高まってきています。中小規模の事業所が多く、一人の人材が休職・離職することのダメージがより大きいからです。「暴力・ハラスメント被害への取り組み次第で、職員が辞めなくなる」となれば、管理者も変わります。

 

 

被害を訴えたいんじゃない、安心して働きたいだけ

在宅も病院も看護師が不足している中で、看護師への暴力・ハラスメント被害は、さらなる担い手不足を招きかねない、社会の課題でもありますね。

 

誰かを責めても、この問題は解決しません。

繰り返しになりますが、多くの患者さん・ご家族は加害とは無縁の善良な方です。

 

看護師をはじめとする医療者が職場で受ける暴力・ハラスメント被害に関して訴えたいのは、「わたしたちは、こんなにひどい目に遭っているんだ!」ということではないと思います。

 

患者さんには安心な場所で治療やケアを受けてもらいたいし、わたしたちも安心な環境で本来の治療やケアを提供したい」ということです。

 

そのためには、医療者側が意識を高めたり、知識や対応方法を身に付けたり、被害が起きない環境づくりや被害が起きたときの体制づくりに注力する必要があります。その上で、安心して医療を受けられるための理解と協力を社会にも求めていくということではないかと思います。

 

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

(参考)

2017年看護職員実態調査・PDF日本看護協会

事例で読み解く看護職が体験する患者からの暴力(三木明子・友田尋子編、日本看護協会出版会)

ガマンしない、させない!院内暴力対策「これだけは」(日本医療マネジメント学会監修・坂本すが編・三木明子編著、メディカ出版)

 

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