身体拘束をする病棟・しない病棟のケアはどう違う?|看護現場の身体拘束(3)
「最初は本当に不安で不安で、患者さんのそばから離れられませんでした」-。
身体拘束ゼロの方針を掲げる医療社団法人充会 多摩平の森の病院(東京・日野市)で働き始めたころ、回復期リハビリテーション病棟看護師長の前田るり子さんは、そんなふうに思っていたと当時を振り返ります。
同院の前身は、1986年から高齢者医療で「縛らない看護」を始めたことで知られる上川病院。2017年7月、病院の移転に伴い回復期リハビリテーション病棟を開設しましたが、これまでと同じ方針を貫き、身体拘束を一切行っていません。
身体拘束をする病棟とはどのようにケアが違うのか、総師長の井口昭子さんと前田さんにお話をうかがいました。
「身体拘束ゼロ」に挑戦し続ける医療社団法人充会 多摩平の森の病院
【目次】
新しいスタッフは「縛らない看護」の未経験者がほとんど
患者さんの意思を尊重し「動きを妨げないケア」
縛らない代わりに行う、さまざまな「代替ケア」
業務に合わせるのではなく、患者さんに合わせる
抑制をする・しないで変わる「患者さんの顔」
新しいスタッフは「縛らない看護」の未経験者がほとんど
お話をうかがった総師長の井口昭子さん(左)と看護師長の前田るり子さん
移転前の話し合いで、回復期リハビリテーション病棟でも身体拘束をしない方針が決まったとき、「抑制をしないという気持ちはもちろん持っていましたが、これまで経験したことのない状況で、どうやってこれまでの看護を継続していくかは課題でした」と井口さんは話します。
また、新しいスタッフへの教育も気がかりだったと言います。
というのも、新しく加わる看護師やリハビリスタッフが30名ほどいましたが、ほとんどが「縛らない看護」の未経験者だったからです。前田さんもその一人でした。
まずは、病棟見学や入職後のオリエンテーションで、老人性認知症疾患療養病棟でのケアを見せることから始めたそうです。
患者さんの意思を尊重し「動きを妨げないケア」
前田さんが見た、老人性認知症疾患療養病棟での「縛らない看護」は驚きの連続だったと言います。
申し送りの仕方から違っていたそうです。それは、見守りが必要な患者さんに付いて回って、看護師があちこち移動しながら行うスタイル。
「申し送りは周囲に聞こえないようにナースステーションでするもの」、そう思っていた前田さんは衝撃を受けたと言います。
同院では食事を取る時間がばらばらであることにも驚いたそうです。
病院では決まった時間に患者さんに食事を取ってもらうのが一般的ですが、「食欲がまだない」「昨夜、眠れなかった」、そういった患者さんの状況に合わせてこまめに配膳時間を調整していたのです。
また、患者さんが立ち上がると、看護師がその後を付いて行って、一緒に椅子に腰掛けて話をしたり、お茶を飲んだりする様子も、前田さんには新鮮に映りました。
「患者さんの意思を尊重し、動きを妨げないケアだと感じました。すごいなと思った反面、この流れを回復期リハビリテーション病棟でも受け継いでいけるのだろうかと不安に思いました」(前田さん)
縛らない代わりに行う、さまざまな「代替ケア」
長年、縛らない看護を経験してきた井口さんは、「一番大切なのはアセスメントです。その患者さんの動きがどういう動きかを把握する必要があります」と言います。
そのため、入院して来られてからしばらくは患者さんの動きを、観察を含めて見守るそうです。その上で、患者さんの状態に応じた代替ケアを考えていきます。
たとえば、こんなふうに対応します。
井口さんは、「抑制をしていると安全が守られているという意識になって、定期的に見れば大丈夫となってしまい、患者さんの変化が見えません。ですが、ずっと見守っていると、その患者さんがどういうリズムで過ごしているのかがわかってきます」と言います。
業務に合わせるのではなく、患者さんに合わせる
身体拘束をしないための代替ケアも大切ですが、「縛らない看護」のために必要になってくるのは、やはりマンパワーです。
ただ、多摩平の森の病院の看護配置は手厚いかというと、特別、看護師の人数が多いわけではないと井口さんは言います。
その代わり、どの時間帯に一番ケアが必要かを考え、早番や遅番の人数をこまめに調整してシフトを組むそうです。
「たとえば、どうしても落ち着かない高次機能障害や認知機能障害があり、トラブルや事故のリスクの高い患者さんがいる場合、その時間はマンツーマン体制を組んで個別の対応ができるように、業務に合わせるのではなく、必要なケアに合わせて人員を配置しています」(井口さん)
そうした緊急事態が続くとスタッフが疲弊しそうですが、「最初は、そういう状態がずっと続くのかと思っていましたが、そうではありません」と前田さん。
集中的にかかわり、家族の協力も得ることで、だんだん嘘のように落ち着いて、院内生活が送れるようになるのを目の当たりにして、「諦めちゃいけないんだなと思いました」と前田さんは言います。
抑制をする・しないで変わる「患者さんの顔」
前田さんは、「以前は急性期病院で働いていましたので、一般病床ではどうしても抑制が必要な場面があるとは思っています」と言います。
たとえば、脳神経外科の術後、抜いたら命に直結してしまう脳室ドレーンなどに無意識で手が入ってしまう患者さんで、どうしてもそばに看護師がいられない場合などです。
「ただ、それは期間限定で行うこと」と前田さん。
多摩平の森の病院で縛らない看護を経験する中で、命にかかわる状況ではない限り、抑制はするべきではないと前田さんは考えるようになったそうです。
そして、こう言います。
「抑制をされている患者さんとされていない患者さんとでは、本当に顔つきが違います。抑制しているときの患者さんは険しい顔ですが、この病院の患者さんは笑顔があふれています」
* * *
看護現場の身体拘束について取り上げた本シリーズ、いかがでしたでしょうか?
今回は、超急性期、急性期、回復期の病床について取材しましたが、療養や精神の病床などではまた違った状況があると思います。
引き続き、看護現場の身体拘束の取材を進め、情報を発信していきますので、こちらから、ぜひあなたのご意見や情報をお寄せください。
看護roo!編集部 坂本朝子(@st_kangoroo)
看護現場の身体拘束シリーズ
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