「申し送り後の記録に時間外手当なし」の疑問|時間外労働のモンダイ

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阿毛裕理(株式会社AAパートナーズ、社会保険労務士武田事務所)


看護師は、患者さんのケア以外にも様々な付随業務をこなしています。看護記録の作成もその一つですが、業務量が多すぎて所定の勤務時間内に終わらないこともしばしばあるのではないでしょうか。

患者や先輩ナースに責められるナースのイラスト。

【事例】

ある病棟では、勤務時間中、看護師のほとんどがナースステーションに不在で、次の勤務帯に申し送りをした後で看護記録を書くことが常態化しており、勤務ごとに各自30分~1時間程度は時間外労働を行っていることになります。この記録時間に対して時間外手当は付いていませんが、職場の長年の慣習ということもあり、看護師たちも特に疑問には感じていませんでした。

 

ところが、今年度より別病院から転職してきて当病棟に配属された看護師が、看護師長との面談の際、次のような質問をしました。「なぜ、こちらの病院では、申し送り後の記録作成に関して時間外手当が発生しないのですか?」

 

この看護師は、配属以降ずっと疑問を抱えていたようで、既に多くの同僚看護師に自らの思いを投げかけていました。その影響で、以前から病棟に勤める看護師たちも時間外手当への関心が高まり、申し送り後の記録時間や着替え、就業前の情報収集等の準備時間には時間外手当が発生するのではないかと意見が出されるようになりました。師長としては、これまで考えてもみなかったことで、返答に窮してしまいました。

 

実際のところ、どこまでが労働時間として認められるべきなのでしょうか?

 

看護師の皆さんにはなじみ深い事例だと思います。私も臨床で新人だった頃は、定時の終業時間に業務が終わったことはありませんでした。業務に慣れてきても急変対応や急患の受け入れ時には業務多忙に加えて記録の量も多く、時間外労働は免れない環境でした。

 

臨床で働く看護師とは切っても切り離せないことが多い時間外労働は、どこまでが労働時間として認められるのでしょうか。

 

何をもって労働時間と判断する?

まずは何をもって労働時間と言えるのかを考えます。労働基準法32条のいう「労働」とは、使用者の明示的または黙示的指示(直接的な命令ではないが明らかに就業時間外に対応しなければならない業務量であり、上司がそれを容認していた場合等)によって、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。

 

特に新人看護師の場合、「先輩より先に帰れない」「新人は残業して当たり前」という職場の雰囲気や慣習等があり、時間外労働を余儀なくされる状況もあるのではないでしょうか。

 

労働時間を考える上でのポイントは、使用者、つまり直接的な上司による指示や、時間外労働せざるを得ない業務の有無です。

 

労働者が時間外労働したときに申告する「チョウキン」(超過勤務)は、労働基準法32条のいう法定労働時間を超えたときに生じる概念であり、労働契約等で定める所定労働時間を超えた場合の残業とは区別されます(法定労働時間と所定労働時間については連載第1回を参照〈※記事全文をご覧いただくためには「日経メディカル」の会員としてのログインが必要です〉)。

 

労働基準法37条に規定される割増賃金が、法定労働時間を超えない残業については発生せず、超過勤務については発生することも大きな違いです。

 

判例では、労働時間に該当するかどうかは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるかどうかによって客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではないとされています(三菱重工業長崎造船所事件最一小判平成12年3月9日)。

 

つまり、労働契約等で明文化された内容にかかわらず、使用者から行為の遂行を義務付けられているかが焦点となり、労働時間に該当するかどうかは上司の指示の有無や業務量等の状況から客観的に考えて労働時間と言えるかどうかで判断されるということです。

 

上記の事例では「申し送り後の記録時間や着替え、就業前の情報収集等の準備時間には時間外手当が発生するのではないかと意見が出されるようになりました」とありますが、実際のところはどうでしょうか。

 


1.看護記録の作成

看護記録の作成は、就業時間内に対応すべき業務です。これが終業時間までに終わらなかったとき、上司の指示により就業時間外において記録することを求められた場合は労働時間となります。

 

そのため、今回の事例のように、申し送り後、終業時間後に記録することを求められていた場合、その対応に要した時間は労働時間であると言えるでしょう。

 

ただし、明示的または黙示的指示がなく、次回の出勤時に対応しても問題がないと客観的に判断される場合の自主的な行為は労働時間とは言えません。

 

例えば、申し送りに不可欠な患者さんの状態や患者さんに関する出来事は当日中に必ず記録しなければなりませんが、追って記録しても問題のない主観の記録や緊急性のない会話記録等を書き留めておきたいこともあると思います。そうしたものは次回出勤時の就業時間内に対応することが望ましいと言えます。

 

2.ユニフォームへの着替え

着替えについては状況により判断が分かれるところですが、就業規則において始業時間前の着替えが義務付けられている、労働安全衛生法に基づき指定の服装等を着用することが義務付けられているといった場合は労働時間に当たります。

 

また判例では、もう一つの観点として、その作業をするために必要不可欠な行為と言える場合は、作業衣の着脱、作業現場までの歩行に要する時間は労務を提供する時間であり、本来の作業に当たらなくても労働時間であるとしています(三菱重工業長崎造船所事件最一小判平成12年3月9日)。

 

看護師の場合も、ほとんどの医療施設でそうであるように、業務開始までの着替えが自主的なものではなく職務命令等により求められていた場合は、それに要する時間は労働時間だと言えます。

 

つまり、現場看護師としては着替えも業務の一環として業務開始までに対応しておくべきことであり、看護管理者としては始業時間後に着替えの時間を考慮して朝礼や申し送りの時刻が設定されているか検討する必要があるでしょう。

 

3.情報収集

例えば、週の初めの月曜日、チームリーダーの看護師が情報収集のため自主的に始業時間より1時間早く出勤した場合を考えてみましょう。

 

緊急対応すべき業務がたまっている等、客観的に早出すべき事由があれば別ですが、上司の命令による早出出勤ではない場合は明示的にも黙示的にも「使用者からその遂行を義務付けられている」とは言えず、労働時間には当たりません。

 

4.ワゴンの準備や後片付け

使用したワゴンの消毒、物品補充、後片付け等については終業時間後の当番制等、時刻や担当を指定されている場合は指揮命令下と言えるため労働時間に当たり、時間外手当が発生します。

 

ただし、就業時間内に行うことができる場合は、それを時間外に行っても労働時間とは言えません。


 

どうでしょうか。私の臨床勤務時代を振り返ると、「ワゴンの準備や後片付け」以外はほとんど就業時間外に行っていました。

 

今になって考えれば、就業時間外に行うべきことだったかどうか、勤務実績表の付け方は正しかったかどうか、労使ともにきちんと判別する必要があったと思います。

 

読者の皆さんには、今回説明したポイントを心にとめてもらえたら幸いです。

 

【ベストな対応】

・病棟として、上司として、所定の勤務時間内に行うべき業務と時間外労働として対応すべき業務の区別を具体的に説明しましょう。その上で、所定の勤務時間内に行うべき業務については時間内で対応するよう求めましょう。

 

・労働時間に当たるにもかかわらず慣習を理由に適切な賃金・手当が支払われないことは、許容されるものではありません。常態化している状況を早急に見直し、やむを得ない場合以外は就業時間内に看護記録を書くよう指導しましょう。

 

【今回のポイント】

・労働基準法32条のいう「労働」とは、使用者の明示的または黙示的指示によって、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。

 

・労働時間は、各種規定の定めにかかわらず労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと言えるかどうかで客観的に定まるものであり、使用者からの義務付けがあったり、遂行を余儀なくされていたりといった状況の有無等から個別具体的に判断されます。

 

・法定労働時間を超えた労働時間に対しては、割増を伴う時間外手当が発生します。

 

※当記事は、掲載元のグループ会社内に所属する社会保険労務士の監修を受けて執筆されています。

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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